第26話 いざ、ラグナロッツァへ

 ディーノ村から首都ラグナロッツァまで、転移門で移動したレオニスとライト。

 本当に一瞬にして移動できるそのシステムに、ライトは感心することしきりだ。


「転移門って、すごいねぇ!」


 ディーノ村では、レオニスの目線より少し下の位置に半透明のパネルが現れて、そこに何やらピコピコとタッチするような仕草で転移先を指定していたように見えた。ラグナロッツァからディーノ村に戻る時も、おそらく同様の操作をするのだろう。


「本当に便利だよなー。もしこれを平民も使い放題できるようになったら、世の中もっと進んでいけると思うんだがなぁ」

「そうだねぇ……まだまだ難しそうだけどねぇ」

「だな、もっと先のことだろうな」


 転移門のある部屋から出て、ゆっくりと二人並んで歩き出した。


「それでも昔に比べたら、今の方がもっと使いやすくなってんだぜ?」

「そうなの?昔はもっと大変だったの?」

「ああ、カタポレンの森の魔石の魔力、あれを動力源にするまでは人の魔力で作動させてたからな」

「えッ、そんなことできるの!?」

「ああ、できないことではないさ。ただし、人間一人を近場の街に一回転移させるのに魔力持ちを十人以上用意しなきゃならんかったがな」


 驚愕のテクノロジーと、その燃費の悪さに驚くライト。


「そんな時代があったんだぁ、それじゃ今以上に滅多に使えないよねぇ……」

「そうそう、しかもそんだけの魔力使って人間一人だけしか移動させられんからな?おまけに遠距離長距離は無理ときた」

「うはぁ……」


 そんな話を聞いたら、ギルドの建物間限定とはいえ如何に今の転移門が優れているかがよく分かる。


「今の転移門が進化して便利になったのは、ひとえに大魔導師フェネセンのおかげなんだ」

「フェネセン?大魔導師ってことは、すごい魔法使いなの?」

「ああ、俺の昔からの知り合いでな。【大賢者】とも【偉大なる求道者】とも言われていたな。俺の知る限り最も凄い魔導師だよ」


 大魔導師フェネセン。

 ライトにとっては初めて聞く名前だ。だが、レオニスほどの人が手放しでその才を褒める、それだけでもうその凄さが分かるというものだ。


「カタポレンの森の魔力調整結界、あるだろ?あれの魔法陣を設計したのはフェネセンだし、その強大で有り余る森の魔力を水晶に吸い取らせて魔石に変換する仕組みを考案したのもフェネセンだ」

「俺はその威光のお零れに与っているだけに過ぎない。水晶の採掘や魔法陣のメンテナンス、見回り、魔石回収なんかは俺の仕事だがな」

「でもまぁ、カタポレンの森に問題なく住めるのも当時俺しかいなかったし、あの複雑怪奇な魔法陣の構造を後から理解できたのも俺だけだったからな。だから、お零れとはいっても見回りその他も含めて俺にしかできない仕事でもある」


 やはりレオニス自身も、ものすごい才能の塊であることは間違いないらしい。


「そのフェネセンって人、今はどこにいるの?」

「さぁなぁ、今はどこをほっつき歩いてんだろうな?」

「え、誰も行き先知らないの?」

「俺も散々世界を旅してきたが、あいつは俺以上の放浪者だからなぁ」

「そしたら、連絡とりたい時は、どうするの?」

「伝えたい伝言を思念で届ける水晶玉を、1個だけもらってある。しかもそれ、一方通行で1回こっきりの使い捨てな」

「……よっぽど行き先知られたくないんだね……」

「ま、しゃあないさ。それがあいつの生き様だからな」


 それだけの才能があって、よくぞその首に鈴をつけられずに済んだもんだ、とライトは内心で感心する。

 おそらくは、誰かに飼い殺しにされるくらいなら国を滅ぼしてでも逃げ切るくらいの力と自信があるのだろう。

 国も冒険者ギルドも、それが分かっているからこそおいそれと手出しできないのだ。


「それに、周りがどうしてもあいつを必要とした時には、何を伝えなくともふらっと現れるんだ。だからあいつに長らく会えてなくても、皆それほど気にしてないんだ」

「でもってこれは俺の勘なんだが、そのうちにあいつの方からお前に会いに来る気がするんだよな」

「ま、そんな訳でお前もそのうちフェネセンに会えるさ、多分な」


 んー、それっていつになるんだろうか。

 100年後くらいに、とか言わないよね?そんな頃には俺、多分生きてないよ?



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そんな会話をしながら、のんびりと首都の冒険者ギルド総本部を歩いて移動していると、次第にすれ違う人が多くなり始め、大広間に着いた。

 首都ラグナロッツァにおける冒険者への依頼の貼り出しや受付、完了の申請や手続き、素材の買取部門等々、様々なやり取りが行われている場所だけあって、体育館並みに広い部屋だったが人の混雑も相当なものだった。

 さすがはアクシーディア公国の首都だけのことはある、あまりの人混み具合にライトはしばし呆気にとられていた。


 その混雑の中にも拘わらず、レオニスが歩を進めるだけで人波が自然に掻き分けられる。まるでモーゼの海割りだ。

 おかげで小さなライトはレオニスと逸れることなく後をついていけるが、こんなところでもレオニスの持つ金剛級の威厳を垣間見ることができるとは思いもよらなかった。


 だが、畏怖されるばかりでもない。人波の中からレオニスに向けて、親しげにかけられる声も多い。


「よう、レオニス。今日も食糧の大量買い出しか?」

「いや、今日は他に用事があってな」

「何だ何だ、子連れか?珍しいこともあるもんだな」

「俺にだって子供の知り合いくらいいるぜ?」

「嘘つけー、お前いつ隠し子作ったんだよ?」

「うるせー、お前と同じにするんじゃねー」

「ハハッ、隠し子作る前に結婚式呼んでくれやwww」

「俺は清く正しく美しい身体なの!」

「レオニス、お前ね、そんなこと言ってるとそのうちモノホンの魔法使いになっちゃうよ?」

「俺は物理攻撃命の腕力至上主義だ!魔法を使える脳筋にはなっても、魔法脳には絶対にならん!」


 普通、伝説級の人ともなると近寄りがたい、いわゆる雲の上の人になりがちだが、レオニスにはそんなことは当てはまらないらしい。

 森の中で暮らす時よりは外の顔寄りであることは違いないが、それでもこうしてたくさんの人から声をかけられているレオニスのことを、ライトは誇らしく思った。


「んで?この子、一体どこの子よ?」


 わいわいと騒がしい会話の中から、誰かが改めてレオニスに聞き直す。


「ああ、俺の兄貴分だった人の子だ」

「名前はライトってんだ。お前らもよろしくな」


 ライトの頭を優しく撫でながら、レオニスは周囲に紹介した。

 レオニスの知り合いらしき人々が、一斉にライトを見る。


「そうか、レオニスの兄貴分の子だってんなら俺達にとっても仲間だな」

「ああ、いずれレオニスに鍛えられて冒険者になるんだろう?」

「だったら未来の同業者であり、立派な冒険者に仲間入りすること確実だな!」

「ライトか、よろしくな!」


 大勢の冒険者に囲まれ、口々に歓迎の言葉を向けられたライトは、若干慌てながら周りを見回すも、はっきりとした言葉で礼を述べる。


「あ、はい、あの、ぼく、ディーノのグランの子で、ライトといいます。皆さん、よろしくお願いしますッ」


 ディーノ村でのクレアへの挨拶同様、ペコリと頭を下げて挨拶するライトの姿に、普段は荒くれ者の強面冒険者達も「ほほぅ」と感心しつつ、幼子特有の愛らしさに若干骨抜きにされつつほんわかと和んでいた。


 そんなライト達の姿を、レオニスは満足気な笑顔とともに頷きながら眺めていた。

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