第231話 一度乗りかかった舟
アクシーディア公国だけでなく、各国に最低でもひとつは支部を持つ世界最大規模の宗教、ラグナ教。そしてラグナ教の頂点に立つのが『大教皇』である。
その現大教皇が、一見ごくごく普通のただの幼子の前に跪き助力を
だが、当の大教皇であるエンディはただひたすらに静かに祈る。
頭を垂れ目を閉じ真摯に願うその姿は、屈辱に塗れたような苦悶の表情ではない。眉間にほんのりと寄る皺は、さながら懸命に救いを求める仔羊の如きひた向きさに満ちていた。
突然の出来事に、言葉を失い立ち尽くすライト。
しばし続いた静寂を破ったのは、オラシオンだった。
「ライト君。私からもお願いします。どうか、どうかラグナ教を……いえ、我が弟エンディの願いを叶えてやってはくださいませんか」
「私自身はラグナ教とは何の関わりもありません。ですが……苦境に喘ぐ弟を黙って見ている訳にはいきません」
「ライト君がエンディに協力することで起こり得る身の危険や不利益は、この私が必ず排除します。ライト君の身の安全はもちろんのこと、今後もライト君の個人情報や破邪の力など決して他者には知られないよう最善を尽くします」
「ですから……お願いします、我が弟をお救いください」
オラシオンもエンディの横につき、ライトに向けて深々と頭を下げた。
こうなると、ますますもってどう答えていいか分からなくなるライト。ライトは困ったように、おろおろとした視線をレオニスに向けた。
ライトからのSOS視線を受けたレオニスは、小さなため息をつきながら、仕方ない……とばかりに頭をガシガシと掻きつつ口を開いた。
「しゃあないな……大教皇様はともかく、オラシオン。あんたにまでこんなに懇願されたら断れんだろうが」
「!!……では……」
「ただし。ライトの身の安全、これだけは何が何でも最優先の絶対条件だ。これが守られんようなザルなやり方なら協力はさせんし、俺が『これなら大丈夫』と確信して納得できる方法を提示しろ。これが最低限の必須条件だ」
「もちろんです!!」
レオニスの了承に、オラシオンとエンディは頭を上げて歓喜の面持ちになる。
もちろんレオニスとてただ了承するだけではない、ガッツリと釘を刺しつつ条件を提示していく。
「では早速ですが、全支部に向けて大教皇勅令を発令するために神殿に戻ります。お手数ですが、皆様もご同席いただけますか?」
「俺やオラシオンはいいが……ライトは神殿に入れるか分からんぞ?また体調崩してブッ倒れでもしたらどうすんだ」
「あ……そうだよね……どうしよう、ぼく神殿入れないかも……」
エンディからの同行の願いに、早速レオニスが異論を挟む。
確かにライトは先日の神殿訪問で、その場で倒れて丸三日以上も寝込むという洒落にならない事態に陥ったばかりだ。レオニスが警戒し、ライトが戸惑うのも無理はなかった。
「そうですね……ラグーン学園で行われる神殿訪問は主教座聖堂で行われるものなのですが、大教皇の執務室は別棟の聖堂にあります」
「ですので、神殿訪問時に倒れたという水晶の壇の間がある主教座聖堂でなければ大丈夫かとは思いますが……もし具合が悪くなる気配が少しでもありましたら、中庭の薬草園などでお待ちいただくことも可能かと」
薬草園という言葉を聞き、ライトは神殿訪問当日のことを思い出す。
主教座聖堂に入る前に薬草園を含めた庭園の見学を先にしたが、その時点では不調は全くなかった。
「レオ兄ちゃん、神殿訪問の時に建物入る前に庭園見学したけど、その時は何ともなかったから多分大丈夫だよ」
「そうか?ならいいが……」
「では、申し訳ございませんが今すぐ神殿にご同行をお願いいたします。兄上も来て見届けていただけますか?」
「もちろんです。ライト君の身は私が必ず守ると約束しましたからね」
「ありがとうございます。今ここに倒れている従者達は、外の馬車で待機している親衛隊の兵に任せましょう。先程の爆発音を聞いて、そろそろこちらに着く頃だと思います」
そう話している最中にも、廊下の方からバタバタと誰かが走る音が聞こえてきている。
「……大教皇様!!」
「ご無事ですか!?」
「これは一体何事が起きたのですか!?」
ラグナ教の要人警護を務めているであろう数人の親衛隊の兵士が、息せき切りながら大教皇のもとに駆け寄る。
慣れないラグーン学園の中で、大教皇の姿を求めてさぞやあちこち走り回ったに違いない。
「私はこの通り無事です。私よりも、ここに気絶している従者達を馬車に連れて行ってください」
「それはもちろんですが……大教皇様はどこにもお怪我はなさっていませんか?大主教様は何処に?」
「ええ、ここにいる方々のお陰で危難を免れることができました。大主教のことは後でお話します」
エンディが親衛隊の兵達に言い聞かせるように話している。
レオニスとオラシオンは、ライトの姿を親衛隊の兵達に見られないように先程から後ろ側に隠している。
「私はすぐに神殿に戻らねばなりません。馬車は私と大主教、二台分で来ていますよね?」
「大主教が乗っていた馬車に、従者達を乗せてください。私はこちらの方々とともにすぐに神殿に向かいます」
「貴方達は手分けして従者を運び、馬車の支度をしてください」
「はっ!畏まりました!」
兵達はエンディに向かってそう言うと、倒れている従者を背負ったり馬車のある場所に走って戻ったり、それぞれの仕事に向かった。
親衛隊の兵達が理事長室から全員出たことを確認した後、レオニスがエンディに向かって声をかけた。
「すまんが俺とライトは馬車には乗らず、先にここを出てあんた達とは別行動で行かせてもらうぞ」
「とにかくラグナ教の連中には、なるべくライトの顔を見られたくないんだ。この先何が起きるか全く予想もできんからな」
「俺達も一度帰宅して、改めて然るべき準備をしてから神殿に向かうことにする。……そうだな、今から一時間後に神殿に行くってことでいいか?」
レオニスからの提案に、エンディは即時に首肯した。
「分かりました。もちろんそれで構いません。私達は一足先に神殿に戻り、勅令の発令準備をします」
「では私はレオニス卿達が神殿に着く頃に、神殿の正門でお待ちしましょう。別棟の聖堂の中に入るにも、最初から案内役がいた方が何かと円滑に進められますしね」
「兄上、ありがとうございます。では、ライト君、レオニス卿。お手数おかけしますが、また後ほどよろしくお願いいたします」
「ああ。一度乗りかかった舟だ、ライトやオラシオンのためにも俺で力になれることなら力を貸してやるさ」
こうして一同は、二手に分かれて行動することにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
親衛隊の兵達が理事長室に戻ってくる前に、さっさと校舎を出てラグナロッツァの屋敷に向かうライトとレオニス。
帰宅途中の道すがらでは誰が聞いているか分からないため、先程の事件のことには全く触れずに無言で歩く二人。
屋敷の中に入り、ほっと一息ついたライト。
「レオ兄ちゃん、準備って何するの?またすぐに神殿行かなきゃならないんでしょ?」
「ああ、俺は完全装備の冒険者仕様に着替えてくる。このスーツじゃ十分な力を発揮できんからな」
「あ、そうだね……最初からそれで来てもらえば良かったのかな……」
ラグーン学園に行く前には、普通の話し合いのつもりでスーツ以外禁止!と言い渡したライトだったが、まさかラグーン学園内で悪魔に遭遇するとは夢にも思わなかった。
いくら予想外のこととはいえ、俯きながら後悔するライト。
そんなライトを励ますかのように、レオニスが頭をくしゃくしゃと撫でる。
「んなこたぁないさ。よくよく考えりゃこの格好でラグーン学園に出入りする方が物騒っちゃ物騒だしな」
「それに……ラグナ教の幹部が悪魔だとは誰も思わないし、一体誰がそんな事態を予想できる?こんなん予想できる訳ないし、誰も責めやしないさ」
「過ぎたことよりも、これからどうするかだ。まだケリはついちゃいない。気を引き締めていくぞ」
レオニスからの檄に、ライトも無言で頷く。
「ライト、フォルは今日はラウル達に預けてあるよな?」
「うん、ラウルやマキシ君といっしょにいると思うよ」
「そうか。ラウル、いるか?」
ライトの答えを聞き、レオニスが早速ラウルを呼び出すために
数瞬の後、ラウルが音もなく姿を現した。
「おう、ご主人様達おかえり。えらく早いお帰りだな?」
「ああ、ちょっとした事件があってな。それよりラウル、フォルはどこにいる?」
「フォルなら二階でマキシといっしょにいるぞ。呼ぶか?」
「ああ、頼む。俺達は広間に移動するから、フォルも広間に連れてきてくれ」
「了承」
ラウルはそう言うと、また音もなく姿を消した。
ライトとレオニスはすぐに広間に移動する。椅子に座って一息つくと、ラウルとマキシがフォルとともに広間に入ってきた。
「連れてきたぞ」
「皆さんおかえりなさい!」
「フィィィ」
マキシとフォルもライト達におかえりの挨拶をする。
フォルはマキシの腕から早速抜け出して、ライトの膝に移る。
「フォルにつけている魔導具、しばらくライトに借りるぞ」
「ライト、フォルから魔導具を外して自分の腕に着けるんだ」
「うん、分かった。フォル、ちょっとこれ借りるね」
レオニスの指示通り、フォルの首に着けていた護身用の魔導具をそっと外して自分の左腕に着けた。
この魔導具はもともと人間用のブレスレットを元にして作られたものなので、子供であるライトには少々大きいがさほど難もなく装着できた。
「おいおい、フォルの護身用の魔導具をライトに着けるなんて一体どうしたんだ?」
「詳しい話はまた後だ。ラウルとマキシはこのままフォルといっしょにいてくれ。魔導具を着けてないフォルの護衛だ、二人ともできるな?」
「そりゃもちろんだ!任せとけ!」
「!!僕も全力でフォルちゃんの護衛を務めます!!」
フォル教信者第一号と第二号、『フォルの護衛』と聞いて俄然張り切りだす。
だがしかし。フォルの護衛と言っても要はいつも通り、このラグナロッツァの屋敷に篭って留守番していればいいだけのことなのだが。
「よし、そしたら俺は一旦カタポレンの家に戻って着替えてくる。ライトもいっしょについて来い」
「うん、分かった!」
二人は転移門でカタポレンの家に移動した。
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神殿嫌いのレオニス、誼のあるオラシオンの懇願を断りきれずに助力を引き受ける承諾はしましたが。それでもラグナ教そのものには未だバリバリに警戒心発動しています。
一方フォルの護衛を任されたラウルとマキシ、すんげーやる気満々です。ラウルってば普段は軟弱者を自称しているくせにー。まぁ護衛と言いつつその実態は、いつもと変わらぬただのお留守番なのですが。
そうだ、そしたら今度ラウルの戦闘シーンを書こうかな!もちろんフードバトルじゃなくて、手に汗握るような格闘シーン!……うん、いつ実現するか全く分かりませんけど。
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