第2話

「そういや嬢ちゃん、名前は?」


 猟器を持った二人の男女が荒廃した街を歩く。

 元々は人が住んでいたであろうビルが立ち並ぶ廃墟の街。

 凶獣の出現によって人が整備できなくなった街はあっさりと崩壊してしまった。

 今では廃墟となったビルなどの建物は小型の凶獣達の棲家となっている。

 常人であれば立ち入ることのないこの街でこの二人は隠れることもせず堂々と道のど真ん中を歩いていた。


「フレアよ。四級下位狩人のフレアと言えばわかるかしら?」

「ほぅ、それじゃあ嬢ちゃんが【音速】のフレアか」

「恥ずかしいからその呼び名はやめて欲しいわね」


 普段はあまり事務所から出たがらないロイドだが、世間の情報はきちんと入手している。

 情報源は新聞や客の噂話、夜中に立ち寄る酒場などだ。

 基本的に狩人の情報は狩人専門の組合が纏めている。

 凶獣の存在が死活に関わってくるこの世界では、凶獣に唯一対抗できる手段である狩人の情報や凶獣の出現情報などの価値が高い。

 ロイドが拠点を置く街にも組合は存在し、組合に行けばどこにどんな凶獣が現れるのか、凶獣の弱点や生態、更にその凶獣を討伐することができる狩人の情報などが手に入る。

 当然ロイドとフレアもその組合に登録しており、ロイドは組合を通してフレアの情報を手に入れていた。

 曰く最近外の街からこの街にやってきた凄腕の狩人。

 ソロで四級下位の凶獣討伐の実績を持ち、速度を至上とするその戦闘スタイルから【音速】の二つ名を与えられた希望の星。

 それがロイドが認識しているフレアの情報だった。


「俺の自己紹介はいるかい?」

「いえ、貴方の紹介は多少受けているわ」

「そうか。どうやらおしゃべりな奴がいるようだな」

 

 フレアはロイドを紹介したニールからある程度の情報を得ていた。

 今更初対面の人間相手にされるような紹介を受けるまでも無い。

 不満そうに息を吐いたロイドだが、本心では自己紹介の手間が省けた程度にしか思っていない。

 そもそもロイドの元へ依頼を出しに来る人間は大抵ロイドの事を最低限知っているものだからだ。

 

「……さて、どうする?」


 たわいも無い会話をしていたロイドがそう言いながら突然立ち止まり、フレアも同じタイミングで足を止める。

 二人の手は猟器の柄に添えられており、先程までと同じように余裕を感じさせつつも、高い戦意を表していた。


「雑魚みたいだし細かい割り振りもいらないでしょう?私が右、貴方は左でどうかしら?」

「嬢ちゃんの方が多少獲物が多そうだが、ここは若い奴に譲るとするか」

「あら、私の気遣いは分かるみたいね」

「……言ってろ」


 二人が同時に猟器を抜いた。

 ロイドは巨大な鉄の塊に近い大剣。

 フレアは鋭く軽い細剣を。

 その二人の行動に触発された凶獣が二人の背後から飛びかかる。

 この街に入ってから二人の背後を尾行し続けた凶獣がいよいよ理性の限界となり、二人がそれを迎撃した。

 ロイドは振り向きながらの一刀で二体の凶獣を両断し、フレアは残像だけが残る細剣を閃かせ三体の凶獣を屠る。


「フォルガルか」

「雑魚ね」


 フォルガルは毛のない狼のような姿をした四足歩行の凶獣だ。

 爪と牙は長く鋭く、群れで行動する。

 目が四つあり昼夜を問わず活発に活動しているため、旧市街と呼ばれる廃墟の街には大抵住み着いている。

 危険度は七級中位であり、初心者を抜けた程度の狩人でも狩れる程度の強さだ。

 

「残りも散る程度に潰すわよ。手を貸して欲しかったら言いなさい」

「俺が考えてんのは嬢ちゃんの撃ち漏らしはどう処理するかって事ぐらいだ。さっさと行け」


 戦意を高めるために互いを挑発し合う狩人の中ではありふれた会話を挟み、二人は凶獣の群れへと走った。

 先に群れへと到達したのは身軽なフレアだ。

 構えていた細剣を伸ばし一匹のフォルガルを二撃、多くても三撃で仕留めていく。

 少し遅れて接敵したロイドは片手剣でも扱うかのように大剣を軽々と振り抜き、相対したフォルガルは全て一振りで両断した。

 二人が通り過ぎた後には撒き散らされた血肉と死骸だけが残されていく。

 まるで嵐のような二人の殺戮によって半数以下にまで数を減らされたフォルガルは一匹、また一匹と背を向けてその場から逃走し、最初の六割を狩る頃には一匹も居なくなっていた。

 

「やるじゃない」


 フレアが血溜まりの中で剣を振るい血糊を飛ばし、ロイドはその場で立ち尽くす。

 

「どうせすぐに消えるだろう?」

「いつまでも私のパートナーを汚れたままにはできないわ」


 その場で一分ほど待っていると、次第にフォルガルの身体が脆い炭のように崩れ始め、崩れた身体が灰となって蒸発するように消えていった。

 凶獣は生きている状態で体内の獣核を砕かれるとこうして消えてしまう。

 死んだ後に体から獣核を取り出せば不思議と死体は残るが、研究者達もその謎を解明できていない。

 ロイドとフレアの身体に付着していた血肉も蒸発し、戦闘を始める前の姿に戻る。

 それは二人ともが群れで迫るフォルガルを相手にしながら、全てのフォルガルの獣核を破壊した事を示していた。


「核髄もまあまあって感じかしら」


 獣核の中には核髄と呼ばれるエネルギーが蓄えられており、そのエネルギーを使って凶獣は特殊な力を使う。

 狩人が使う猟器は凶獣の獣核を中心に作られているため、狩人は猟器を通してその能力を使用することができる。

 しかし凶獣から抜き出された獣核からは次第に核髄が漏れ出してしまい、核髄が完全に抜けると猟器は崩壊してしまう。

 そのため猟器には獣核を破壊した時に核髄を吸収できる機能が備え付けられている。

 今回二人は猟器の能力を使用せずに戦ったため、剥ぎ取れる素材は残らないが核髄の収支はかなりのプラスになった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

氾濫のシャンディーナイト @himagari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る