氾濫のシャンディーナイト

@himagari

第1話

「……らっしゃい」


 昼間とはいえ電気のついていない煤けた廃ビルの一室。

 その扉が開かれた音に、執務用の机に足を載せ、椅子に持たれ掛かりながら葉巻を咥えていた男が入り口を見ることもなくそう言った。


 その態度に入ってきたばかりの人物は開いていた扉をノックして、自分の方を見るように促した。

 しかし男はやはりそちらを見るつもりは無いらしく、赤いボサボサの髪を乱すように頭を掻く。


「俺は狩人だ。凶獣の討伐依頼以外受けてねぇからそれ以外の用なら帰んな」


 凶獣。

 かつて存在していた文明を破壊した謎の生物たちをそう呼ぶ。


 大半の人間は凶獣によって殺戮され、残った人類は堅牢な外壁の中に街を作り、細々と暮らしていた。

 狩人とは凶獣から得た素材から武器や防具を作り、凶獣を狩る者たちのことを指す。


「依頼よ。念の為聞いておくけれど、あなたがロイド・ヴィンセルトで間違いないかしら?」


「……んあ?」


 葉巻を咥えた男、ロイドは予想していたよりも随分と幼い少女の声に体を起こした。

 明るい茶色の瞳がようやく扉の方へ向けられ、入って来た客人を目視する。

 

 長い金色の髪に赤い瞳。

 身の丈は150センチ程。

 旅装束に見を包み、最低限の荷物だけ持った幼い少女だった。


「……ここはガキの来るとこじゃない、なんて言わなくて良かった。分かっている側の人間みたいで安心したわ」


「……そうさな。金が払えるなら文句はねぇ」


「正直期待はしていなかったけど」


 そう言いながら少女はロイドの机に立て掛けてあった分厚い鉄の塊、猟器と呼ばれる凶獣を狩るための武器に視線を送った。


 ロイドの猟器はこの無骨な大剣だ。

 猟器には様々な形、性能、機能があるが、ロイドの物は特殊な機能など一切なく、ただ硬く、重く、鋭く、それだけを追求している。


 小さな傷などはあるが手入れは行き届いており、刃こぼれ一つないその姿はロイドがその道では一流である事をありありと示していた。


「まあ、試してみるくらいなら悪くは無さそうね」


「随分と偉そうに語るじゃねぇか。獲物と報酬は?」


「獲物はスチリード。報酬はこれで」


 少女はそう言って紫色の半透明な水晶の塊を取り出して机に置いた。

 

「……ヴォリアスの獣核じゃねぇか。こいつは五級中位の獲物だろう?七級上位程度の雑魚の報酬にしちゃ払い過ぎじゃねぇか?」


 ヴォリアスとは雷を撒き散らす巨大な虎の様な凶獣であり、スチリードとは全身が金属のような鱗に覆われた二足歩行の蜥蜴の凶獣だ。


 凶獣は一級上位から十級下位までの三十階級と、一級上位以上の強さとされる超級、合わせて三十一階級に分けられている。

 十級下位は一般人でも武装さえしていれば戦える程度の強さだが、一級や超級ともなれば大規模な自然災害並みの力を持つ神のような存在だ。


 それ程の化け物は世界中で見ても片手で足りる程度の数しか存在してはいないが、会えば大抵の場合死は免れ得ない。

 

 今回の獲物として提示されたスチリードは七級上位。

 しっかりと武装をしていれば中堅でも楽に狩ることができる程度の敵と区別されている。

 

 それに対し報酬として提示された核の持ち主であるヴォリアスは五級中位。

 装備を整えたベテラン以上の狩人が挑む相手だ。

 

 核とは凶獣が心臓付近に持つ石のことだ。

 見た目は千差万別あるが、凶獣が操る不思議な力の源であり、これを破壊すれば全ての凶獣は必ず死ぬ。


 核を傷つけずに凶獣を倒すことができればその核と凶獣の素材を組み合わせて凶獣の操る力の一端を発揮できる武器や防具を作ることができる。

 核のみとはいえスチリードの全身と比べても報酬には大き過ぎた。

 

「いいの。それは私にとっては易い相手だから。スチリードの方が私にとっては危険度が高いのだから、階級ばかり当てにできないわね」


「まぁ……そうだな。目標の討伐数と討伐後の死体は?」


「目標は……そうね、多ければ多いほどいいわ。もし狩った数がこの報酬を超えたら追加でも払う。素材の取り分は核はすべて私、残りは全部あなたにあげるわ。これでどう?」


「……いいだろう。期限は?」


「早ければ早い程いいわね。できれば今日にでも出てほしいくらい」


「そいつは随分だな。まぁ早めにやれと言うなら早めにはやるが」


「もし今日中に立てると言うならこれを報酬に追加してあげる」

 

 そう言い少女が取り出したのは先程より二つグレードが下回る六級上位の獣核だ。

 

「……そうだなぁ、そんじゃ一個質問に答えな。そうしたら今から出てやる」


「……」


「嬢ちゃんにここを紹介したのは誰だ?」


 ロイドは机に置いていた足を床に戻して射竦めるような目で少女を見つめた。

 少女は一瞬視線を泳がせたが、そう時間を取ることなくロイドの目を見返して言った。


「ここより少し奥にある酒場のマスターよ。名前はリ

ーエだったと思うわ」


「……そうか」


 その返答がロイドにとってどんな意味を持つのかわからない少女だったが、ロイドは一つ大きくため息をつくと傍らにあった猟器を手にとった。

 

 

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