第221話 懐かしい名前

 その後レオニスは、話せる範囲で新たに判明した屍鬼化の呪いの概要や襲撃事件のことをクレアに話していった。


 屍鬼化の呪いを撒き散らせるのは、屍鬼の中でもかなりの上位者であること。

 呪いを振り撒く目的は、配下の屍鬼を増やしてこの世界の全てを屍鬼で覆い尽くすこと。

 そして、屍鬼の呪いに侵された者は早ければ二日、遅くても五日以内には完全に『生きた屍鬼』に変わり果てるということ。


「ふむふむ……完全に『生きた屍鬼』に変貌するまでに食い止めることができれば、感染対象を殺さずとも屍鬼化の呪いの世界的大流行を封じ込めることができる、と」

「ああ、それを可能にできるのは今のところオーガ族の『秘薬』と呼ばれるものくらいしかないようだがな」

「オーガ族の『秘薬』……それは一体どんなものなんでしょう?」

「さぁな……俺はその『秘薬』を直接見せてもらってないから、詳しいことは分からんがな」


 レオニスがシレッと嘘をつく。

 だが、この言葉はある意味では真実だ。何故なら『オーガ族の秘薬』なんてものは存在しないので、詳細の知りようもないのだ。

 屁理屈といえばそれまでだが、『秘薬』の出処であるライトの身を守るためなので詳細を伏せるのも致し方ない。


「そうですかぁ……まぁ一族の秘薬なんていうくらいなら、他種族に見せられないのも仕方ありませんねぇ」

「ああ、そういうことだな。だが、オーガ達の話ではその『秘薬』はおそらくエリクシルに近いものじゃないか、と言ってたな」

「エリクシル!?それはまたとんでもない伝説の神薬じゃないですか……」

「それほどの代物でないと屍鬼化の呪いは解除できん、ということなんだろう」

「そういうことですよねぇ……はぁ……」


 ここでレオニスはエリクシルの名を出す。

 断定はせずに匂わせる程度に留めながら、屍鬼化の呪いを解くことのできるアイテム情報としてクレアに伝えるためだ。

 屍鬼化の呪いと同レベルの伝説級神薬の名が出てきたことに、小さなため息をつくクレア。

 だが、ちょっとやそっとのことでへこたれるクレアではない。

 項垂れていた頭を上げ、目の前にいるレオニスを見つめながら口を開いた。


「ですが!オーガ族に伝える『秘薬』がエリクシルに近しいものだというのなら、エリクシルだって実在しててもおかしくない。そういうことですよね!」

「ああ。似たようなものがあるんだから、エリクシルだって本当にあるんじゃないかな」

「分かりました!そしたら魔術師ギルドに薬師ギルドにもこの情報を伝えておきましょう」


 クレアがメモ帳にサラサラと手際良く書き込んでいく。

 あのメモ帳、ホントに使ってんのか……あれ絶対ファッションアイテムのひとつだと思ってたわ……などとレオニスが壮絶に失敬なことを密かに考えている。


「伝説の神薬エリクシルに近しいものが本当に実在するものだと知れば、彼らの研究開発意欲にも火がつくでしょう」

「それはいいが……間違ってもオーガ族にサンプル寄越せとか無理難題をふっかけないように、きっちり釘刺しとけよ?」

「ああ、それなら大丈夫でしょう。彼らにオーガ族に無理難題を押し通す技量があるとお思いで?」

「……思わんな」

「でしょう?薬師ギルドはもとより、魔術師ギルドにだってそんな命知らずはいませんよ。……フェネセンさんを除いて」

「…………フェネセン、か」


 話の流れで何とも懐かしい名前が出てきた。

 だが、レオニスの様子が若干おかしい。その顔は半目でスーン、としており、間違っても久方ぶりに聞く友の名を懐かしむ表情ではない。


「あいつならオーガの里に押しかけかねんな……」

「ですねぇ。『オーガ族の秘薬』なーんて言葉、絶ーッ対にフェネセンさんの大好物でしょうし」

「だよなー……はぁぁぁぁ……」


 レオニスは右手で目を覆い、思いっきり項垂れながら大きなため息をつく。

 何かの拍子に魔術師ギルドに立ち寄ったフェネセンが、今回の襲撃事件のあらましを知りその中に出てくる『オーガ族の秘薬』という言葉を聞いて、それはもうキラッキラに瞳を輝かせる姿が嫌でも目に浮かぶ。


「……仕方ない。フェネセンの耳に入る前に、俺の方から先に連絡入れとくわ」

「あら、レオニスさんからフェネセンさんに連絡を取る方法があるんですか?」

「ああ、一応な。先日ここを旅立つ前に、こっちから連絡取れる手段を置いてけって言っといたんだ」

「そうだったんですかぁ。でも、何かあったらこちらからフェネセンさんに連絡取れるのは良いことですねぇ」

「そうだな、基本的にこっちからフェネセンのやつを捕まえるのは至難の業だからな……それは今もさして変わらんだろうがな」


 懐かしくも騒がしい、自他ともに認める稀代の天才大魔導師のことは追々対処するとして。他にもクレアに伝えなければならない重要情報を話し始めるレオニス。


「あと、今回の屍鬼化の呪いに関してだがな。黒幕は『屍鬼将ゾルディス』という奴らしい。姿こそ現さなかったものの『屍鬼の頂点に君臨せし者』と言っていたそうだ」

「屍鬼将、ゾルディス……貴重な情報ありがとうございます。過去にそういった名の者が出現したことがあるかどうか、文献で調べるように上に伝えておきます」

「で、そのゾルディスの配下に『マードン』という大型の蝙蝠型の魔物がいて、そいつが単眼蝙蝠の群れを操って屍鬼化の呪いを発動させようとしたらしい」

「マードン、大型の蝙蝠型魔物……単眼蝙蝠の群れを操る……」


 レオニスの語る重要情報を、手元のメモ帳にこれまたスラスラと書き留めていくクレア。

 さすが何でもできるスーパーウルトラファンタスティックパーフェクトレディー、本当に仕事面では・・・・・超有能である。


「単眼蝙蝠自体はそんな珍しい魔物ではないし、弱い部類だがな。これが大群となって飛んでいるところを見たら、即刻報告するように周知した方がいいだろうな」

「そうですね……とりあえず十匹以上の単眼蝙蝠が一ヶ所に集まっているのを目撃したら、必ずどこかのギルドに報告するように義務化を推進しますか」


 レオニスの証言をもとに、テキパキと話をまとめていくクレア。

 何だろう、今日のクレア嬢は一際眩い光を放っている気がする。これはあれか、『出来る女子オーラ』というやつだろうか?


「俺が話せることは、ひとまずこれで全部だ。俺は引き続きオーガ族の里の様子をしばらく見るから、各ギルドへの伝達その他はクレアに任せる」

「はい、お任せください」

「多分ないとは思うが、もしまたオーガ族の里に何か異変が起きたら知らせる。……あとはあれか、フェネセンか。フェネセンのことも俺が何とかするわ」

「頑張ってくださいねぇー」


 フェネセンの名が再び挙がったことで、クレアの表情が和らぐ。

 レオニスも、屍鬼化の呪いに関して伝えなければならないことを全て伝え終えたことで安堵したのか、ふぅ、と一息つく。

 テーブルの上ですっかり冷めてしまったお茶を、クイッ、と一気に飲み干してから徐に立ち上がった。


「じゃ、そういうことで。よろしくな」

「了解しましたー。レオニスさんもあまり無理なさらずにー」


 珍しいことに、クレアから労いの言葉が発せられる。

 その労いの言葉を背中で受けたまま、返事の代わりに右手をひらひらと軽く振るレオニス。

 そのままレオニスは冒険者ギルドディーノ村出張所から立ち去っていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「さて、いよいよこれを使う時が来た訳だが……」


 冒険者ギルドディーノ村出張所を出て、そのままカタポレンの家に戻ったレオニス。

 書斎に入り、棚からとある魔導具を取り出して机の上に置いた。

 この魔導具こそ、フェネセンがライト達のもとから世界中を回る旅に出る前に連絡手段として置いていったものである。

 見た目は何の変哲もない、手のひらサイズの長方形の板状のものだ。長さ12cmに幅6cm、高さは2cmくらいか。


 この板の上を縦長に置き、奥の方に魔石を一つ置いてから右側面にあるボタンのようなものを押す。

 そこからしばし待つこと20秒程度経過した頃。板の手前の方から、突如誰かの声が響いた。


『……んあー、レオぽん?』


 鈴を転がすような、高めの愛らしい声が響く。

 その声の主こそ『稀代の天才大魔導師』という呼び名を持つ、フェネセンその人であった。





====================


 クレア嬢に続き、稀代の天才大魔導師も再登場です。

 そう、ラグナロッツァを旅立つ前に用意しとけと言われた連絡手段です。それらの描写はこれまで出していませんでしたが、ちゃんと出立前には出来上がっていてレオニスに託されていたのです。

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