第232話 御守に込められた想い

 カタポレンの家に移動した二人は、レオニスの部屋に移動した。

 あまり時間に猶予がないため、着替えながら話をするためだ。

 ついでに言えば、誰にも聞かれたくないような重要な話はカタポレンの家で済ませた方がセキュリティ面でも良いのだ。


「さっきのラグーン学園で、大主教に化けていた悪魔の正体が露見した時のこと、覚えてるか?」

「んーと、大主教のお付きの人が理事長室の扉を開けて、とっても偉そうな人が理事長室に入ってきて……」


 ライトが先程起こったことを思い出しながら、レオニスの問いに答える。


「そしたらぼくの胸元が急に光りだして、大主教だった人が悪魔の姿になって…………って、もしかして、このラペルピンが原因?」

「そうだ、そのラペルピンから破邪の力が発動したんだ」


 ライトは思わず自分の胸元を飾るラペルピンを見た。

 それは八咫烏マキシの羽根をもとに作られた、アイギス特製のラペルピン。数日前にライト達のもとに帰ってくるはずだった、未だ戻らないフェネセンとのお揃いの御守。


「もともと八咫烏ってのは神格の高い霊鳥でな。その中でもマキシは代々族長を務める程の、高い霊力を誇る一族の子だという」

「さらには長年身の内に巣食っていた穢れを祓った後の、本来の力を取り戻したマキシの羽根ともなれば……その羽根が持つ霊力、俺達が言うところの魔力はとんでもなく高いはずだ」


 レオニスが着々と着替えながら、そのラペルピンに込められた力の源泉を解説していく。


「でもって、そのラペルピンにはフェネセンの付与魔法も施されているはずだ。おそらくは破邪系のな」

「えっ!?そうなの!?」

「ああ。いくら八咫烏の羽根の魔力が強力でも、それひとつだけであそこまでの破邪の力は出まい。それくらいにあの力は強いものだった」

「フェネぴょんって、破邪の魔法も使えるの……?」

「そりゃフェネセンは大魔導師だからな。穢れも祓えるし破邪魔法だってお手の物だ」


 レオニスの推察に驚愕するライト。


「フェネセンが旅立つ前の日の食事会。お前は解散前に疲れて寝ちまっただろ?」

「あの時、フェネセンがソファで眠るお前の傍にずっとついてたからな。おそらくその時に、ラペルピンに破邪魔法を施したんだろう」

「悪しき力がお前の近くに迫った時に、その悪意を暴露してお前の身を守るために……な」


 ソファですやすやと眠るライトの頬を、つん、つん、と優しく突つきながらにこやかな笑顔でずっと眺め続けていたフェネセン。

 レオニスは、その時のフェネセン姿を思い浮かべていた。


「もともと力の強い八咫烏の羽根で作られたところに、さらには大魔導師の破邪魔法の付与だ。相乗効果でものすごく強力な破邪の波動となって発動したんだろう」

「だから……正直そのラペルピンさえあれば、お前自身が神殿に出向かなくてもいいはずだ」

「……ライト、どうする?それでも行くか?」


 レオニスがライトに問いかけた。

 確かにその理論でいけば、ライト自身が神殿に乗り込む必要はないだろう。ライトの代わりにレオニスがラペルピンを持って神殿に行けばいいだけの話だ。


 ライトとしては、その言い分に思うところがない訳ではない。だが、レオニスも純粋にライトの身を心配しているからこそ言っているのだということもよく分かる。

 神殿という、ライトにとって最も相性の悪い敵地にも等しい場所に向かうのでなければ、レオニスとてこんなことは言わなかっただろう。


 それらの諸々の思いも含めて、ライトは意を決して答えた。


「……うん、行くよ。ぼく自身にはまだ何の力もないし、ラペルピンだって借り物の力だけど」

「神殿の行く末もきちんと見届けたいし、困っている理事長先生の力にもなりたい。それに、何より……」

「大教皇様は、ぼくに『力を貸してください』って言ったんだ。だったらその願いにはぼく自身が応えなきゃ、でしょ?」


 真っ直ぐにレオニスの瞳を見据えるライト。

 その言葉と瞳には強い意志が込められていた。


「……そうだな。大教皇は他でもない、お前に依頼したんだもんな」

「そうだよ。冒険者だったら指名依頼だよね!」

「ああ、ご指名を受けたからにはお前がきっちりとこなさなきゃな」

「そういうこと!ぼくまだ冒険者じゃないけど!」

「じゃあ今日は指名依頼の予行演習だな」

「うん!!」


 ライトが眩しいくらいの笑顔で答えた。

 その眩さは、レオニスが今も兄と慕い続けるライトの父グランを彷彿とさせる。

 グランの太陽のような笑顔と今自分の前にいるライトの笑顔が、レオニスの目に重なって映る。


 ああ、そうだ、ライトにはグラン兄の―――冒険者の血が流れているんだ。

 向かう敵が強ければ強いほど、大きければ大きいほど、その血は熱く滾り止めることなど誰にもできやしない。

 ならば俺はその熱く滾る血潮を絶やさぬよう、傍で見守り続けよう―――


 レオニスは改めて己の心に誓った。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 準備万端整った二人は、ラグナロッツァの屋敷に転移して神殿に向かう。

 ラグーン学園で約束した一時間後より、少し早めに神殿に到着した二人。

 正門には約束通り、オラシオンが二人を待っていた。


「レオニス卿、約束通りお越しくださりありがとうございます」

「ああ、約束はちゃんと守るさ。早速だが別棟とやらに案内してくれるか?」

「はい、ではこちらに」


 三人で神殿の敷地に入っていく。

 歩きながらオラシオンはライトの方をチラチラと見ている。


「ライト君はそこにいる、のです……よね?」

「ああ。さすがにオラシオンの目は誤魔化しきれんか」

「いえ、私でも気を抜くとライト君の姿がほとんど認識できません。これは隠密魔法ですか?」

「ああ。ライトが神殿にいるところを神殿側の人間に見られたくないんでな。隠密魔法を付与した魔導具を持たせてある」

「そうですか……隠密魔法でここまで認識を薄くすることができるとは……」


 オラシオンが感心しきりといった様子で、ライトのいる方を眺めた。

 二人とも他の人に声が聞こえないよう、極力小声で話している。ライトに至っては、神殿に入る前にレオニスに

「俺がいいと言うまで一言も喋るな」

「万が一体調が悪いと感じたら、俺の服を引っ張って教えろ」

と言われているので、ずっと無言を貫いている。


 オラシオンがライトを認識できないのは、フォルの魔導具をライトに持たせているからだ。

 フォルの魔導具には、フォルの姿を認識させ難くするための隠密魔法を二つ付与してある。その魔導具をフォルから外してライトに持たせたのは、ライトの身を隠すためである。

 レオニスとしては、ライトが神殿に入るところを極力誰にも見せたくないのだ。まだ神殿内部に他の悪魔が潜んでいるかもしれないのだから。


 中庭を通り過ぎ、オラシオンの案内で主教座聖堂とは違う方向に歩いていく。

 すると、主教座聖堂よりも若干質素な感じのする建物が見えてきた。ここがいわゆる別棟の聖堂なのだろう。

 その中の一室に通されたライトとレオニス。部屋の中には執務机があり、そこには大教皇エンディがいた。


 それまで何か書き仕事をしていたようだが、その手を止めてライト達のもとに歩み寄り出迎える。

 オラシオンが部屋の扉を閉め、四人だけの空間になった。

 部屋の中を見回したレオニスが、四人以外に誰もいないことを確認した後ライトに向けて声をかける。


「ライト、もう喋ってもいいぞ」

「……うん」

「レオニス卿、ライト君。神殿まで来ていただき、本当にありがとうございます」

「礼はいい。まずはこれからどうするのか、聞かせてもらおうか」


 時間が惜しいとばかりに、レオニスがこれからどう動くのかの確認に入る。

 ちなみにこの部屋は、謁見の間よろしく大教皇が座る執務机以外の家具類は一切ないので全員立ち話状態である。


「今、ラグナ教全支部に向けて勅令書を送る準備をしています」

「大教皇勅令の発令には、専用の紙と専用のインクを用いて大教皇の直筆で書をしたためなければなりません」

「これは私にしかできない仕事ですので、今も執筆していたところです」

「これをまだあと数十枚、同じものを書かねばならないのですが。その間に、この神殿内にいる聖職者全員を調査しようと思っています」


 全支部宛に送る勅令書は、一枚一枚全て大教皇自らが直筆で書かねばならないらしい。他にも専用用紙や専用インクなど、かなり細かい規定があるようだ。

 国際的な巨大組織たるラグナ教、その支部数を考えるとおそらく五十枚以上は同じものを書くことになるのだろう。何とも大変な作業だが、大教皇が発令する勅令だけにその重みは計り知れない。

 その重大性や強制力を考えれば、多大な手間をかけるのも当然のことと言える。


「他の支部はともかく、ラグナ教総本山たるこのラグナロッツァ神殿にいる者は全員調べねばなりません。役職者だけでなく見習い神官や庭師、調理師に至るまでそれこそ徹底的に」

「大主教だった悪魔が最も長く活動拠点としていたのは、ここラグナロッツァ神殿ですからね。他にも悪魔が潜んでいる可能性は十分にあると考えられます」

「まずはこのラグナロッツァ神殿内部を浄化しなければ……ラグナ教再生などとても無理でしょう」


 エンディの言う通り、確かにリュングベリ大主教が長年単独で活動していたとは考え難い。

 数百年にも渡り侵蝕されていたのならば、入り込んだ悪魔は一体や二体ではないだろう。

 また、大主教は表向きの年齢的にも隠居間近だったため、その後継者も確実に潜んでいるはずだ。


「まずは面談と称して、一人一人個別にこの部屋に呼び出します」

「そこでライトの出番、という訳だな?」

「はい。ライト君が先程発揮した破邪の力、これに耐えられる魔の者はおりますまい」


 エンディの計画では、こうだ。

 まずライトには、この執務室の奥の方の隅で待機してもらう。

 エンディは執務机で勅令書を執筆しながら、ラグナ神殿に常時いる聖職者他関係者全員を一人づつ面談という形で呼び出す。

 もし呼び出した者が悪魔ならば、部屋に入った時点でライトが持つ破邪の力が発動して露見する。そこをレオニスやオラシオンが取り押さえる、という寸法だ。


 呼び出した者に何も起こらなければ、エンディが労いの言葉をかけて次の者を執務室に入れる。

 これを順次繰り返していき、ラグナ神殿に常駐する者全員を洗い出すという訳だ。

 そしてこれと同じことを翌日、大教皇勅令により招集された他の支部の聖職者達にも実施したいという。


 エンディの語る計画を聞き、しばし考え込んだレオニスは首を横に振りながら言う。


「悪魔の炙り出しとしては完璧な作戦だが、ライトの身の安全が万全とはとても言えんな。今は自前の魔導具で存在感を希薄にして誤魔化しているが、それとて完璧じゃあない」

「魔力の高い者には、ライトの存在が朧気ながらでも分かるはずだ。現にオラシオンにだってライトの存在は誤魔化しきれていない」

「俺はともかく、ライトはまだ小さな子供だ。悪魔側にはもちろんのこと、神殿側にも絶対にこれ以上その存在を知られたくないんだ」

衝立ついたてで姿を隠すなりできんのか?」


 レオニスの抗議に、エンディが執務机の引き出しから何かを取り出した。

 見た感じ、ちょっと豪奢な首飾りのようだ。


「それにつきましては、ライト君にこれを身に着けていただこうと考えております」

「ん?それは何だ?」

「これは、ラグナ教の大教皇に受け継がれてきた秘宝【秘匿の頸飾】です」


 それは、王族以外には使えないとされている認識阻害魔法が付与されている首飾りだった。





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 区切りの良いところにするため、今回はちと長くなってしまいました。その分次回更新が若干少なめなのですが。

 一応一話につき4000字前後を目安に書いておりまして、3000~5000字の間に収まればまぁいいかな、と。

 しかしよくよく考えたら、4000字って400字詰め原稿用紙10枚みっちり以上ってことですよねぇ。夏休みの課題の読書感想文だってもうちょい少なめの枚数な気がする……


 ……え、何?もしかして私、毎日400字詰め原稿用紙10枚分を半年近く更新してんの?( ゜д゜)

 もしかしなくても頭おかしくね?Σ( ゜д゜) ←今更

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