第19話 人と獣とお風呂上がり担当

 ライトとアルが森の散策をした日は、特にアルが盛大に汚れる。まだまだ好奇心の塊らしいアル。身体の大きさからしてもまだまだ幼体のようだし、いたずら盛りなのは致し方ない。


 そんな日は、汚れを落とすためにアルといっしょにお風呂に入る。

 本来犬の入浴やシャンプーなどは、月一とか2週間に1度くらいのペースでいいらしいが、皮膚の油分を取り過ぎなければ毎日でも風呂に入れていいんだぜ!とは、前世のわんこフリークな友人の談である。


 まぁ、確かにやつの家に泊まらせてもらった時に、いっしょに風呂に入ってたっけ。俺は濡れたわんこの身体を浴室から受け取り、大きなタオルで素早く拭いて、ドライヤーで手早く優しく乾かす『お風呂上がり担当』をさせられたんだったが……


 主人?下僕?弟分?といっしょに風呂に入るわんこは、確かに気持ち良さそうで終始ご機嫌な感じだったな。そして友達の方も、いつにも増してにこやかだったっけ。

 主従ともにほわわーんと緩んだ顔をしながら、のんびりのほほんと浴槽に浸かる姿が思い出される。


 ……あの場で少しもにこやかでなかったのは、ヤローのマッパ見せられた挙句に濡れ濡れしおしおわんこの世話をさせられた俺だけか。くそぅ、何だか悔しいぞ。何かに負けた気がするのは何故だ。


 でもまぁ、異世界に飛んでしまった今となっては、それも懐かしい思い出のひとコマだ。

 あいつ、元気にしてるかな。今でもわんこといっしょに風呂入ってんのかな。

 ……ヤローのマッパシーンだけは今すぐ俺の脳内記憶から消えていいぞ、シッシッ。


 よし、今日はアルといっしょにお風呂に入ろう。

 アル用の部屋には既にアル用の専用風呂も作ってあるし、それを使ってはいるが、今日は人間用の風呂にアルといっしょに入るぞ!それを以て、わんこフリークなやつの野郎マッパの思い出を上書き消去するんだ!!

 そう、最後に勝つのはこの俺だッ!!


 レオ兄にもちゃんと許可取って、ついでにアルのお風呂上がり担当もレオ兄にお任せしちゃおう!だってレオ兄、風魔法使えるし。

 なので、アルにもそれをしてもらおう。そう、レオ兄にはドライヤー役をしてもらうのだ!

 アルの身体を素早く優しく乾かしてもらえば、アルの風邪防止にレオ兄とアルのコミュニケーションも深まって、まさに一石二鳥!

 今日の俺サマあッたまイーイ!くーッ、誰かそこにシビれて憧れてッ!!


 ……

 ………

 …………


 レオ兄、風魔法の加減、できる、よね?

 こないだだって、アルの部屋の増築用材木を乾燥させるのに風魔法を調整しながら使ってたし、大丈夫だいじょぶ、だよ、ね?


 …………

 ………

 ……


 ま、アルとて小さくとも高位の神獣、銀碧狼だ。風魔法とか多少のことでどうこうなるほど軟弱でもないでしょう!!

 小っさいことなど、キニシナイ!(キニシナイ!……キニシナイ!…… ←木霊リフレイィィィン



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「高位神獣の銀碧狼といっしょに風呂入るなんて、何とも贅沢な話だなぁ!古今東西探しても、ライトくらいのもんじゃね?ハハハッ」

「そして人間の子供と同じ風呂に入って、身体を綺麗に洗ってもらう銀碧狼ってのもアル、お前が史上初かもしれんなぁ!」


 アルのお風呂上がり担当を快く引き受けたレオニスは、上機嫌な様子でアルの濡れた身体をタオルで包み、居間に移動しながらワシャワシャと水分を拭い取る。

『銀碧狼のお風呂上がり担当』という大役?も、おそらくはレオニスが人類史上初であろうが、そのことにはどうやら全く気づいていないらしい。


「銀碧狼親子を助けた成り行き上、その後の子守を引き受けたのは確かにこの俺ではあるが。ライトといっしょに暮らしていると、面白おかしい楽しいことがまるで尽きねぇなぁwww」


 心の底から楽しげにくつくつと笑うレオニス。

 ライトを引き取る前のレオニスは、文字通り『孤高の人』だった。


 伝説の人と言っても差し支えない、金剛級という冒険者の最高峰にして頂点に立つ実力。それに加えて、深紅と漆黒の二色で固められたその鮮烈な出で立ちは、嫌が上にも威圧感をも増す。


 別に人嫌いという訳ではない。グランやレミのように、昔ながらの孤児院仲間の何人かとは今でも繋がりはあるし、ギルドの職員や冒険者仲間とも普通に会話はする。

 だが、必要以上にレオニスのプライベートに関わったり入り込んでくる人間は、これまで一人もいなかった。ただそれだけの話だ。


 それはもしかしたら、レオニスの中で長年こびりついていた孤児特有の孤独感が拭いきれずに、無意識のうちに見えない壁を作り出してここまできてしまったのかもしれない。


『誰も俺のことなんて分かりゃしない―――』


 ふとした瞬間に感じる、どうしようもなく埋め難い孤独と寂寥感。

 そんな寂寥感にも、いつしか囚われることがなくなっていた。そう、ライトを引き取ってからだ。


 ライトに頼まれた大役『銀碧狼のお風呂上がり担当』の使命を果たすべく、両手のひらで風魔法の温風を生み出しアルの身体をゆっくりと乾かしていく。


「グラン兄……俺、グラン兄がいなくなってからすごく寂しくて、どうしようもなかったけど……今はもう、俺一人じゃない、ライトがいるからな」

「俺、昔っからずっと、ずっとグラン兄に世話になってばっかりで……今だって、グラン兄とレミ姉が遺してくれた、ライトが側にいてくれて……」

「情けないなぁ、俺……こんな俺を、グラン兄なら笑うかな?」

「いや、笑わないで叱り飛ばされるかな……グラン兄は、いつだって強かった。『俺の弟分が情けねぇ、シケたツラすんな!』って……背中バンバン叩かれて、笑い飛ばして、それで終い、だな……グラン兄ってのは、そういう人だった」

「いつまでも情けない弟分で……ごめんな、グラン兄……そして、ありがとう」

「ライトを遺してくれて……俺をひとりぼっちにしないでくれて、本当に……ありがとう……」




「レオ兄ちゃーん、ぼくも今からお風呂あがるよー」


 浴室にいるライトから声をかけられて、我にかえるレオニス。

 目尻にうっすらと滲んだ何かを拭い取るように、目を擦りながら慌てて応える。


「おう、身体しっかり拭いてこいよー」

「はーーーい」


 身体もすっかり乾いて、ふんわりつやつやふっさふさな銀碧色の毛に戻ったアル。

 アルの身体を乾かすための簡易ベッドの中で、気持ち良さそうにうとうととしていた。

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