第3話 生きるために必要な理由とは何か(前編)

 私達人間が行う全ての動作には、必ず何かしらの理由があるはずだ。私がズボンのポケットに手を入れる理由にさえも、必ず何かしらの理由が存在する。もし読者が納得のいかない動作を上げるのならば、私はその理由にも何かしらの心的理由が存在すると説明する。理由が分からない動作の殆どは、大抵が心的理由によるものだからだ。もし理由の全く分からない奇妙な動的行為を読者が見たとする。その不可解な行為でさえも心理学による分析を伴えば、その理解しがたい行為の謎も判明するはずである。しかし私は残念なことに、その心理学を持って人間の動作を分析する術は持ち合わせていないので、この心理学というものにさえ疑念を抱いてしまうのならば、私にはそれを弁解する手段はない。それでも私はこの考察をするにあたって、全ての行為には必ず理由が先立っているという見解を前提に、私達が生きていくために必要な理由と言うものを、これが良き人生を送るための知恵になることを信じて、自らの意見を述べていきたいと思う。


 では私たちが生きていることに理由はあるのだろうか?全ての動作は理由が先立って存在するのならば、生きていることにも理由があるはずではないだろうか?生きるということ自体も、抽象的ではあるが一つの動作に違いはないはずだ。もしそうならば生きるために必要な理由とはいったい何なのだろうか?私はこの生きるために必要な理由と言うものを、できるだけ万人に共通する形として、考察していきたいと思う。万人に共通する理由を導くことで、私はこれからの考察を、誰にでも良いと言える真実に近い知恵として、自らの考察が陥った印象性を疑うことなく提供できるからだ。


さて、結論を先に言ってしまえば、人間は時間性というものに焦点を当てることで、生きていくための理由を発見することができる。では、いったいそれは何であるのか?それをこれから一つ一つ丁寧に述べていきたい。


 誰にも共通する生きるための理由とは難しい。私が思いつくどの理由も万人に共通するとは言えず、果たしてそのようなものが本当に存在するのかと思ってしまう。まず私は万人に対する共通的な理由を詮索すると、第一に死というものが頭をよぎった。人間は死の恐怖から逃れるために生きている。確かに誰もが死に対しては、動物的本能による恐怖心を抱くはずだ。そして死ぬことを恐れているならば、死なないためにも生きなければならない。


 先ほど、行動には必ず理由が必要であると述べた。では人間は、死の恐怖を感じることがなければ、生きるという行為を放棄してしまうのだろうか?それを検証するために、ある観察者を仮定してみよう。その者には死に対する恐怖しか生きている理由が存在しないとする。ではその者から死の恐怖を奪ったとき、その観察対象である者は生きることを止めてしまうのだろうか?おそらくその者は、身体的な構造がもたらす苦痛を恐れて、生きることを止めないだろう。


 死には苦痛が伴うが、死ぬことと苦痛は同等の意味を持たない。死に対する恐怖は、人間の精神面に影響を及ぼすが、苦痛に対する恐怖は、人間の肉体面に影響を及ぼす。生きることを放棄するために絶食しようとしても、肉体に大きな影響を与えるので、その肉体異常が苦痛を私達に感じさせる。死ぬことが怖くないとしても、この肉体異常、苦痛を恐れるならば、生きることを放棄することはできない。逆もまた然り、苦痛に対して恐れを感じなくても、死に対して恐怖を感じていることで、やはり人間は生きることを放棄できないのである。そしてこの肉体的理由も精神的理由も、両方共が心によって懸念されるものである。要するに私達が生きている理由の根源を何かに見出すならば、それは心による死と苦痛からの逃避によって可能となるのだ。死に対する恐怖と肉体的影響による苦痛は、別々の意味を持つ心的作用が支え合うことで、どちらが消滅したとしても、私達人間を生存させてくれる理由となる。


 しかしこの説は全ての万人には共通な理由とならない。何故ならば、上に記した一方の理由には、死を認知していることが前提となる。赤子などは死を認識していないはずであるから、上で述べた二つから成る生きるための相互作用を持っていないのだ。


 私は死という概念が後天的なものであると考える。そもそも生まれてきて間もない赤子が、死という概念を知る術がない。死とは人間が経験によって得ることのできる概念だ。では苦痛はどうだろうか?赤子は生まれたばかりでも、不快感を抱けば泣くことができる。この不快感は私達で言う苦痛の一種であるので、やはり赤子も苦痛を感じることはできるのである。

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