第158話 決戦の裏側での約束

 その後は【ラウルvsフェネセン・ごちそう食べ尽くし頂上決戦】が繰り広げられる中、皆思い思いに楽しい時間を過ごしていた。


 荒ぶる鷹のポーズで襲いかかるラウルに、蟷螂拳のポーズで迎え撃つフェネセン。二人の間に、激しい落雷の如きバチバチとした火花が散る。

 じりじりとした空気が流れる最中、どこからかゴングが高らかに鳴り響いてきた、気がする。

 盛大な鐘の音の幻聴のもと、両者の戦いの幕は切って落とされた。


「おらぁ!フェネセン!今日こそはお前に『満腹』という至福の感覚を嫌というほど思い知らせてやるぞ!俺様の美味過ぎる料理を腹いっぱいになるまで、存分に味わいやがれ!……さぁフェネセンよ、『吾輩もうお腹いっぱい、苦しくて食べれませんんんん』という言葉を吐く準備はできたかッ!」

「にゃにをーーー!ラウルっち師匠こそ覚悟せよ!日々コツコツと貯めてきた数多の食材と料理、今宵その全てを吾輩の胃に収めきる!……そして吾輩は今日、ラウルっち師匠に完膚無きまでに勝利して【底なし沼の食い尽くし大魔導師】という栄光の二つ名を手に入れるのダ!ッキエエェェイッ!」


 鬼気迫る形相で空間魔法陣から様々な大皿料理を取り出し、惜しげもなく次々と出してはテーブルに並べるラウルに、その大皿料理が目の前に置かれる度に両手を上げて大喜びし、とんでもないスピードでひたすら口いっぱいに頬張り飲み込んでいくフェネセン。

 その様子を周囲はやんややんやと囃し立てながら、自分達も別のテーブルに置かれた料理や飲み物を堪能する。

 ちなみに飲み物類は、部屋の端っこに置いてあるワゴンの上に各種乗せられており、各自好きなものを選んで持参するドリンクバー形式だ。


 秒速の勢いでどんどん積み重ねられていく、大皿や飲み物のカップ。それらを厨房に下げるのは、ライトとマキシの仕事だ。

 本来なら今日のこの食事会、マキシの全快祝いも兼ねているはずなのだが。空になった大皿類の積み重ねさなるペースがとにかく早く、大ホールと厨房をちょこまかと忙しなく行き来するライトの姿を見かねてマキシが手伝いを志願してくれたのだ。


 ラウルvsフェネセンの食い尽くし勝負が過熱していくその裏で、ライトはどんどんと溜まっていく皿をワゴンに乗せていく。

 皿がたくさん乗せられたワゴンを厨房に運ぶため、マキシとともに大ホールの部屋をそっと出ていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「マキシ君、手伝ってもらっちゃってごめんね。本当はマキシ君もフェネぴょんと同じく全快祝いの主役なのに……」

「いいえ、いいんです、そんなこと気にしないでください。こうして僕が人化した姿で元気に動けるようになったのも、全部フェネセンさんのおかげなんですから」

「そう言ってもらえると嬉しいな。フェネぴょんもきっとクネクネしながら喜んでくれるよ」

「ふふふ、そうですね」


 ワゴンに皿やグラスを乗せて、それら食器類を落とさないようにゆっくりと押し進めながら廊下をのんびり歩くライトとマキシ。


「僕、本当にフェネセンさんやライト君、レオニスさんにも感謝してるんです」

「ラウルのあんなに生き生きとした、楽しそうな姿……僕、初めて見ました」

「カタポレンの森にいた時には、ラウルのあんな笑顔は一度も見たことがなかったんです」

「……いや、笑顔だけじゃなくて喜怒哀楽全ての表情が……昔のラウルにはほとんどなかった」


 かつてカタポレンの森でともに過ごした頃のラウルを思い出しているのか、マキシはくうを見ながらぽつり、ぽつり、と話し続ける。


「ラウルはようやく自分の居場所を見つけたんですね。本当に、本当に良かった……」


 消え入りそうな声で呟くマキシの横顔が、ライトには酷く淋しげなものに見える。

 そんなマキシに、ライトは問うた。


「マキシ君にも、帰る場所はあるんでしょ?」

「……え?」

「だって、穢れのせいで魔力が低かったマキシ君だけど、家族は皆優しく接していたってラウルが言ってたよ?」

「…………」

「今はその穢れもきれいサッパリ祓ったし、本来の魔力もだいぶ取り戻せてきた今のマキシ君なら、八咫烏の里に帰ってももう誰も文句言わないんじゃないかな?」

「…………」


 カタポレンの森にいた頃のマキシは、魔力のない自分が嫌で嫌で仕方がなかった。

 そのカタポレンの森を飛び出したのだって、ラウルがいなくなって寂しかったから探しに出たという理由もあったが、それ以上にもう八咫烏の里にいたくなかったのだ。

 出来損ないの自分に優しく接してくれるのは家族とラウルだけで、それ以外の者はずっとマキシを見下し続けてきたから。


 カタポレンの森を飛び出してきた日だってそうだ。

 あの日もマキシは家族のいないところで、里の者から陰口を叩かれていた。

『出来損ない』『恥知らず』『一族の汚点』―――数多の心ない言葉が鋭い刃となって、マキシの心を切り刻む。

 ラウルに会いたい、その心の奥底には『もう消えてしまいたい』という、マキシの悲痛な叫びがあった。


 だが、自分をそんな苛酷な環境に追いやっていた元凶たる穢れはラウルを通じた皆の尽力により、もう既に消え去った。

 本来あるべき姿を取り戻した今ならば、里の者も誰一人文句は言えないだろう。


「こんな僕でも……今なら里に帰っても許される、のかな……」

「でも……家族の皆には会いたいけど……」

「里にはもう帰りたくない……」


 俯いて悲しげな顔になるマキシ。

 マキシがそう零すのも無理はない。いくら家族は優しく接してくれていたとしても、それ以外の里の者はマキシに冷たかったのだ。

 マキシが本来の力を取り戻したからといって、そんな者達が今更どの面下げてマキシと向かい合えるというのか。手の平返しされたところで、ただただ胸糞悪いだけである。


「そっか……それもそうだよね」

「…………」

「でもさ、お父さんやお母さん、お兄さんやお姉さん達は、マキシ君に魔力がほとんどない頃でもちゃんと家族として認めてくれてたんでしょ?」

「…………」

「だったら、本来の魔力を取り戻して元気になった今のマキシ君を見たら、もっともっと喜んでくれるんじゃない?……ていうか、多分……」

「……多分?」


 それまでライトの話を静かに聞いていたマキシだったが、ライトの言葉が途切れたことで気になったようだ。


「普通に仲の良い家族だったなら、今頃お父さんやお母さん達、マキシ君が突然いなくなってすっごく心配してるんじゃない?」


 ライトの言葉に、マキシはハッ!とした表情になる。


「一度はおうちに帰って、マキシ君の無事だけでもちゃんと知らせて家族の皆を安心させてあげた方がいいと思うよ?」

「里に戻るかどうかは、それから考えてもいいんじゃないかな?」


 ライトの提案に、俯いていたマキシはだんだんと顔を上げていく。


「一度里に帰った上で、そのまま家族といっしょに里で元通りに暮らしていくか、改めて里を出てどこか別の土地で暮らしていくか」

「マキシ君のしたいように選べばいいんだよ」

「そしてもし里を出て外で暮らしたいなら、ラウルがいるこの家に来てくれてもいいし」


 ライトの話を静かに聞いていたマキシの表情は驚きの色に染まり、その瞳はどんどん見開かれていく。


「……いいの?」

「うん、いいよ。レオ兄ちゃんなら絶対に許してくれるし、駄目なんて言わないよ」

「……本当に、いいの?」

「うん、だってマキシ君はラウルに会いたくて探し続けてここまで来たんでしょ?だったら里を出て外で暮らすにしても、ラウルが近くにいる方が安心だよね」


 マキシは思う。どうしてここにいる人間達は、僕の欲しい言葉を全てくれるんだろう、と。

 マキシはずっとカタポレンの森の奥深くにある八咫烏の里で育ち、生きてきた。それ故に、今まで本物の人間に遭遇したことなどなかった。

 だから、マキシにとって人間とは未知の生物であり、お互い理解しあえるものかどうかすらも全く分からない存在なのだ。


 だというのに。今自分の目の前にいるライトという子は、常に自分のことを思い遣ってくれる。そしてそれは自分に対してだけでなく、妖精であるラウルにも等しく接している。

 そう、まるで彼には種族の壁など全く存在しないかのように。

 そしてそれはライトだけでなく、彼の養い親でありラウルの雇用主であるレオニスという人間も同じであった。


 それに比べ、八咫烏の里の者はどうだ。

 同族だというのに、血の繋がった家族以外は誰も自分のことを認めてなどくれなかった。認めないどころか、率先して嘲笑う者もいた。


「……ラウルがずっとここにいたいと言っているのも、当然のことですね……」

「ん?マキシ君、どうしたの?何か言った?」


 いつの間にか歩を止めていたマキシと、それに気づかず先を歩いていたライトの間でだいぶ距離が開いてしまっていたようで、マキシの呟きはライトには聞こえていなかった。

 マキシは慌ててライトのもとまで駆け寄り、再び並んで歩き出す。


「そうですね。もう少し落ち着いてきたら一度八咫烏の里に戻って、家族と会って話してきます」

「うん、絶対にそうした方がいいよ。お父さんやお母さん、お兄さんやお姉さん、双子の妹さんもいるんだっけ?皆を安心させてあげなきゃね」

「はい。もし良かったら、その時はライト君もいっしょに八咫烏の里に来てみませんか?」

「えッ、いいの?連れてってくれるなら行きたいな!」

「もちろん大歓迎ですよ!だってライト君は、僕の命の恩人だもの」

「はは……そんな大したもんじゃないけど、そう言ってもらえると何だか嬉しいな」


 マキシから、命の恩人と言われて照れ臭そうに頬をぽりぽりと掻くライト。


「あっ、でもぼく学園通ってるから、今すぐには行けないよ?」

「大丈夫ですよ、ライト君の都合の良い時期に行きましょう」

「それまで家族の皆には何も知らせなくていいの?ずっと心配させちゃうよ?」

「手紙だけでも出しておきます。手紙を届ける方法なら何かしらあるでしょうから」

「そっか、じゃあ冬休みになったら行こうね!」

「はい、分かりました。……ふふふ、ライト君、今からそんな嬉しそうな顔をしてwww」

「え、そんなに顔に出てる?」


 マキシに小さく笑われたライト、思わず自分の顔をぺたぺたと触る。


「はい、それはもうものすごくwww」

「いやーん、マキシ君てば揶揄わないでよぅwww」


 ラグナロッツァの屋敷は今、笑い声に包まれている。

 それは盛大な食事会が開かれている大ホールだけでなく、大ホールの外の廊下でも同様の明るい笑い声が響き渡っていた。





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『荒ぶる鷹のポーズ』に『蟷螂拳のポーズ』。

 自分の書く小説において、こんな言葉を綴る日が来るとは夢にも思いませんでした……

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