第222話 下校のお誘い
「おう、フェネセン、久しぶりだな」
フェネセンの声が聞こえてきたことに、ほっと安心するレオニス。
製作者であるフェネセンからは、世界中どこにしても通信できる!ということで話は聞いていた。だが、実際に遠くにいるであろうフェネセンに対して使ったのはこれが初めてである。
使用前のテスト的な実験と本番の実践では、緊張感が格段に違うのだ。
この薄い板状のものは、板の向こうにいる者同士が互いの声でやり取りできる、通信専用の魔導具だ。出てくるのは音声のみで映像まではついていないが、会話はしっかりできる。早い話が『電話』のようなものだ。
といっても誰にでも使える訳ではなく、これと同じ板を持つ者同士でしか通信はできない。二者間の専用ホットライン形式なのだ。
「お前、今どこにいるんだ?」
『……ンーとねぇ、天空諸島のちっこい島にいるー』
「ブフッ……ちょ、おま、早速天空諸島行ってんのか」
フェネセンの居場所を聞いたレオニス、天空諸島と聞いて軽く噴き出す。
『……んあー、ここ一番ちっこい島だから無問題よー』
「お前、ライトといっしょに天空島に行く約束してたろうが」
『……んだからその下見よー。天空諸島って大小かなりの数の島があるからねー……大きくて見どころ山盛りの島は、ライトきゅんと探索するためにちゃんと手付かずでとっといてあるんだー♪』
「そういう問題か?……まぁいいけどよ」
レオニスが若干呆れたように返す。
かなり遠いところにいるのか、フェネセンからの返答は数秒のタイムラグが生じ、時折ノイズのような雑音が混じる。
この板の向こうにいるフェネセンも、レオニスの声は同様なのだろう。
『……ンでー?レオぽん、何の用?何かあったのん?』
「ああ、ものすごく急ぎってわけじゃないんだが、どうしてもお前の耳に入れておかなきゃならん事案があってな」
『……そなのー?えー、何ナニー?』
「話せば少し長くなるし、どの道地上で起きたことだから空にいるお前に聞かせてもどうにもならん」
『……そりゃまぁそうだねーぃ』
「だから、お前が地上に戻ってきてからでいい。いつ地上に戻る?」
レオニスがフェネセンに、これからの予定を尋ねた。
『……ンー……一週間ほど周辺の小島見回ってから一度下りるつもりだよー』
「そうか、そしたら下りてきたらすぐに俺んとこに来てくれ」
『……あーい、了解ー』
「お前、下りてからあちこち寄り道すんなよ?絶対に真っ直ぐこっちに来いよ?」
『……分ぁーかってるってぇー!ンもー、レオぽんてば疑り深いなぁー』
レオニスがフェネセンにガッツリと釘を刺す。
もとよりタコ糸が1cm程度しかついていない凧のようなフェネセンのことだ、ちゃんと言い聞かせておかないとどこへでもフラフラと寄り道してしまうのだ。
ただし、どれほど言い聞かせたところで本当にフェネセンがそれに従うかどうかはまた別問題なのだが。
軽い声のまま返してくるフェネセンの返事に、どうにもその言が信用しきれないレオニス。
お前、そんなこと言って一週間小島を見て回ってる間に絶対に俺の話忘れるだろ?ジト目で通信板を睨みながら、レオニスは軽くため息をつく。
できればこのことは、今ここで言いたくなかったんだがな……と内心で思いながら口を開いた。
「……いいか、よく聞け。お前にも話しておきたい案件ってのは、廃都の魔城の四帝【愚帝】も関わっている事件だ」
『…………!!!!!』
無言の通信板の向こうで、フェネセンが息を呑んでいるのがレオニスにも伝わる。
しばしの沈黙の後、フェネセンからの答えが返ってきた。
『……分かった、すぐに下りる。明後日にはレオぽんの家に行けると思うけど、それでいい?』
「ああ、それで構わない。来るのはカタポレンの家の方に来てくれ、話が話だけにラグナロッツァの屋敷じゃなくカタポレンの方で話したい」
『……了解。じゃ、近いうちに行くね』
「ああ、お前も気をつけて帰ってこいよ」
『…………うん、ありがと』
一言礼を言うと、フェネセンの方から通信が切れた。
フェネセンの声音からそれまでの軽さは消え失せ、一転して深い地の底にでもいるかのような暗さを帯びる。
四帝の名を出せば、真剣に話を聞くだろう―――レオニスの思惑通りである。
それは、いつもは明るく朗らか……などという言葉では収まりきらないくらいに底抜けに明るいフェネセンに、唯一暗い陰を落とす要因。
本当ならレオニスとて、フェネセンの傷にわざわざ触れるような真似はしたくなかったのだが。事が事だけに、なあなあで済まされる訳にはいかなかった。
最後の礼の言葉だけは、レオニスの気遣いに対して少しだけ軽やかな響きに変わっていたことだけが救いか。
通信が切れた通信板。その動力として置いた、色の抜けかけた魔石を取り除き棚のもとにあった場所に戻す。
明り取り用の高窓から、昼の明るい光が入ってくる。
レオニスは小さなため息をつきながら、高窓の外の光をじっと見上げていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その頃のライトは、ラグーン学園での昼食を終えて教室に戻る途中だった。
いや、正しくは教室に戻っているのではない。ライトの教室である1年A組の隣、1年B組に用事があるのだ。
その用事とはもちろんただ一つ。鍛冶屋の息子イグニスに会うためである。
他のクラスの教室に行くのは初めてのことなので、ちょっぴり緊張しながらB組の教室を覗く。
そこにはちらほらと学園生がいたが、イグニスの姿は見当たらない。
昼休みだし、外で遊んでいるのかなぁ……と思いながら教室内を眺めていると、後ろから肩をポン、と叩かれた。
ライトが振り向くと、そこにはイヴリンとリリィが立っていた。
「ライト君が昼休みに教室の近くにいるなんて珍しいねー、どしたの?」
「ここ、B組だけど……B組の誰かに用があるの?」
二人とも何の気なしに、B組を覗き込んでいるライトの姿が珍しくて声をかけたようだ。
「あ、うん。イグニス君にちょっとお話があって……」
「イグニス?あいつが昼休みに教室にいた試し、ある?」
「ないない絶対あるワケないwww 教室戻るのもギリギリのはず」
「あー、やっぱりそうなんだね」
やはりイグニスは外で遊んでいるようだ。
しかも、いつも時間いっぱいまで戻ってこないらしい。
「ライト君、イグニスと話をしたいの?」
「うん。イグニス君っていうか、鍛冶屋さんの話を聞きたいんだ」
「そしたらイグニスと話すよりも、お店の方に直接行った方が早くない?」
「まぁそうなんだけどね。せっかくならイグニス君ともお話して友達になれたらいいなー、と思って」
イヴリンの問いかけに、はにかみながら答えるライト。
かつては破壊神の名を欲しいままにし、勇者候補生の真の敵!とまで呼ばれ忌み嫌われたブレイブクライムオンラインのNPC、鍛冶屋イグニス。
だが、それはゲーム世界の話であって今ここにいる鍛冶屋のイグニスは
そんなまだまっさらな状態のイグニスなら、今から友達になれれば彼の破壊神への道を食い止められるかもしれない。
先日ヨンマルシェ市場のペレ鍛冶屋で初めて話したイグニスは、ごくごく普通の善良な少年だったのだ。そんな彼が蛇蝎の如く嫌われる未来を見るのは、ライトとしても忍びなかった。
「それなら授業が終わった後に、私達といっしょに帰らない?」
「そうねー。ライト君にはちょっと回り道させちゃうけど、帰り道を皆で歩きながらお話するのも楽しいよ?」
イヴリンとリリィが下校の帰り道をともに歩こうと誘ってくれた。
男女混成集団下校!?何かリア充っぽい!?ライトが内心でちょっとドキドキしている。
そこに、外で遊んでいた各クラスの男子達が各自の教室に戻るためにバタバタと走ってきた。そしてその中にはイグニスもいた。
「お?イヴリンにリリィ、ここB組だけどどうした?」
「あっ、イグニス!ねぇねぇ、学園終わったら私達の友達といっしょに帰ろう!」
「ん?ああ、いいよー」
「決まりね!授業終わったら待ってて!」
「さ、そろそろ私達もA組の教室戻らなきゃ」
三人でサクッと話をまとめるところを、その横でぽややーんと眺めていたライト。
くっそぅ、やっぱり生まれながらのリア充ってのはこうも次元が違うもんなのか、行動力が段違いすぎるわ……三人のスピードについていけないライト、内心でへこたれる。
「ライト君、教室戻るよー!」
「あっ、はーい!」
異世界リア充女子にグイグイと手を引っ張られて、慌てながらもA組の教室に戻るライトだった。
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フェネセンのレオぽん呼びも久々ですねぇ。
今回使っている二者間専用ホットライン通信機。今時のスマホより一回り小さな板状ですね。取り急ぎ拵えた簡易的なものなので、会話専用で通話しかできませんが。
それでも半年とか年単位でじっくり研究開発すれば、動力源の魔石をバッテリーみたく収納して携帯可能にしたり、ホログラム映像付きのオンライン通信機器に進化させることも可能でしょう。一応転移門などでも既にメニュー画面にホログラムパネルが使われてますからね。
そしてライトの人生初のイベント、お友達との集団下校。
ライトは良い子なので『リア充爆発しろ!』とは言いません。内心ではビビりまくったり凹んだりしてますけど。
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