第206話 潜む悪意の影

「……本当に突然のことだったんだ」


 オーガの子は俯きながら、その時の状況を話していく。


「今朝、里の外周に他種族が侵入した警告音が鳴って」

「外周だけならたまに魔獣やゴブリンなんかが通り過ぎることもあるから、皆さほど気にしていなかったんだけど」

「しばらくして、今度は里内に侵入した警告音が鳴り響いて」

「明らかに異常事態だから、大人達が警戒して迎え撃つ準備をしてたんだ」

「だけど……俺達じゃどうにもならなかったんだ」


 その時のことを思い出しながら語るせいか、オーガの子は顔を歪ませて悔しげな顔つきになる。

 だが、比類なき強さを誇るオーガ族でもどうにもならない敵とは果たして一体何者なのだろうか?

 ヴィヒトもそこが最も気にかかったようで、オーガの子に問うた。


「オーガ族が手を焼くような外敵とは、一体何者だ?」

「……空飛ぶ、蝙蝠」

「……は?」

「一つ目の、空を飛ぶ蝙蝠の大群に襲われたんだ」


 オーガの子は悔しさに涙を滲ませながら、呻くように呟いた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「単眼の空飛ぶ蝙蝠、か……確かにそれは厳しいな……」


 ヴィヒトが難しい顔をしながら呟く。

 確かにオーガ族はその強靭な肉体と鋼のような拳で比類なき強さを誇る。だがその強さが威力を存分に発揮するのは地上の者に対してのみであり、空や水中の者に対しては有効打にはならないのだ。


 特に空を飛ぶ者、空中からの攻撃に対しては滅法弱い。オーガ族は種族の特性上物理攻撃が主体で、もともと魔力を持つ者がほぼいないためだ。できても身体強化系魔法くらいで、攻撃魔法は一切使えない。

 ならば弓兵に頼りたいところだが、オーガの子の話によると、オーガの里には弓を扱える者はいないという。

 弓を扱うにはそれなりに高度な技術が求められる。的を射る精緻さや風向きを読む等の繊細な技術は、大柄で力技を好むオーガ族には不向きなのだ。


「襲撃者の目的は分からぬのか?」

「うん……オーガの里にはお宝なんて呼べるようなものはないし……」

「オーガ達は防戦一方ということか?」

「奴ら、空中の高いところから魔法で攻撃してくるんだ……石や物を投げつけても簡単に躱されるし、手も足も出なくて……」

「魔法攻撃か……それはますます厄介だな」

「魔法自体はそれほど強いものじゃないんだ。だけど、攻撃を受け続けて怪我を負って動けなくなってしまった大人もいて……」


 空飛ぶ一つ目蝙蝠が何の目的でオーガの里を襲撃したのかは分からないが、オーガ族にとって最も相性の悪い相手からの襲撃でかなり苦戦を強いられているだろう。


「その空飛ぶ蝙蝠、敵は何匹くらいなのだ?」

「分からない……多分100匹以上は飛んでたと思う」

「指揮官みたいな者はいなかったか?それだけの数がいるなら、誰かしらが指揮を取っているはずだが」

「ん……そういや一際大きな蝙蝠が何かごちゃごちゃ言ってたけど……」

「何と言っていたんだ?」

「確か……『我こそはゾルディス様が一の配下、マードンである!』とか何とか叫んでたような……」

「ゾルディス、マードン……はて、聞いたことのない名だが……」


 オーガの子とヴィヒトが情報を整理するために会話を交わしていたその横で、ライトはほんの僅かだがその身を震わせていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『ゾルディス、だと……廃都の魔城の四帝の一角【賢帝】の直属配下じゃねぇか!』



 ライトには、オーガの子が話していた『ゾルディス』という名に心当たりがあった。

 それはゲームのブレイブクライムオンラインのコンテンツ、冒険ストーリーで出てくる中ボスの魔物。『屍鬼将ゾルディス』という名で、魔城の四帝の手先として暗躍する屍鬼の上位者だ。



『マードンてのが何者かは分からんが、ゾルディスの一の配下と自ら名乗るからには間違いなくゾルディスと関わりのある者なんだろう』

『そしてゾルディスの名が出てくるということは―――これは廃都の魔城の四帝が絡んだ事件、なのか?』



 脳内で考え続けるライトの表情が、一気に険しくなる。

 これがただ単に魔物同士の喧嘩やら縄張り争いなら、大した問題ではない。いずれここに来るレオニスがすぐに鎮圧して、仲裁なり両成敗なりで程なく事なきを得るだろう。

 だが、廃都の魔城の四帝が絡むとなれば話は別だ。単なる魔物同士の諍いとして片付ける訳にはいかない。

 奴等の底知れぬ悪意と憎悪。それらは決して侮ってはならない。襲撃者の背後に潜むのが四帝ならば、そこには必ず何かしらの悪辣な策略があるに違いないのだ。


「……ライト殿、如何した?」

「……あ、いえ、何でもありません」

「そうか?ならば良いが……」


 ライトの様子を怪訝に思ったヴィヒトがライトに声をかける。

 ライトは咄嗟に誤魔化したが、実際誤魔化す以外にどうしようもなかった。

 ライトが心当たりのある『ゾルディス』という名前、そこから導き出される推察『襲撃者が廃都の魔城の四帝の手先かもしれない』。これらを軽々に口にすることなどできない。

 その推察の理由を問われた時に『前世のゲームの知識で知ってました!』なんて口が裂けても言えないからだ。

 そしてこれはヴィヒトに対してだけでなく、レオニスにも当てはまる。レオニスにだって、前世だのゲーム知識だのの秘密は一切明かしていないのだから。


 もしレオニスがゾルディスの名に心当たりがあれば、ライトの方から伝える必要はなくなる。

 だが、もしレオニスもゾルディスのことを知らなかった場合は?オーガの里を襲う単眼蝙蝠を蹴散らしてはい終了、となるのか?

 いいや、それだけで済むとは思えない。絶対に何らかの悪意ある意図のもと襲撃しているはずだ。

 奴等の真の目的を明らかにしなければ、この先も同じことが繰り返されるかもしれない。


 もしレオニスがゾルディスのことを知らなかったと仮定して。

 この事件の背後に四帝が潜んでいることを、何としてもレオニスに伝えたい。こんな重要なことを伏せたままで、この事件が根本的に解決に至るとは到底思えないからだ。

 前世とか転生とかゲーム知識などの秘密は明かさずに、ゾルディスの正体を暴き広く周知させる方法はないものか。


 レオニスが到着するまでの間、ライトは懸命に考えていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ライト!どこだ!どこにいる!ライト!」


 遠くからレオニスの声が聞こえてくる。目覚めの湖からこちらの森の奥の方に移動してきたようだ。

 ライトがウィカとともに目覚めの湖に瞬間移動してから遅れること10分弱での到着。ライトの足でも40分弱かかる場所に10分弱で辿り着くとは、余程の勢いですっ飛んできたに違いない。


「あっ、レオ兄ちゃんだ!」

「何っ、彼の御仁が到着なさったのか!?」

「はい、あれはレオ兄ちゃんの声です!おーい、レオ兄ちゃーん!ぼくはここだよー!!」


 ライトはレオニスの声のする方に向いて、手を大きく振りながら声を上げる。

 数瞬の後、森の中からレオニスの姿が見えてきた。


「ライト!ここにいたのか!探したぞ!……ンがッ」


 ライトの姿を見てレオニスが駆け寄ってきたが、ナヌスの里の結界に阻まれて弾き返される。

 しかも結界に気づかずに勢いよく駆けていたものだから、結界の押し返す反動もかなり強かったようで結構な勢いで後ろにふっ飛んでしまった。

 二回転三回転しながらゴロゴロ後ろに転がっていったレオニス、大丈夫か?


 そしてレオニスに遅れること数瞬。

 レオニスが結界に弾き返されゴロゴロと転がるのとすれ違いに、レオニスを迎えに出したフォルとウィカがライト達のもとに駆け寄ってきた。

 結界をすり抜け一目散にライトのもとに来るフォルとウィカを、ライトは労いながら迎える。


「フォル、ウィカ、レオ兄ちゃんを連れてきてくれてありがとう!」


 二匹はライトの両肩に乗り、両側からそれぞれライトに頬ずりする。

 ライトは両頬をもふられながら、フォルとウィカの頭を優しく撫でた。


「ンがァ……痛ッてぇー……何ッだ、これ……結界か?」


 結界にふっ飛ばされて転がりまくり、背中から樹にぶつかった挙句にその反動で前のめりのうつ伏せ五体投地状態になってしまったレオニス。

 むくりと起き上がり、頭に手を当てながら首を軽く左右に振る。そして今度は手を前に突き出しながら、慎重に近づいてくる。

 ある一点でレオニスの手が止まり、見えない壁に阻まれる。それはまるで透明な風船かゴムボールでも押しているかのように、ぽよーん、ぽよよん、ぽんにょにょにょーん!と跳ね返されているのが分かる。


「あっ、レオ兄ちゃん、大丈夫!?」

「おお、申し訳ない、レオニス殿!」


 ライトとヴィヒトが慌ててレオニスのもとに駆け寄る。

 二人には結界は無関係で出入り自由だから、レオニスと合流するには二人の方から結界外に出なければならないのだ。


「ライト、無事だったか。良かった……」

「心配かけてごめんね、ウィカにあんな能力があるなんて知らなくて……」

「いや、いいんだ。お前が無事ならいい。だが……」


 ライトの頭をくしゃくしゃと撫でながら、安堵の表情を浮かべるレオニス。

 だが、ウィカには何か言いたいことがあるようで、ライトの肩に乗るウィカの方をちろりと見遣る。


「そこのウィカチャ……ウィカといったか?頼むからライトだけ拉致るのはやめてくれ」

「遊びに行くだけならともかく、今回のような緊急事態の時にライトだけ連れていかれても困る」

「俺の目の前で連れ去られて消えるとか、もう本当に勘弁してくれ……心臓に悪いっつーか、俺の心臓が保たん」


 レオニスが、はぁぁぁぁ……と深いため息をつきながらウィカに懇願する。

 ウィカは分かっているのかいないのか、ただ一言「うなぁぁぁぁん」と返事を返すだけだった。

 レオニスの憔悴を見て、ライトはただただ申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「レオ兄ちゃん、本当にごめんね。でも、こないだ話した小人族の里に異変が起きたらしいんだ」

「正確にはこのナヌスの里じゃなくて、ナヌスの友達のオーガ族の里が襲撃されたらしいんだけど」

「ナヌスの人達がウィカに助けを求めて、ぼくに連絡してくれたの」

「ここにいるのがナヌスの里の長、ヴィヒトさん。レオ兄ちゃん、ヴィヒトさんの話を聞いてくれる?」


 ライトは颯爽と駆けつけてくれたヒーロー、レオニスに助けを求めた。





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 ナヌスの里の結界。ゴム鞠やトランポリンのようにボヨヨーンと弾き返すイメージですね。

 前にナヌスの衛士のエディがライトに

「特に邪悪な人族は、結界に触れただけで大火傷と落雷を浴びて真っ黒焦げになるんだからな!」

と言っていましたが、それは魔力耐性が低い者が触れるとそうなる=レオニスやライトはそこまでならない、ということになります。

 とはいえ全く効かない訳でもなく、弾き返す程度には結界としての働きは維持できているのです。


 でもまぁレオニスやフェネセンなどの規格外連中ならば『ここに結界がある』という前提と認識を持って挑めば、多少は手こずりながらも突破できるでしょうが。

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