第159話 頂上決戦

 ライトとマキシが八咫烏の里をともに訪れることを約束していた頃、大ホールでは【ラウルvsフェネセン・ごちそう食べ尽くし頂上決戦】が繰り広げられていた。その熱戦が冷めやる気配は一向になく、両者の勢いは留まることを知らないかのようだ。


 だが、このフードバトルにも一定の流れがある。

 約10分間はラウルの料理が隙間なく並べられ続け、その後10分間はラウルが次の料理を出す準備のために一旦消える。

 それというのも、ラウルが料理を出し続けるにも限界がある。作り上げて空間魔法陣に保存しておける料理類の量の問題ではなく、それらを盛って出す食器類の数の方に限界があるのだ。


 如何にレオニス邸がもとは貴族用の邸宅だからといって、その所有者であるレオニスやライトは貴族でも何でもない。故に高位の貴族達が開催するような、大規模なパーティーや夜会などを開くことなどほとんどない。

 従って、食器類などもほぼ一般家庭が使用するそれらと変わらぬ量で事足りる。


 それでも、料理マニアのラウルの趣味により普通の一般家庭よりは多岐に渡る食器類を取り揃え、その数も多めにあった。色柄が統一されたセット物だけでなく、ガラスや陶器、銀食器等々様々な材質でも取り揃えている。

 それら全部引っ括めれば、大皿、中皿、小皿に小鉢、ボウルやスープ皿、深皿等々、諸々合わせて500以上はあるはずだ。


 だが、それとても今この瞬間、目の前で繰り広げられているフードバトルの前では全く足りない。

『血で血を洗う』ならぬ『料理で料理を洗う』ような、それはもう類を見ないほどに壮絶な戦いなのである。


 しかし、その壮絶な戦いの中にもラウルとフェネセン、両者の矜持は絶対に崩さない。

 間を置かず次々と並べられていくラウルの料理は、それはもう完璧な美しい盛り付けだ。料理の温度も適温で、熱々で出すべきものは出来たてのような熱さを保ち、お口直しのソルベや冷製スープなどの冷たいものは冷え冷えで出てくる。

 いつ何時、どんな状況下であっても、ラウルの作った料理は最高の状態で出される。ラウルにとってはそれが当然のことであり、絶対に守り通さねばならない鉄則であった。


 そして、ラウルが料理人としての矜持を崩さないように、フェネセンもまた食べる者としてのマナーを欠かさない。

 どの料理も全て美味しそうに食べ、飲み、少しも余すことなく食べ飲み尽くす。ちょっとでも料理が残った皿を先に下ろそうものなら、猛抗議して全部平らげるまでその皿を下ろさせない。

 大皿料理を食べ尽くした後は、手を合わせて

「ンー、美味しかったぁ♪ごちそうさまでした♪」

と感謝の言葉を捧げることも忘れない。その賛辞は美味しい料理を作ったラウルに対してだけでなく、食材への感謝も込められている。


 料理を作る者と食べる者。

 両者の激しい戦いは、凡そ10分刻みで繰り広げられる。

 空間魔法陣に収めておいた、すぐに出せる状態の料理類を出しきったラウルは次の料理を準備すべく、ここで一旦大ホールから姿を消す。


 ラウルが使用している食器類、特に頻繁に使う皿類は二回分に分けられている。

 ライト達に先に厨房へ下ろしてもらった食器類を水魔法で洗浄し、残しておいた次の料理用の皿に料理を美しく丁寧に盛り付けて空間魔法陣に収めていく。

 洗浄した食器類は、その次の料理用に出すためにラウルが大ホールにいる間に風の魔石を用いた魔法陣の中に置いて乾燥させておく。

 このループ状態を保つことで、ラウルは最短時間で大量の料理を提供し続けているのだ。


 そして、ラウルが一旦大ホールから姿を消すのは、何も料理の補給の都合というだけが理由ではない。

 ラウルが次に現れるまでの約10分間は、フェネセンが他の招待客と会話したりコミュニケーションを取るためのインターバル的な意味合いも含んでいるのだ。


 今宵開催されている食事会は、ただのフードファイト会場ではない。そもそもこの催しは、フェネセンの門出を盛大に祝うための場であることを、誰一人忘れてなどいない。……多分。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ラウルが一旦姿を消し、フェネセンもふぃー、とひと息つく。

 そんなフェネセンの周りには、それまで食の戦いを見守っていた招待客の面々が自然と集まってくる。


「うふふ、フェネセン閣下は今日も絶好調ですねぇ」

「うん!カイにゃんも見ててね、吾輩絶対にラウルっち師匠に勝つから!」

「本当にいつ見ても、その胃は底なし沼よねぇ……一体その細い身体のどこにそんな大量の食事が入るの?」

「セイにゃん、知らないの?吾輩は偉大なる大魔導師よ?吾輩にできないことなど何もないのよッ!エッヘン☆」

「ダイエットとか食事制限とか、フェネセンには一生無縁の話よねぇ」

「メイにゃん!吾輩たくさん食べて、これから背もぐんぐんニョキニョキ伸びるんだからねッ!ジャケットだけでなくローブのお直しもよろしくねッ!…………あ、ラウルっち師匠、来た」



【フードバトル 第二ラウンド 開始】


「うらぁッ!待たせたなフェネセン!覚悟はいいかッ!」

「うぇーい!望むところだラウルっち師匠!いくじぇ!」


 ……

 …………

 ………………


【フードバトル 第二ラウンド 終了】



「フェネセンさん、本当によくお食べになりますねぇ。先日のツェリザークでのお昼のテバブ、10個じゃ全然足りなかったのでは?」

「あの時のテバブもすっごく美味しかったよねぇ!ていうかさぁ、あん時クレアどんとクー太ちゃんも、それぞれ10個づつくらい食べてたよねぃ……君らの食欲も相当なもんだよね」

「ええ、今日もフェネセンさんのおかげでこんなに美味しい料理をたくさん食べることができて、とっても幸せですぅー」

「……君ら、吾輩以上に食べてなぁい?」

「いえいえ、そんなことはないですよ?今日は食べ過ぎて皆さんにご迷惑をおかけしないように、こちらに来る前にクー太ちゃんにも肉まんボールを山ほど食べさせてきましたし」

「うん、吾輩だけでなくクレアどん達の食欲まで満たすとなったら、さすがのラウルっち師匠も本気で泣いちゃうかも…………あ、噂をすればラウルっち師匠だ」



【フードバトル 第三ラウンド 開始】


「おう!前菜の次は副菜に口直しだッ!さっぱり昇天しろッ!」

「うぇーい!朝飯前のつまみ食いにもってこいだぁッ!」


 ……

 …………

 ………………


【フードバトル 第三ラウンド 終了】



「フェネセン、貴方も相変わらずですねぇ」

「ンにゃー、そういうぐりゃいふこそ全然変わってないねぇ」

「いえいえ、最近は本当に運動不足気味でしてね。私が貴方のように食べ続けたら、あっという間にブクブク太ってしまいますよ」

「ぐりゃいふ、それはイカンザキねぇ。ぐりゃいふもたまにはさぁ、運動のために冒険討伐した方がいいんじゃなぁい?」

「そうですねぇ。私にもスレイド書肆の店番という仕事がありますから、もし冒険者復帰するにしても完全復活という訳にはいきませんが」

「そしたらさぁ、週一くらいの復帰から始めるのはどう?副収入にもなるし、一石二鳥よ?」

「副収入ですか……そこまで収入に困ってはいませんが、書肆の維持費や新しい書籍の購入費もありますしねぇ……ふむ、これは存外良い案かもしれません。運動不足解消も兼ねて、試してみる価値はありそうです」

「そうだよ!やっぱり吾輩ってあッたまいーい!さぁぐりゃいふ、そんな吾輩を存分に褒めてッ!そこに痺れて憧れてッ!…………あ、ラウルっち師匠のお出ましだ」



【フードバトル 第四ラウンド 開始】


「おりゃぁ!メインディッシュ波状攻撃を受けやがれッ!」

「ぃぇぁ!余さず吾輩の魔力に変換しちゃるやろがえッ!」


 ……

 …………

 ………………


【フードバトル 第四ラウンド 終了】



「お前、本当によくそんなに食えるね……俺もうお前らの戦い見てるだけで腹いっぱいになってきたよ」

「チッチッチ。レオぽんね、そんなこと言ってたら世界一の金剛級冒険者の名がびええええん!て泣いちゃうよ?」

「びええええん!って……フェネセン、お前じゃないんだから泣くにしてもそんな泣き方しないよ?」

「吾輩今まで一度も泣いたことなんかないし!ていうか、そもそも金剛級冒険者の名は泣かせちゃいけないもんなの!」

「お前、さっきも大泣きしてたじゃん……シレッととんでもねぇ大嘘つくとはなぁ、俺の知る偉大なる天才大魔導師はそんな大嘘つくやつじゃなかったぞ?」

「え?レオぽん、吾輩以外に偉大なる天才大魔導師なんて知ってるの?この吾輩をさし置いて、吾輩と同じ『偉大なる天才大魔導師』を名乗る輩がいるなんて、許せないッ!」

「ぃゃ、あのね?お前以外にそんなの名乗る奴なんている訳n」

「レオぽん!吾輩の偽者見つけたら教えてッ!この吾輩が直々に、完膚無きまでにけちょんけちょんのこてんぱんのボッコボコのぺっちゃんこに退治するから!…………あ、今討伐すべきラウルっち師匠の登場だ」



【フードバトル 第五ラウンド 開始】


「てゃぁ!デザートパラダイスだッ!今度こそ逝けッ!」

「ッしゃぁ!今こそ世の全ての甘味は吾輩の胃の中にッ!」


 ……

 …………

 ………………


【フードバトル 第五ラウンド 終了】



 熾烈を極めに極めた、ラウルとフェネセンの食い尽くし頂上決戦。

 いつまでも、どこまでも続くかと思われた、両者の意地と誇りを賭けた攻防。

 激しい戦いの終焉の幕は、もうすぐ下りようとしていた。





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 この第159話を書いている最中、私はずっと考えていました。

『私は一体、何を書いているんだろう?』と。

 でも、そう思いながらも書いてて非ッ常ーーーに楽しかったんですよねぇ。

 与太話が好きな私らしい回であり、読者の皆様にも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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