第157話 皆に囲まれて

「レオ兄ちゃん達、楽しそうだねぇ」


 レオニスの書斎に、ライトが入ってきた。

 レオニスとフェネセンは、ゲラゲラ笑い続けて二人とも涙を流している。

 その光景に、呆れるやらおかしいやらでライトの方までクスクスと笑ってしまう。


「あひゃひゃ……お、ライト、もうそろそろ行く時間か?」

「ひー、ヒー……あ、ライトきゅん、ライトきゅんの方はもう準備できたのん?」

「うん。レオ兄ちゃん達の方はどう?もう19時の15分前だけど」


 目尻の涙を拭いながら、手元の懐中時計で時間を確認するレオニスとフェネセン。


「お、もうそんな時間か。じゃあ俺達も着替えるとするか」

「ンだぁねー、吾輩も着替えるからライトきゅんもうちょい待っててくれる?」

「うん、いいよー。じゃあぼくは自分の部屋で待ってるから、着替え終わったらぼくの部屋に来てねー」

「「うぃー」」


 ライトは自室に戻り、机の上を片付けながら二人が来るのを待つ。

 10分ほどしてから、ライトの部屋のドアが開かれレオニスとフェネセンが入ってきた。

 レオニスは深紅のロングジャケット他フル装備、フェネセンは上品かつ重厚な紺地に金糸の飾り紐や繊細な刺繍が散りばめられた豪奢なローブを着ていた。


 レオニスにとって深紅のロングジャケットは金剛級冒険者としての、フェネセンにとって紺地のローブは大魔導師としての正装。それらを着用しているのは、これから向かう祝いの場に最大の敬意を表していることに他ならない。

 そしてライトにしてみれば、フェネセンのこの正装姿を見るのはこれが初めてのことである。


「うわぁ……フェネぴょんのローブ、すっごく格好良い!」

「え?ホント?ライトきゅん、もっと褒めてッ!」

「うん、本当に格好良いね!ちょっとだけ触っていい?」

「もちろんいいよー!」

「うわぁー、すべすべで手触りいい生地だねー」


 上質なベルベット生地ながら、その重さは殆ど感じられずまるで羽毛の如き軽さに驚嘆しつつ手触りを堪能するライト。おそらくは何らかの付与魔法が施されているのだろう。


 そしてその豪奢な出で立ちをライトに大絶賛された喜びに、頬に手を当て高速クネクネの舞を披露するフェネセン。

 傍から見れば奇っ怪なこの仕草も、見慣れれば愛らしく思えてくるから何とも不思議なものだ。


「さ、時間も19時になったことだし、ぼちぼち皆でラグナロッツァの家に行くか」

「「うん!!」」


 レオニスの呼びかけに、ライトとフェネセン二人は同時に元気良く返事をした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ラグナロッツァの二階の元宝物庫に転移した、ライト達三人。

 今晩開催されるマキシの全快祝いは一階の客間、それも大ホールで行われる予定だ。

 ライト達は階段を下りて大ホールのある部屋に進む。


「しっかしアレだねぇ、マキシんぐの全快祝いっても吾輩達三人とラウルっち師匠にマキシんぐ本人?本鳥?の五人っしょ?」

「その人数で大ホール使うって……ラウルっち師匠、どんだけたくさんの料理並べるつもりなんだろ?」

「……ま、ラウルっち師匠の作る美味しいごちそうなら、吾輩全部食べ尽くしちゃう自信あるけどねッ☆」


 階段を降りながら、のんびりと話すフェネセン。

 大ホールの部屋の前まで来たが、その手前あたりから複数人数の話し声が聞こえてきていた。


「さ、フェネセン、扉を開けてくれ」

「ン?吾輩が開けんの?ンもー、レオぽんてばめんどくさがりなんだからー」

「へいへい、開けましたよっ、と…………へ?」


 レオニスに扉を開けるように言われたフェネセン、口を尖らせながらブチブチと文句をこぼしつつ扉を押し開ける。

 するとそこには、ここにいて当然のラウルやマキシだけでなく、フェネセンがよく知る顔がたくさんあった。


「フェネセン閣下、おかえりなさい」

「フェネセン、来るの遅ーい!」

「ほらほら、早くこっち来なさいよ!」

「本当ですよ、うちのクー太ちゃんも首を長くして待ってたんですからね?もとから首長めですけど」

「グルルルァァァ」

「フェネセン、お久しぶりですね。貴方、いつこのラグナロッツァに来てたんです?」


 それは、今日の昼間にフェネセンが顔を見たくて会いに行ったのに、会えなかった面々。アイギス三姉妹のカイ、セイ、メイ、クレアにクー太、グライフ。

 思ってもいなかった面子が今自分の目の前にいることに、フェネセンは理解が追いつかないのかしばしその場で固まる。


「さ、フェネぴょん、行こ!今日の主役はマキシ君とフェネぴょんだからね!」

「そうだぞ、皆お前の門出を祝うために集まってくれたんだ」


 ライトとレオニスがフェネセンの背中を優しく押す。


「ほら、お前の料理の師匠であるこの俺様が、丹精込めて作った絶品料理だぞ」

「フェネセンさん、皆でいっしょにラウルのごちそうをお腹いっぱい食べましょう!」


 ライトとレオニスに背中を押されたフェネセンの両手を引いて、部屋の中へと連れて行くのはラウルと人化したマキシ。

 四人の手に支えられ、フェネセンは部屋の真ん中に導かれていく。


 大ホールの入り口の扉を開けてからずっと「……え」「あ……」という、言葉にもならない声しか出せなかったフェネセン。

 部屋の真ん中で招待客全員に囲まれてようやく事態が飲み込めてきたらしく、その目に涙が滲んできた。


「……ぅぅぅ……カイにゃん、セイにゃん、メイにゃん……買い付けでお出かけしてたんじゃなかったの?」

「ええ、買い付けを終えた後に急いでここに来たのよ」

「そうそう、買い付けの後は身だしなみを整えるのに忙しくてー」

「私達皆、フェネセン閣下にお会いしたくて今日ここに来ましたの」


 普段お店で会う時とは全く違う、それはもう目を見張るほどに美しい装いを身に纏ったアイギス三姉妹は、眩しいくらいににこやかな笑顔で答える。


「……ぅぅぅ……クレアどん、クー太ちゃんのトリミングで出かけてていなかったよね?」

「はい。おかげさまでこの通り、いつも以上に愛らしいお洒落天使クー太ちゃんとともに、フェネセンさんの門出を祝福するこの場に馳せ参じることができました」

「クルルルルゥ」


 クレアはいつも以上にピッカピカに輝く鱗のクー太を撫でながら、お洒落ポイントである首輪の蝶々結びのリボンをクイ、クイ、と手で整える。もちろんこのリボンもクレアとお揃いのラベンダー色だ。


「……ぅぅぅ……ぐりゃいふ、今日お店お休みだったよね?」

「ええ、スレイド書肆が本日店休日だったのは本当のことですよ?何しろ今日は、旅立つ貴方に差し上げる本を一日かけてじっくりと厳選していたものですから」


 ピシッとした上品な濃紺のスーツに身を包んだグライフは、縁なし眼鏡をクイッ、と右手で上げて位置を直しながら、普段と変わらぬ冷静沈着な口調でシレッと答える。


 全員が全員、皆フェネセンのジト目など一切歯牙にもかけない表情でさらりと受け流している。全く何とも芸達者な友人達である。

 完全に皆の掌の上で転がされた格好のフェネセン、完全に下を向いて身体をフルフルと震わせている。


「……………き……」

「フェネぴょん、どうしたの?何か言った?」


 フェネセンが何か小さな声で呟いたが、あまりに小さくてよく聞こえない。ライトが聞き返すと、フェネセンはガバッ!と顔を上げたかと思うと、大きく見開いた浅葱色の瞳から大粒の涙を零しながら叫んだ。


「皆、大好きーーーーー!!うわぁぁぁぁん!!」


 昼間に散々泣いたというのに、今日フェネセンが涙を流すのは、これで何度目のことだろう。

 だが、悲嘆に暮れる涙よりは、喜びの涙を流す方がずっといい。


 感激の涙を流しながらカイに抱きつくフェネセンに、カイにひっついたフェネセンを引き剥がそうとするセイとメイ。

 その様子をクスクスと笑いながら眺めるクレアに、やれやれ、といった表情で苦笑いするグライフ。

 指を指しながら大笑いするレオニスに、慌ててフェネセンやアイギス三姉妹を宥めようとするライト。

 騒がしい面々を他所に、今のうちにとばかりにメイン料理の数々をテーブルに並べてパーティーの開始準備を進めるラウルに、いそいそとラウルを手伝うマキシ。


 誰もが皆、今この瞬間を心の底から楽しんでいた。





====================


 皆芸達者な役者揃いですが、その中でも抜きん出ているのはやはりクレア嬢。

『クー太ちゃんも首を長くして(中略)もとから首長めですけど』『いつも以上に愛らしいお洒落天使クー太ちゃん』

 これらのクレア嬢の名言の数々、特に頭を捻らずともスラスラと淀みなく作者の頭の中に自然と湧いてくるんですよねぇ……本当に我ながら不思議でならないんですが。


 もしかしてクレア嬢、私の頭の中に住んでいらっしゃる……?

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