第25話 受付嬢クレア

「んまぁぁぁ。何とも綺麗で素晴らしい毛並みの、立派なワンちゃんですねぇ」


 それが、ディーノ村の冒険者ギルドで受付嬢を務めるクレアの、アルを見た時の第一声だった。


 彼女の名はクレア。

 ディーノ村にある冒険者ギルドの受付嬢兼受付責任者兼書紀兼会計兼秘書兼……いわゆる雑務……ではなくて、何でもできるスーパーウルトラファンタスティックパーフェクトレディー!である。


 いつでもどこでものんびりのほほんマイペース、それが彼女の生き様でありモットーだ。

 レオニスの見立て通り、銀碧狼という非常に珍しい神獣を見ても何一つ驚くことなく、感嘆とした面持ちでアルの毛並みを絶賛する。アルはワンちゃんではなく狼なのだが。


 ラベンダーカラーのふんわりワンピースに縞々ソックス、ベレー帽に薄い楕円の眼鏡。

 その出で立ちの7割くらいは、ラベンダーに染まるクレア。レオニスの深紅同様クレア個人のトレードカラーか、もしくは冒険者ギルド受付嬢専用の制服だろうか。


 整った目鼻立ちに少し間延びした話し方も相まって、見た目だけなら普通に可愛らしい少女のような彼女だが、レオニスの言う通りなかなかに豪胆な人となりのようである。


 そんな彼女を、驚愕かつ感激の眼差しで見つめる少年がいた。

 この場でいうところの少年、それはライト以外にいない。

 ライトはレオニスとともにアルを連れてディーノ村の冒険者ギルドに入り、受付嬢として出迎えたクレアを見て息を呑んだ。

 その表情からして相当に驚いている様子が見て取れるが、内心ではそれ以上に吃驚仰天していた。


『……うッッッわ、クレア嬢じゃん!』

『え、なに、これ、本物?本物のクレア嬢?』

『あのクレア嬢が、俺の目の前で、生きて、動いて、喋っている!!』


 そう、クレアはライトの知る前世でのブレイブクライムオンラインに出てくる、名物キャラクターの一人だった。

 そこでもクレアは『勇者ギルド本部の有能な看板受付嬢』という設定で、基本のんびりのほほんマイペース。

 イベントの説明画面の中では、有能設定な割には如何にもやる気なさ気で常にだるそうな空気を醸し出していた。


「この子の名前は、アル、というんですか。アルちゃん、よろしくお願いしますねぇ」

「アルちゃんのようなもふもふ毛並みというのも、良いものですねぇ」

「ああでもうちのクー太ちゃんだって、アルちゃんに負けないくらい可愛い可愛い天使ちゃんですよ?」

「ま、種族的にはね、天使じゃなくてドラゴンですけども」


 うをおおぉぉい、ドラゴン幼体のクー太までいるのか!!

 あいつ、名目上では勇者ギルド本部で飼育しているって設定だったはずだが……この世界では、クレア嬢のペットなのか?

 ま、ブレイブクライムオンラインでも実質的にクレア嬢の公認ペットだったが。


「クー太ってあれか、何年か前にシュマルリ山脈の山中で発見された、ドラゴンの卵から孵化したアレか」

「そうですそうです、その時の子です。結構大きくなりましたが、相変わらず可愛いですよ?」

「ドラゴンの幼体をペットとして飼うなんざ、世界中探してもクレアくらいのもんだ……」

「ええー、そんなことないですよぅ。というか、銀碧狼を飼ってるレオニスさんにだけは言われたくないですぅー」

「いや、アルは銀碧狼母からしばらく預ってるだけだからな?」

「銀碧狼母から子供を預る、それ自体が既におかしいんですぅー」


 次々と出てくる、ライトにとっては懐かしい面々の登場に、ライトの顔は驚愕の表情を止めることができない。


「どうした、ライト。さっきから百面相が止まらんぞ?」


 レオニスが怪訝かつ若干心配そうな様子で、ライトの顔を覗き込む。

 その横でお利口さんにおすわりしているアルは、クレア嬢に身体を撫でられてご機嫌そうだ。


「え、あ、いや、何でもない、大丈夫、レオ兄ちゃん、心配しないで」

「そっか?そんならいいけど……」


 ライトは我にかえり、慌てて顔を取り繕う。

 レオニスはクレアの方に向き直り、話しかけた。


「この子は俺がずっと預っているライト、グランの兄貴とレミ姉の子だ。もうすぐ8歳になる」

「ああ、この子が……グランさんとレミさんのお子さん、なのですね……もうそんなに経つのですか……」


 クレアが少しだけ遠い目をしながら、ライトを見つめた。


「ライト、この人はディーノ村の冒険者ギルド受付嬢クレア。さ、ご挨拶しな」

「は、初めまして。ぼくは、ライトといいます。レオ兄ちゃんといっしょに、カタポレンの森に住んでます」

「ご挨拶ありがとうございます。私は冒険者ギルドで受付嬢をしております、クレアと申します。以後お見知りおきくださいね、ライト君」

「は、はいッ、こちらこそよろしくお願いしますッ」


 ライトはレオニスに挨拶を促され、慌ててペコリと頭を下げる。

 クレアは優しい眼差しで挨拶を返した。


「クレアには初めて会わせるな。つーか、この子を預って以来今までずっと森の外に出してなかったから、俺以外の人間と会うのはこれが初めてでな。つまり、ライトが外で会う初めての人間がクレアってことになるな」

「まあ、それは光栄なことですね。ふふっ」


 クレアは少し嬉しそうに微笑んだ。

 このクレア嬢、前世でも非常に表情筋の乏しいキャラで、掴みどころがなく常に人を食ったような印象があった。

 そこがまた人気だったし、その性格はこの世界でも十二分に健在のようだが、それだけではなく心優しい一面も垣間見える。


「機会があれば、うちのクー太ちゃんとアルちゃんを会わせてみたいですねぇ」

「ドラゴンの幼体と銀碧狼の子供を会わせるってか?まぁ、どっちも知性ある格の高い生き物だから、喧嘩したりとかそういうことにはならんと思うが……」

「うちのクー太ちゃんはお利口さんだから、他所様のお子さんに喧嘩売ったりなんてしませんよ?」

「クー太にそんな気はなくても、ちょいと軽く尻尾振るだけで大抵の生物は吹っ飛ぶじゃねぇか……」

「それは銀碧狼も同じでは?まぁ、クー太ちゃんよりはアルちゃんの方が幼いようですが」

「もうそろそろ、母狼が出先から帰ってきてアルを迎えにくる頃だから、クー太と会わせてやれるかどうかは分からんが……ま、貴重な者同士、そういう機会があればいいな」


 和やかなんだか物騒なんだかよく分からない会話の中にも、銀碧狼とドラゴンのお見合いもどき?のような出会いの手引きがなされているようだ。

 アルにもまたイードに次いでドラゴンの友達ができるかも?アルの友達たくさん増えるといいな!


「ええ、よろしければ是非とも。その際には、クー太ちゃんの大好物である『肉まんボール』を山ほどご用意して、全力でおもてなしさせていただきますよ」

「肉まんボール、か……あれを俺達冒険者が何万個用意させられたと思ってんだ……」

「何言ってるんです?それもこれも、全ては可愛いクー太ちゃんの孵化のためですよ?そこは喜んで差し入れするところでしょう?」


 肉まんボール、だとぅ?

 あの『ドラゴンの卵を孵化させよう!イベント』のことか!!

 あれは、冒険フィールドでひたすらモンスター狩りして、ドロップするアイテム『肉まんボール』を集めてドラゴンの卵への餌として与えるという名目で、その数を競うランキング形式のイベントだった。

 上位ランクの報酬欲しさに、一人で何万個もの肉まんボールを拾い集めるという苦行にも等しい過去の思い出が、ライトの脳内に甦る。あれが既に実施済みとは……

 アルのもふもふ毛並みに埋もれながら、一人悶えるライト。


「はいはい……俺達ゃギルドに楯突くことはできても、クレア嬢には逆立ちしたって勝てやしませんよ」

「またまたぁ、金剛級冒険者ともあろうお人が何を寝言吐いてるんです?寝言は寝て言うものですよ?でもまぁ、御理解御納得いただけたようで何よりです」

「ホンット、あんたにだけは勝てねぇよ……」


 苦笑いしながらも、満更悪い気はしてなさそうなレオニス。

 肉まんボールの思い出ダメージから何とか立ち直ったらしいライトは、レオニスとクレアの顔を交互に見ながら呟いた。


「何だか、レオ兄ちゃんと、クレアさんって……お似合いのカップル??」


 ライトから唐突に放たれた爆弾発言に、レオニスとクレアは一瞬あっけに取られた顔をした後に、二人同時に笑いだした。


「ちょ、おま、ライト、いきなり何言い出すんだwww」

「そうですよぅ、生ける伝説レオニスさんと平々凡々な一介の受付嬢の私がカップルとか、そんなことありえませんって」


 クレアの言葉を聞いたレオニスは、思いっきり眉を顰めた。


「平々凡々……いいかライト、クレアの言うことをそのまま信じちゃいけないぞ?こいつの言うことは、話半分どころか1割2割程度に考えときゃ間違いねぇ」

「おや、レオニスさん。後で話し合いが必要なようですね?久々に合宿でもしますか?」

「やべッ、ライト、とっととラグナロッツァ行くぞ!クレア、今から転移門使うからな、今日中には戻るからアルのこと頼むぜ!」

「あッ、レオ兄ちゃん、待ってよぅ!」


 慌てて転移門のある部屋に向かって走り出すレオニスと、その後を懸命に追いかけるライト。

 そんな慌ただしい二人を、アルの横で見送っていたクレアは誰に言うでもなく一人呟く。


「ホントにもう……レオニスさんったら、相変わらずなんだから」

「しかし、レオ兄ちゃん、ですか……ふふっ、何とも可愛らしい呼ばれ方ですねぇ」

「ずっと昔っから、険しい顔ばかりしていたレオニスさんが、あんなに楽しそうな顔をするなんて―――これって絶対に、ライト君のおかげ、なんでしょうね」

「グランさん、レミさん、見ていますか?」

「これからもずっと、ずっとあの二人を見守っていてくださいね―――」


 ドタバタとした騒音も消え、喧騒の収まった静かな空間に佇むクレアは横にいるアルの身体を優しく撫でながら、安堵の表情を浮かべるのであった。





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 何でもできるスーパーウルトラファンタスティックパーフェクトレディー!のクレアは、第7話でライトの母レミに訃報を届ける役で既に出てきています。

 え?彼女の年齢ですか?それは禁句というものでございます。

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