第18話 湖での釣り【後日談】

  ―――【後日談 其の壱】―――


 クラーケン自ら進んでのご協力による爪切りで得た、クラーケンの貴重なお肉。湖なのに海の幸とは、これ如何に。

 結果として言えば、実に美味なる食材であった。


 わさびや醤油がないので完全なる再現とはいかないが、レオニスに解毒魔法と浄化魔法をかけてもらいイカ刺しも堪能した。塩だけで食べるイカ刺しってのも、なかなかに乙なもんだぜぃ!

 森にいるのに海の幸食べ放題とは、何たるパラダイスよ!

 これから思う存分、イカ料理食い尽くしてやるぜぇぇぇぇ!




  ―――【後日談 其の弐】―――


 クラーケンのお肉の美味しさに、気を良くしたライト。

 その後何度か目覚めの湖を訪ね、湖中央の小島に渡り『魔物のお肉激ウマ絶品スペシャルミートボールくん・こぶし大』でクラーケンを釣り出して、爪切りお肉をおすそ分けしてもらっていた。

 ……のだが、三回目以降は食べられなくなった。


 そう、クラーケンと仲良しになってしまったのだ。


 クラーケンとライト達との出会い、それはクラーケンにとって文字通り命がけの命乞い。

 そんな初見で命のやり取りなどという、壮絶に緊迫した場面とは到底思えないほどの、愛らしい仕草満載なクラーケン。

 しかも、ライト達の二度目三度目の訪問でも笑顔で迎えてくれる。

 そんな姿を何度も見続けて、絆されるな!仲良くなるな!自重しろ!という方が、土台無理ぽな話である。


 最初の頃こそクラーケン肉の美味さに舞い上がったが、おすそ分けと称してクラーケンの脚を切り取り持ち帰る毎に、ライトの心は重く苦しくなっていく。

 三回目に食べたイカ焼きの味は、もう最初の時のような衝撃的な美味しさなど感じることは、全くできなくなっていた。


「ううう……クラーケン、ごめんよ……ぼくはもう君を食べることはできない……」


 手と膝を小島の大地の上につけ、がっくりと項垂れるライト。

 クラーケンは一体何事が起きたのか分からず、オロオロと狼狽える。その仕草は相変わらず可愛らしい。


「魚介類には痛覚がない、とか言われてるけど……痛覚があろうとなかろうと、優しい君を傷つけてまでそのお肉を食べ続けることなんて、ぼくにはもう……もうできない……!!」


 生き延びるためとはいえ、快く己の脚の先を切り取っては笑顔のままライトに肉をちょこんと差し出すクラーケン。

 そこには策略や籠絡の意図など全くないが、ライトの良心の呵責を痛烈なまでに呼び覚ますには十分であった。


 目覚めの湖に出かける前の、ライトの浮かない様子を見て心配しながらついてきたレオニスは、微笑みながらライトの頭の上に手をポン、と軽く置いた。


「そうだな、ライト。お前が苦しいと感じるなら、無理して獲り続けなくていいんだ。アルも俺達も、食えるもんなら他にいくらでもあるんだからさ」


 俯きながら涙目のライト、弱々しくではあるが素直に頷いた。


「うん……クラーケン、今までごめんね。さんざん食べておいて、今さらだけど……これからは、ふつうのお友達として、仲良くしてくれる……?」


 キョトンとした顔つきのクラーケンだったが、しばらくしてライトの身体に手を伸ばした。

 涙が零れ落ちそうなライトの顔をチョン、チョン、と優しくつつき、そしてライトの身体に触手を巻きつけ自分の頭の上にライトを乗せた。


「……キャッ!えッ、ちょ、何ッ……うわああああ、高ぁーい!」


 巨大なクラーケンの頭上は、それはもうビルの何階部分?てなくらいに高くて、見晴らし抜群だった。

 初めて目にする、高いところから眺める目覚めの湖の広大な湖面。それは全てが絶景。

 キョロキョロと視線を動かせば、横っ腹が少し削れた岩山が向こうに見える。


「こうして見ると、ここは本当に大きくて、広い森なんだなぁ……ありがとう、クラーケン」

「そうだ、友達ならちゃんとした名前で呼びたいよね。ぼくの名前は、ライト。君の名前は……」

「squidのイード!これからは君のことをイードって呼ぶね!」

「うん、俺はライトが何言ってんのかさっぱり分からん」


 これだけ表情豊かで臨機応変に動くクラーケンだ、おそらくはそれなりに高い知能も持っているのだろう。

 だが、まだ魔物との会話ができないライトは、名前をクラーケンに聞くことなく勝手に決めてしまった。とはいえ、野生のクラーケンに個々の固有の名前があるとも思えないので、全く問題なさそうではあるが。


「ねぇイード、今度目覚めの湖の案内してよ!そしてぼく達に、この湖の良いところ、いーっぱい教えて!」

『キュイィィィ』

「きゃー、すごーい!高い高い、高ぁーいッ!見て見てレオ兄ちゃーん!」

「おー、もし間違って落とされても俺がちゃんと受け止めてやるからなー、安心しろよー!」


 イカに鳴き声とかあるのかどうか、甚だ疑問なところではあるが。

 それでも何やら嬉しそうな顔で、ライトを更に高く掲げるクラーケン。そして、その高さに驚きながら思わず燥ぐライト、それを平然かつ少し楽しそうに笑いながら見上げるレオニス。


 イカ肉完全養殖生産ループ計画。ライトが描いたその食糧計画は、見事に皮算用となってしまった。

 だが、その代わりにまた一匹?の森の友を得た喜びで、ライトの胸ははち切れんばかりに満ち足りており、かつての計画になどもはや何の未練もなかった。

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