第243話 外せない称号

 ライトが自発的にディーノ村に行きたい、という時は実は大抵が転職神殿目当てである。

 もちろんその道中の過程に掲げる表向きの理由、『クレアに会いたい』とか『父母の家の手入れ』なども十分大事な用事ではあるのだが。


 父母の家のすぐ裏にある山を、ライトは慎重に登っていく。この近辺は雪はたまに少量降る程度なので、閉ざされることなく一年中普通に行き来できるのが幸いだ。

 この転職神殿が、ディーノ村にあって良かったなぁ……とライトはつくづく思う。

 もしこれがツェリザークや氷の洞窟周辺の山頂とかにあったら、今の時期になんて絶対に近寄れもしないだろう。

 大量の雪が積もってて氷で滑りまくりの登山なんて洒落なんねー、絶対にぬ!とライトは内心震え上がる。


 もう何度か通った道なので、ライトも慣れた足取りで木々の間を進んでいく。

 しばらくすると、破壊され尽くして朽ち果てた旧教神殿跡地が見えてきた。


 神殿の中に入ると、転職神殿の専属巫女ミーアが姿を現した。

 相変わらず向こうがほんのり透けて見えるホログラム状態の彼女だが、それでも初回や前回来た時の姿よりもまた色濃くなってきているようにライトの目には映ってみえる。


『勇者様、ようこそいらっしゃいました』


 巫女ミーアが、たおやかな笑顔とともにライトを迎え入れる。

 相変わらずここの訪問者に対しては、勇者扱いがデフォのようだ。

 だが、ライトにしてみればまだまだ勇者など程遠い。ゲーム時に愛用していた得物ガンメタルソードもなければ、まだろくにスキルも得られていないのだから。

 まだ8歳の子供に『勇者様』なんて、分不相応もいいところである。


「えーと、ミーアさん。ぼくの名前はライトと言います。ぼくのことは『勇者様』ではなく『ライト』と呼んでくれませんか?」

『ライト様、ですか?』

「様もいりません、ぼくそんな偉い人じゃないので」

『ライト、さん?』

「はい、それでお願いします」


 とりあえずミーアからの呼称を『ライト』にさせることに成功したようだ。

 この転職神殿には誰も近寄らないので、どこの誰がどう見てる訳ではない。だが、それでもライトにとってはまだ非力な自分が『勇者様』と呼ばれることがとてもむず痒く、かなり抵抗感があったのだ。


『ライトさん、本日のご用件は何でしょう?』

「【斥候】闇系四次職【常闇冥王】へのクラスアップをお願いします」

『分かりました』


 そう、ライトは現在の職業【斥候】の闇系三次職【忍者】の習熟度が先日ようやくマックスの100%に到達したので、最上級の四次職【常闇冥王】にランクアップするために転職神殿を訪れたのだ。


 前回の三次職へのランクアップ時から今日まで、実に二ヶ月以上の月日が経過していた。

 その二ヶ月の間、最大AP40という少ない回数ながらも日々暇を見つけては『身かわし』『毒の息』などの斥候系スキルを人目につかない場所で使い続け、コツコツと職業習熟度を上げていたのだ。


 ライトの職業ランクアップの要望を受けて、巫女が了承し祭壇に向かう。

 目を閉じて両手を組み合わせ両膝を折り跪き、祭壇に向かって敬虔な祈りを静かに捧げる。すると、巫女とライトの足元の床が淡く光り出し、徐々に強さを増していく。

初めて転職神殿を訪れて【斥候】という職業を得た時と同じ流れである。


 これまで同様、己の内に沸き起こり何かを刻み込まれるような大きなうねりの流れに身を任せる。

 心なしか二次職や三次職のランクアップ時よりも、うねりの力がより強く感じる。四次職は職業システムにおける最高ランクなので、そのように感じるのだろうか。


 そんなことを考えているうちに、初めての四次職【常闇冥王】へのランクアップが完了したようだ。

 見た目は特に変わっていないが、転職する前に比べると身体が軽くなった気がする。斥候系という職業は敏捷や回避、いわゆる素早さ系が最も上昇しやすいことの恩恵なのかもしれない。

 後でステータスチェックしよう、とライトは内心ワクワクしていた。


「ありがとうございます。四次職の習熟度が満了になったら、また転職しに来ます」

『ライトさんならきっとできますよ。頑張ってくださいね』

「はい!」


 その時は、あの鮮緑と紅緋の渾沌魔女ヴァレリアにもまた会えるのかな。

『君がここに来る度に、私は私の知る真実を君に伝えよう』

 あの時ヴァレリアはそう言ってたけど、何でも教えてくれるのだろうか。

 彼女に何を聞くか、今のうちにいくつか考えておこう。


 ミーアから励ましの言葉をもらい、ライトは心の中で考える。

 ライトは口にこそ出さなかったが、前回この転職神殿で思わぬ邂逅を果たした魔女ヴァレリアの言葉を思い出していた。


 彼女の知る真実とは、一体何なのか。果たして彼女はライトの問いに正直に、全てを答えてくれるのだろうか。

 ヴァレリアがライトの疑問に必ず全て答えてくれる保証などどこにもない。

 だがそれでも、彼女の知る真実はライトが最も知りたいことに相違ないだろう。


 四次職マックスまでの道のりはかなり遠いが、この世界の真実を知るためにまた少しづつ頑張っていこう。

 ライトは改めて思いを強くした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「さて、と……ステータスその他を見ていきますか」


 ディーノ村での諸々の用事を済ませたライト。

 夕方にはカタポレンの家に戻り、部屋着に着替えてから晩御飯までの余暇を自室で過ごす。

 ベッドの上にゴロンと寝転びながら、早速マイページを開く。

 ライトのステータス欄は、以下のようになっていた。



 ==========



【名前】ライト

【レベル】1

【職業】常闇冥王

【職業習熟度】0%

【称号】勇者

【状態】通常

【HP】139(+100)

【MP】120+5655(+100)

【SP】40(+20)

【BP】−

【所持金】345200G

【CP】0CP



 ==========



 職業が無事【常闇冥王】に変化していることに、ひとまず安堵するライト。

 しかし、称号が相変わらず『勇者』となっているのが今ひとつ納得がいかない。


「んー……これ、称号だよね?何か他の称号ないかな?」


 ライトはぶつくさと独り言を漏らしながら、称号部分をタップしてみる。

 タップすると新しいウィンドウが開き、今までに得たらしい称号がずらりと出てきた。



『神獣の友』『湖の覇者の仲間』『大魔導師の心友』『ミサンガマスター』『破壊神の同級生』『瑞獣使い』『精霊使い』『小人族の同胞』『鬼人族の救世主』『ぬるぬるドリンク愛好家』『角なしの鬼の養い子』



 一体いつの間にこんなに溜め込んでいたのか、まぁいろいろと出てくること出てくること。ライト本人ですら、今まで全く自覚なく得ていたようだ。

 そして、各称号の字面を見ればその由来がどこから来ているのか大抵分かるのがまた何とも面白いものだ。


「うおっ!いつの間にこんなたくさんの称号が……」

「ていうか『ミサンガマスター』はともかく、何だよこの『ぬるぬるドリンク愛好家』って……」


 これら称号と呼ばれるものには、必ず何らかのステータス補正がつけられている。例えば『勇者』という称号には、次のような解説とともにステータス補正値の詳細が出てくる。



 ====================


【勇者】の称号。

 世界を救う使命を帯びた、勇気ある者。

 天命を刻まれた魂を受け継ぐ者だけがこの称号の所持を許される。


 装備可能レベル:1

 装備可能職業:全職業


 ◇HP +100

 ◇MP +100

 ◇SP +20

 ◆物理攻撃 +200

 ◆物理防御 +300

 ◆敏捷度 +150

 ◆回避率 +250

 ◆命中率 +200

 ◆魔法攻撃 +100

 ◆魔法防御 +150

 ◆器用 +100

 ◆クリティカル +200

 ◆ドロップ率 +10


 ====================



 さすが『勇者』という特殊な称号なだけあって、各種能力値への加算っぷりが半端ではない。

 称号ひとつでこれだけのステータス補正値がつくのは、かなりの破格待遇だ。


 そしてこの称号というシステムには、もうひとつ特筆すべきことがある。

 前世のゲーム内では称号用スロットが三つあり、最大で三個の称号を同時に付けることができたのだ。

 その記憶をもとに今回あれこれと試してみた結果、何とこのサイサクス世界では五個分のスロットがあることが分かった。

 これも先日判明した新コンテンツの生産職同様、称号スロット増加のアップデート予定があったのかもしれない。


「称号が五個付けられるのか、これは有り難い!」

「ひとまず『勇者』以外の称号に代えられるか、ステータス補正値のチェックも兼ねて早速試してみるか」


 ライトは新しいウィンドウに出てきた称号を順次タップしていき、その詳細を確認していく。


『瑞獣使い』と『ミサンガマスター』は器用とクリティカルが大幅に上がるのか、かなりいいかも!

『神獣の友』と『鬼人族の救世主』はHP、物理攻撃、物理防御が主なんだな、これもかなり魅力的だ。

『大魔導師の心友』、これはフェネぴょんのことか?大魔導師由来だから魔法関連全般強いのか、これは魔職向けだな。

『ぬるぬるドリンク愛好家』、補正値オール1とか訳分かんねぇ……

『破壊神の同級生』、SP減る上に命中率と回避率まで大幅マイナス補正だと!?ふざけんな、ンなもん却下だ却下!!


 こんな感じで、全ての称号のステータス補正値を確認していったライト。

 今のライトに必要なのは、HP、SP、物理防御力、魔法攻撃力、クリティカル。これらを考慮しつつ、悩みに悩んで選んだ称号は次の五つ。

『勇者』『神獣の友』『大魔導師の心友』『瑞獣使い』『鬼人族の救世主』

 どれもステータス補正値がかなり良く、その分ライトの能力値もかなり増加した。


「……ふぅ。ひとまずは称号はこんなところでいいかな」

「にしても……何で『勇者』の称号だけは入れ替え不可なんだよ!?これじゃ自由に選べる称号は実質四個ってことじゃねぇか!」


 ライトがぶつくさ言いながら、ベッドの上で転げ回る。

『勇者』という称号に終始否定的だったライトが、何故『勇者』の称号をそのまま用い続けることにしたのか。

 それは『自ら選んだ』のではなく、単に『付け外し不可だった』からである。

 他の称号はいくらでも付け外しができたのに対し、何故か『勇者』の称号だけは何度弄ろうとも頑として不動だったのだ。


「くっそー、まさか『勇者』だけは付け外し不可だとは……強制着用とか一体どういうことだ、呪いの装備品か何かか!?」

「とはいえ、あの加算値は無視できん……何よりSP20増えるのは馬鹿にならんからなぁ。結局は『勇者』もそのまま付け続けざるを得ないのか……キーーーッ!」


 ライトの絶叫つき分析の通り、もし付け外しが自由にできたとしてもどの道ライトは『勇者』の称号を選ばざるを得なかった。

 ようやく念願の斥候系闇四次職の【常闇冥王】になれたのだ、これからもSPをガンガン消費して一日も早く習熟度マックスに到達したい。

 そのためには、SP20増加の効果はどうしても手放せなかった。


「……でもま、俺のマイページを誰にも見られなきゃいいんだよな。そもそも俺以外の者にアレが見えるかどうかも分からんが」

「勇者だ何だと言っても、所詮は称号の話だしな!」

「ま、何とかなるっしょ!よーし、明日からも頑張るぞ!」


『勇者』の称号が取り外せないことへの不安を掻き消すかのように、ライトは己を鼓舞すべく高らかに宣言するのだった。





====================


 今回も5000字近いボリュームになってしまいました……

 ステータス欄や称号の補正値などのデータ関連の記述はどうしても文字数が嵩張ってしまうのが難点ですが、主人公が手に入れた能力を表すには致し方ない、避けては通れぬ道なのです。

 本当は今回付けた五つの称号の能力加算値の総計も作成してあるのですが、これ入れると5000字超える……ということで断念。

 数値的にはかなり能力値上昇したので、そのうちデータ公開とともにバトルシーンなどで活かせたらいいなぁ、と考えている作者です。

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