第207話 靄る視界に映る者

 ライトの執り成しで、ヴィヒトから事のあらましを聞いたレオニス。

 ヴィヒトも最初のうちこそ憧れ?のレオニスを前にして緊張していたが、事態はそれどころではないのでだんだんと落ち着きを取り戻していく。


「単眼蝙蝠の襲撃か……そりゃ確かにオーガ族の方がかなり分が悪いな」

「それに、『ゾルディス』に『マードン』?俺も聞いたことのない名だな……一体何者だ?」

「目的も分からんな……だが、何にしろすぐにオーガ族の里に駆けつけなきゃならんな」

「まずは単眼蝙蝠を蹴散らして、それからそのマードンとやらをとっ捕まえて絞め上げて目的を吐かせりゃいいか」


『敵をとっ捕まえて絞め上げて目的を吐かせりゃいい』、何ともレオニスらしい素敵素晴らしい脳筋解答である。

 だが、問題はそこではない。レオニスもゾルディスの正体を知らなかった、このことの方がライトの中では深刻だった。


「ライト、ハイポとかの回復剤は持ってるな?」

「うん、アイテムリュックにたくさん入れてあるよ」

「よし、じゃあ俺といっしょに来い。オーガ族の救援に行くぞ」

「……うん!!」


 いつもならライトに対して過保護なレオニスだが、今日は違った。レオニスとともにカタポレンの森に生きる者の一員として、そして一人の冒険者として扱ったのだ。

 ライトにもそのことが十二分に伝わる。レオニスから一冒険者として扱ってもらえたことが、ライトにはとても嬉しかった。


「そこのオーガ族、呼び名は何という?」

「……ジャン」

「ジャン、か。俺達をオーガ族の里に案内してくれるか?」

「…………」


 オーガ族の少年、ジャンはレオニスがオーガ族の里に向かうことにあまり良い気はしていないようだ。

 そんなジャンの様子に、ヴィヒトは慌てながら説得する。


「これ、ジャン!この方こそオーガ族の里の危機を救ってくださる御仁なのだぞ!」

「……人族なんかにできるもんか」

「何ということを……ッ!」


 ジャンはレオニスのことを全く知らないらしく、悪態をつきながらそっぽを向く。レオニスというか人族のことを微塵も信用していないらしい。ある意味当然といえば当然の態度なのだが。

 そんなジャンのあからさまな態度に、ヴィヒトは青褪める。

 だが、当のレオニスは全く気にならないらしい。


「んー、まぁお前の案内がなくたってオーガ族の里には行けるがな?」

「……何だって?」

「だって俺、オーガ族の里には何度も行ったことあるしな」

「……嘘だ」

「嘘じゃねぇぞ?嘘だと思いたきゃそう思ってりゃいいがな」


 胡座をかきながら座ったまま不貞腐れるジャンに、少し離れた結界外から立ったままジャンを見下ろすレオニス。

 険悪な空気の二人の会話を、ライトとヴィヒトは口出しできずにハラハラしながら見守っている。


「オーガ族の里の族長、ラキは元気にしてるか?長老のニルの腰痛は相変わらずか?リーネの三人目の子供はもう生まれたか?」

「…………!!!!!」


 レオニスがオーガ族の知己の名をいくつも挙げていく。

 ジャンも当然知っているであろう族長や長老の名を、人間であるレオニスの口から挙げられればジャンが驚くのも無理はない。


「まぁいい、ガキンチョ一人ついてこないところで何の支障もない。ガキンチョはここで留守番してろ」

「俺は俺の友を救いに行くだけだ。こんなつまらん問答をする時間も惜しい」

「さ、とっとと行くぞ、ライト」

「う、うん」


 レオニスに促され、ライトが躊躇いがちに返事をするとジャンが慌てて立ち上がった。


「お、俺も行く!」


 ジャンの声に、レオニスがチロリと見遣る。


「お子様はここで留守番してろっつっただろ?」

「お子様じゃない!俺だって立派なオーガ族の一員だ!」

「オーガの大人達は、お前に安全なところに避難してほしかったんだぞ?」

「…………それでもだ!」

「大人達の言うこと、いや、願いが聞けないのか?」

「……俺は!オーガの里の危機を!黙って見過ごすことなんて!……できないッ!!」


 ジャンは苦しげな声で、魂の底から湧き上がるような悲痛な叫び声を上げる。

 ジャンの覚悟を見たレオニスは、自分の背丈とほぼ同じ高さのジャンに向かい合った。


「ならばここは俺の指示に従え。不服だろうが何だろうが関係ない、オーガ族を助けるためだ。異論は認めん。いいな?」

「……うん」


 今度は渋々ではなく、決意のこもった顔つきのジャン。

 うっすらと涙の滲むその瞳は、仲間を救いたいという強い意志に満ち満ちている。


「よし、いい子だ。そしたらジャン、お前はここにいるライトとともにオーガ族で怪我をした者達の手当てに回れ」

「ライトはまだ戦う力はないからな、ジャンがライトを護衛をしつつオーガ族の人達を救うんだ」

「ライトを放り出して一人で勝手にあちこち動くなよ?大量の回復剤を持っているのはライトなんだからな、ライト抜きで怪我人の治療はできんことをくれぐれも忘れるなよ」


 レオニスの注意に、ジャンはひとつひとつ頷く。


「ライトは今言った通り、ジャンと行動して怪我をしているオーガ達に回復剤を与えて治療するんだ。怪我の具合を見ながら使う回復剤を選んでやってくれ。回復剤の選択や使い方はお前に任せる」

「分かった!」

「ヴィヒトはここで待機しててくれ。単眼蝙蝠の掃除が終わったら、小人族達にも手伝ってもらうことはあるだろうからな」

「承知した。皆の武運を心より祈る」

「フォルもここで待機な。ウィカは連絡要員としてライトにくっついててくれ」

「フィィィィ」

「うにゃあん」


 レオニスが他の者達にそれぞれの役割を指示する。

 一通りの指示を出し終えて、準備は整った。


「さあ、行くぞ」


 レオニスの号令とともに、レオニスとライト、ジャンは一斉にオーガの里を目指して駆け出していった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「くそっ!しつこい奴らだ!」

「怪我人は議場に行け!そこで手当てを受けろ!」

「手当てを受けた後に戻ってこれる者は戻ってこい!」

「だが無理はするな!深い傷を負ってからでは取り返しがつかん!」


 オーガ族のリーダーと思しき者が、大声で他の者達に指示を出しながら戦い続けている。

 空には数百を超える単眼蝙蝠の群れが飛び交い、その大きな目玉から光線や火球を地上にいるオーガ族に向けて絶え間なく放つ。


 単眼蝙蝠とは、一つ目の目玉に細長い蝙蝠の羽と細長い尾がついた小型の魔物だ。胴体と呼べる部分がなく、一つ目そのものが本体と言った方が正しい。身体は小さめで、目玉の大きさは子供であるライトの手のひら一つ分を少し上回るくらいか。

 身体が小さめなのでその攻撃力も弱く、ひとつひとつの威力はさほど強くはない。だが、それでも塵も積もれば山となる。

 オーガ達も腕に着けた小ぶりの盾で攻撃を防いではいるが、空中を自由自在に舞う敵を一向に倒し減らすことができないまま防戦一方で疲弊していくばかりだ。


 攻撃を打ち放題当て放題のワンサイドゲームに、単眼蝙蝠達は終始ご満悦の様子で醜悪な笑みを浮かべながら攻撃し続ける。

 それはまるで巨象に大量の蟻が群がり襲いかかるような、さながら地獄絵図のような光景が広がっていた。


「くそっ、このままじゃ埒が明かん……」

「どうすればいい……」

「……ッ!!」


 少し息が上がり、身体の動きが止まったところで単眼蝙蝠の光線を右目にダイレクトに受けてしまったオーガ。

 光線をもろに眼球に浴び、目を開けていられない。真っ直ぐに立っていられずに、片膝が崩れ落ちしゃがみ込む。

 地に伏しかけたオーガを、単眼蝙蝠達が見逃すはずがない。

 弱った獲物と目敏く判断した単眼蝙蝠達、一斉に一人のオーガに向かって襲いかかる。


 うずくまりながら単眼蝙蝠の攻撃を受け続けるオーガ。

 髪は焼け煤け、表に出ている肌の大部分に火傷を負い、なす術もなく敵に蹂躙され嬲られ続けている。


 本当に蟻が巨象を倒す。今まさに、巨象墜つと思われた、その瞬間。

 一閃の光が空を走り、その線上にいた単眼蝙蝠の群れを瞬時に焼き尽くした。


 うずくまるオーガの身体の上に、こんがりとトーストされたような単眼蝙蝠の焼き上がりがバサバサと落ちていく。

 何事が起きたのか全く分からないオーガが、ゆっくりと顔を上げながら周囲を見回す。

 靄がかかったようにぼんやりとした視界に映ったのは、自分の方に駆け寄ってくるオーガの子供くらいの大きさの人影。


「ラキ!遅くなってすまん!加勢に来たぞ!」


 満身創痍のオーガの耳に、凛々しくも力強い言葉が届く。

 その声は、オーガ族が唯一認めた人族の友のものだった。





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 この作品にしては珍しい?バトルシーンが始まりつつあります。

 思い返せば、今までにあったバトルシーンってクレア嬢の邪龍の残穢討伐とラウルvsフェネセンのフードバトル対決くらいしかありませんしねぇ……え?前者はともかく後者はバトルシーンに含まれない、ですと?

 ……ぃゃぃゃそんなはずは。だってその名も【フード『バトル』対決】、ちゃんとバトルって名称入ってますでしょ?それに、あの頂上決戦もまた双方の意地とプライドを賭けた稀に見る壮絶な戦いで……した、よね?

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