第230話 大教皇の決意

 大きな爆音とともに悪魔が爆発した後、一転してしばしの静寂が横たわる。

 30秒ほど経過した頃だろうか、一番最初に動いたのはレオニスだった。


「……ライト、大丈夫か?」

「う、うん、大丈、夫……」


 周囲を見回すと、悪魔の自爆攻撃で内装やら書棚やらがズタボロになっている。窓ガラスにも罅が入り割れている。

 ただ、壁まで吹っ飛んではいないところを見ると、音の割には爆発の威力自体はそこまで強大なものではなかったようだ。これはおそらく悪魔の本来の能力に比例していたのだろう。


 そして、ライトはもちろんオラシオンやエンディもまだ呆然としたままその場に固まってしまっている。

 大教皇や大主教のお供としてついてきていた従者達は、悪魔出現の折に悪魔が発する瘴気に中てられた時点で全員気絶していた。その時から既に床に伏していたため、先程の爆風にも巻き込まれずに済んだようだ。


「くそ……口封じの時限爆弾を仕込まれていたか……」


 あの悪魔が自らの意志で自爆したようにはとても見えなかった。ということは、敵の手に落ちて黒幕の名や潜入目的などの核心がバラされそうになった時に、口封じも兼ねて敵もろとも始末する工作が施されていたと考えて間違いないだろう。

 そんなレオニスの呟きを聞き、二番目に我に返ったのはライトだった。


「……レオ兄ちゃん、大丈夫!?」


 我が身よりも、悪魔と直接対決し悪魔の自爆攻撃にも身を挺して守ってくれたレオニスの身を心配するライト。

 そんなライトの姿に、レオニスは微笑みながら返事をする。


「この俺が、あの程度の悪魔に負けるとでも思ってんのか?」

「ん……そんなことはないけど……ぼく、本物の悪魔って初めて見たから……」

「ああ、そういやそうだな。初めて悪魔を見て気を失わなかっただけでもすごいことだぞ」


 レオニスがライトの頭をくしゃくしゃと撫でる。

 確かにまだジョブを授かっていない子供ならば、魔物や悪魔に遭遇することはまずほとんどない。

 もっともそれはちゃんと守られた都市機構なり整った環境で育った場合の話であり、魔物暴走が起きて村や街ごと襲われるケースもしばしばあるのだが。


 ちなみにライトにはあの悪魔に見覚えがあった。

 悪魔自身はレオニスに問われても名乗りもしなかったが、ゲームの中で出てくるモンスター『グレーターデーモン』のグラフィックと全く同じだったのだ。


 グレーターデーモンは、ゲームの中で出てくるモンスターの中ではランク的に中の下あたりだ。初心者を卒業してもうそろそろゲームシステムにも慣れてきた頃に、敵として冒険フィールドに出没てくる。

 初心者向けの下っ端モンスターとまではいかないが、どちらかというと中級者向けの雑魚寄り。そんな立ち位置の魔物である。


 だが、そんな中級程度のモンスターでもこの世界でいざ実際に対峙してみると、ゲームのような訳にはいかなかった。

 悪魔が発する威圧、瘴気、禍々しいオーラ。画面越しでは一切感じることのなかったそれら全ての悪意が、ライトの幼い身体や魂にダイレクトぶつけられ伝わってくる。

 先程まで目の前で繰り広げられるそれらは、ライトにとってかなり衝撃的だった。


「でも、ラグナロッツァの中に悪魔が潜んでいたなんて……」

「ああ、ありゃ間違いなくグレーターデーモンだな。予想以上に事態は深刻そうだ」


 まだ身体が微かに震えるライト、半ば呆然としたような口調で呟く。

 レオニスがそれに答えると同時に、エンディの方をちろりと見遣る。

 その視線を受けてか、エンディはハッ!と我に返った。


「……レオニス殿。此度の失態、面目次第もございません」

「いや、俺達はともかくあんた達の方がよほどマズいんじゃないか?今まで大主教と呼ばれていた上も上の奴が、実は悪魔が化けてました、なんてどうすんだ」

「…………」

「つか、さすがにこれは隠し通せる問題じゃないぞ?ラグナロッツァ内でグレーターデーモンが我が物顔で跋扈していたとなると、俺も冒険者ギルドに報告しない訳にはいかんし」


 レオニスの問いに返す言葉もないようで、エンディは顔面蒼白のまま俯き苦悶の表情を浮かべる。

 だが、しばらくしてエンディは意を決したのか顔を上げて話し始めた。


「……私は今すぐ神殿に戻り、サイサクス大陸全土のラグナ教全支部に向けて司教以上の位階にある聖職者を招集する勅令を発します」

「現大教皇の名において発令するものですので、該当者は何をさて置いても即刻馳せ参じなければならない義務となります。一切の拒否権は認められません」

「勅令を受けてすぐに馳せ参じればよし、姿を現さなければ調査対象として後日徹底的に取り調べます」


 エンディはまず、ラグナ教の役職者全てを対象に調査するつもりのようだ。


「アクシーディア公国内のみならず、国外の全支部にも通達および招集するので対象者全員が揃うまで多少時間がかかるとは思いますが」

「各種ギルドに設置されている転移門を使用してでも緊急招集しますので、明日の昼頃には全対象者が揃うはずです」


 転移門は主に冒険者ギルドや魔術師ギルド、王宮などに設置されている。

 さすがに王宮は無理だろうが、それ以外の冒険者ギルドもしくは魔術師ギルドの転移門を使わせてもらってでもすぐに来い!ということのようだ。

 エンディの緊急招集に対する意気込みと決意の程が伺える。


「まぁ他にも悪魔が各地に潜んでいるとしたら多分司教以上の役職者に化けているだろうし、それらを全員緊急招集で集めるのは理に適っているとは思うが」

「集めた後はどうするんだ?何か策があるのか?」


 レオニスが胡乱うろんな目でエンディを見る。レオニスは何やら懸念していることがあるようだ。

 そんなレオニスの視線を受け、エンディが口を開いた。


「それにつきましては、そこにいるライト君にご協力を仰ぎたいと思っております」

「……やっぱりか。そんなことだろうと思ったわ」

「え?ぼく?」


 はぁぁぁぁ、とレオニスが俯きながら大きなため息をつき、苦々しい表情で吐き出すように呟く。

 それに対し、エンディから突然のご指名を受けたライトは何のことだか全く分かっていないようだ。

 ライトは己の顔を指差しながら、キョロキョロと周囲にいる人々を見回す。


「この大教皇様はな、今ここでお前が発揮した破邪の力を借りてラグナ教の中に潜む悪魔を炙り出したい、と仰っておられるんだ」

「え?破邪の力?何のこと?」

「それについてはまた後で解説する」


 レオニスが皮肉をたっぷり込めつつライトに説明する。

 そしてまだ理解しきれていないライトに後で解説すると言うあたり、どうやら神殿側の人間であるエンディにはその詳細を聞かせたくないようだ。

 そして今度はエンディの方に向き直り、問い質し始めるレオニス。


「あんた達ラグナ教の中に悪魔が潜んでいたのは、あんた達の不始末だろう。何故ラグナ教信徒でもないライトが、あんた達の尻拭いをしなきゃならない?」

「そもそも今日のこの話し合いやらだって、もとはと言えばあんた達神殿側がゴリ押ししてきたことだろうが」

「はっきり言おう。虫が良過ぎるとは思わんのか?」


 レオニスの言葉はいつになく厳しく、冷たく突き放すような物言いだ。だが、言っていることは真っ当であり正論である。

 エンディは拳を握りしめながら、絞り出すような声で話し始める。


「はい、自分でも図々しい頼みだということは重々承知しております。ですが……それでもなお、貴方方の御力に縋らなければならないのです」

「此度の件、かなり根深いものだと思われます。あの悪魔の言っていたことが事実なら……三十年どころか数百年もの間、ラグナ教内部に悪魔が巣食っていたことになります」

「また、悪魔が化けていたリュングベリ大主教……彼の派閥はラグナ教内でもかなり力を持った存在です。その派閥に属する者全員を疑わねばなりません」

「その大主教の正体が判明した今、いっそのことラグナ教は一度解体した方が良いかもしれません……」


 震える身体で、懸命に訴えるエンディ。

 ラグナ教の頂点である当代の大教皇が、己の信奉するラグナ教を解体まで口にするとは前代未聞のことだ。

 だが、今この場で発覚した不祥事はそれすらも当然のことと言えるだろう。


「ですが……それでも、ラグナ教そのものを完全に無くす訳にはいきません。もしそんなことになれば……これから先、未来永劫人々にジョブを授けることができなくなってしまいます」

「ジョブだけではなく、人々の怪我や病気の治癒、薬草栽培や回復薬、回復魔法の研究……ラグナ教の活動は、多岐に渡り人々の生活に深く根付いています」

「ラグナ教を一度解体して再出発するにしても、この機に悪魔の勢力を一掃せねばなりません。それこそ一片の疑いもなくなるまで完全に浄化しなければ、人々の信頼を取り戻せません」


 固い決心を表したエンディの瞳には、その意志以上に強い光が宿る。


「私はこの件が片付くまでは、大教皇の名で大鉈を振るい続けねばなりませんが……」

「ラグナ教内部から魔の者を完全に排除できたことを見届けたら、大教皇の座を退きます」

「そして、国内外全てのラグナ教支部や教会を見て回るつもりです。全ての拠点を実際にこの目で確かめなければなりません」

「エンディ……」


 エンディの並々ならぬ決意に、横で聞いていたオラシオンが思わずその名を口にした。

 エンディもオラシオンの方を向き、深々と頭を下げた。


「学園長……いえ、兄上。此度は大変ご迷惑をおかけして、申し訳ございません。ひとえに私の不徳の致すところです」

「いや、私のことは気にしなくていい。だが、ライト君とレオニス卿には……」

「はい、分かっております」


 エンディが改めてライトの方に身体を向き直し、深々と頭を下げた。


「ライト君。君まで危険な目に遭わせてしまい、本当に申し訳ございません」

「その上、まだ君の力まで借りようとしている私の弱さ、至らなさをどうぞお許しください」

「どうか……どうか君の持つその破邪の力を……ラグナ教を救うためにお力添え願えませんか」


 そしてエンディは、何とその頭を下げるに留まらず―――ライトの前で静かに両膝を折り、ひざまずきながらこいねがった。





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 本日のレオニス、ライトに激怒されてスーツで学園に来ていましたが。腕輪やイヤーカフ、指輪等々の付与魔法付きアクセを多数装備しているので、冒険者仕様の完全重装備でなくとも実はかなり強かったりします。

 なので、普段と違う余所行きの一張羅スーツ姿でもグレーターデーモン如きなら余裕で倒せてしまうのです。

 とはいえ、やはりフル装備時のステータスに比べると半分程度には落ちてしまいますが。

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