第13話 横浜アリーナ教会堂

 『横浜アリーナ』。

 横浜市の総合計画の一環として、89年四月新横浜にオープンした、日本最大の規模を誇る多目的ホールである。

 総面積八千平方メートル、コンピュータ制御による可動式観客席、それに対応して良質の音響を作り出す設備等、ハイテクを駆使した設計は、音響面で今までの大規模ホールには無い迫力あるステージを演出する事が出来多くの著名アーティスト達が、此処で華麗に舞っていたものだ。

 但し、半年前まで、だが。

 今や此処は、かつての華やかさが淡い夢だったかの様に、『大気震』の影響で半壊したスタンドの瓦礫が鎮座して、静まり返っていた。

 『大気震』当日、アリーナ内では、新宿にオフィスを構える大手芸能プロダクションが昨年の夏に開催した新人オーディションで優勝し、血の滲むレッスンを乗り越えた、ある新人少女アイドル歌手の初コンサートのリハーサルが、その直前まで行われていた。

 プロダクションの期待を一身に背負った彼女の晴れ舞台となるべく、アリーナ席を2ブロック沈めて作った巨大なステージに、主役たる彼女は、未だその目で見ぬ大勢のファンの為に立とうとしていた。

 彼女は、アイドル歌手になるべくしてなった、十年に一度現れるかどうかの逸材と讚えられていた。

 都内の都立高校の放送部に所属していた彼女は、一人では不安と言う友人に拝み倒されて、渋々一緒に送った応募書類が一次審査を通過した時は思わず苦笑してしまった。

 その後、あれよあれよという間に最終選考に残り、挙げ句の果てにオーディションで優勝してしまうと、その飽気無さに、最終選考結果発表のステージ上で暫しぽかんとしたそうだ。

 審査委員達は、その呆然とする様を見て、肝が据わっている、まさに大物の証し、と勘違いしたらしいが、それが強ち誤りで無い事は、その後、周囲に流されつつ、少しづつやる気を見せ始めた彼女の為に組まれたハードなレッスンスケジュールに、彼女が決して音を上げず、天賦の才と、それ以上のものを補う努力を尽くして、全て熟した事実を知れば納得がいくハズである。

 だが、彼女のプロダクションが総力を挙げ長い時間と惜しみない手間の結晶たる、AからF、6ブロックあるアリーナ席を2ブロック沈めて作ったステージを照らす眩いばかりのスポットライトと、ファンの熱狂的な声援が響く中に、ついぞ彼女が立つ事は無かった

 開校記念日で小学校が休みだった弟を見学させに連れていた彼女は、ステージのセッティングの合間に、横浜アリーナの向かいにある喫茶店で弟と一緒に寛いでいたお陰で、『大気震』によるアリーナ崩壊の下敷きになるのを免れていたのだった。

 その後、その姉弟は、『闇壁』に封じ込められた都内に在る、両親が待つ我が家に戻る事も叶わずにいた。幸い、横浜アリーナの近所に住んでいた伯父の許に身を寄せるのだが、その姉は半年後の今夜、弟が、姉を助ける為に呼んだ所為で誘拐された少女を救いに来た少年と共にこの近くにまで来て、新横浜プリンスホテルの前に駐車しているRVの中で少年の帰りを待っていた。

 漆黒に包まれたアリーナ内は、実に静かであった。

 ――否。耳を澄ますと、僅かだが、アリーナ内には、それが果たして人の発する言語かと、首を傾げそうな呪詛の声が、闇の中に陰鬱そうに広がっていたのである。

 『名無しの司祭』の詠唱であった。

 アリーナ内のステージ上にある祭壇の上で『睡眠』の呪文の力によって眠らされている那由他に向かって、それは唱えられていた。 那由他を取り囲む様に、祭壇の四方に揺れるロウソクの灯火が、死人の様な土毛色の顔を恍惚に歪めている司祭を妖しく闇から浮かべ上がらせている。何と禍禍しい光景であろうか。人気アーティストが繰り広げる熱狂的なコンサートを一種のサバトという者がいるが、この司祭が今行っているものに比べれば遥かに大人しいものである。

 そう。今や此処は、<横浜アリーナ教会堂>と呼ばれる魔宮なのだ。

 その魔宮の闇の一部を、異なった黒色が揺らした。


『……来おったか』


 司祭は、詠唱を止めて背後を振り返った。

 ステージの反対側のアリーナ席の上から、夜摩北斗は祭壇を見下ろしていた。


『何れやって来るとは思っておったぞ』


 司祭は、にたり、と笑った。

 北斗は無言でアリーナ席から下のセンター席の方へ飛び降り、ゆっくりとステージに向かって歩き出した。


「……女房を取り返しに来た、と言えば那由他は喜ぶかな」


 北斗は、不敵な笑みと共に『迦楼羅』の鯉口を切った。


『ほう』


 司祭は肩を竦める。


『貴様、こんな女未満の者にしか欲情せぬ質か?』


 やにわに北斗の歩みが止まる。その顔は苦虫を噛み潰していた。


「……前言撤回する。相棒、を返してもらおう」


 司祭を睨み付けたまま、北斗は『迦楼羅』を引き抜いた。『迦楼羅』の刀身は、闇の中に一筋走る月光の光芒を受け止めて、青白く閃いた。

 数歩進んで、再度、北斗の歩みが止まる。


「闘う前に一つ、あんたに尋きたい事がある」

『何だ?』

「那由他の力を使って成そうとする<道>の事だ。一体、何処と此処を繋げようとする?


 その問いを聞いた司祭は暫し沈黙する。

 回答を躊躇っていたのか、やがて司祭は肩を竦めると、小刻みに身を震わせて笑い始めた。


『――白々しい。貴様、気付いているのではないのか?』

「……矢張り、か」


 北斗は、困憊し切った様な溜め息をつくと再び歩き出す。

 しかし、それは数歩で三度止まった。

 前進しようとする北斗の前に、瓦礫の陰から無数の影がわらわらと現れたからである。


「……番犬か?」


 その陰の群れは犬の姿をしていた。

 只の犬ではない。

 神社の拝殿の前に向かい合わせになっている、魔除けの狛犬に良く似ているが、その真っ赤な眼光と低く籠った呻り声は、血に飢えた獣のそれであった。


『ああ、番犬だとも』


 司祭は不敵に口元を吊り上げる。


『――但し、『煉獄』のな!』


 司祭は振りかぶって北斗を指す。

 同時に、『煉獄の番犬』達は、口から北斗目掛けて火炎放射を始めたのである!


「!?」


 北斗は避ける暇も無く『煉獄の番犬』の火炎放射の集中砲火を受け、炎に包み込まれた 総勢八頭、〈魔物〉の中でも強敵の部類に入る、集団攻撃を得意とする凶悪な魔犬の、文字通り八方から包囲しての火炎攻撃に、北斗は為す術も無く燃え尽きるのか。


『――何っ?!』


 司祭は仰天する。

 これだけ凄まじい火炎攻撃を受けながら、北斗の身は未だ燃え尽きようとせず、『迦楼羅』を構えたまま、司祭を睨んでいたのである。


『何故――あれは!』


 司祭は、その理由に気付いた。

 北斗の腰に掛けてあった『炎の錫杖』が青白く輝いていた。

 答えは簡単だった。『炎の錫杖』の火炎攻撃緩衝結界が発動し、北斗の身を火炎地獄から守っているのである。


「お生憎様ぁ」


 炎の柱の中で北斗は鼻で笑い、そして己を包囲する魔犬の群れを見回した。


「……出来る事なら使いたくはなかったんだが、悠長な事は言っていられそうにないな。――取って置きだ」


 北斗は『迦楼羅』を鞘に収めると、ゆっくりと右手を上げ、天井を指さした。

 やがて、北斗の唇が動いた。


<天に依りし大気よ……死の嵐を解放して汝を震わせ、我が敵を滅ぼし賜え――『粉砕』>


 北斗は右手を振りかぶる。

 突然、司祭と『煉獄の魔犬』の身体が白く輝き出した。

 みるみる内に、全ての魔犬の全身が白色の光に染まっていく。――刹那、『煉獄の魔犬』は、何と、灰燼と化して崩れ落ちたのだ。

 司祭を取り巻く白い光は著しく放電を放っていた。やがて魔犬が全て塵と化したのと同時に光は消え去り、その下から驚愕する司祭の顔が現れた。


『――?! ふ、『粉砕』の呪文だと! まさか貴様、『魔導士』――

 否、『魔導剣士』か!?』

「あー、そう呼ばれる時もあるな」


 北斗は所得顔に答えた。


 『魔導剣士』――『戦士』の優れた戦闘能力と、『魔導士』の持つ魔法詠唱能力を兼ね備えた超戦士の呼び名である。

 通常、『魔導法』や『心力法』を行使する魔導士は、膨大な精神力と『活力』を消費する為に、精神的・肉体的の疲労は非常に激しい。

 それ故、戦闘の際には、武具を持っての激しい格闘戦には非常に不利であった。

 魔導士のハンデを補うのが、戦士の役目であった。魔導が使いこなせない彼らは、武具を使いこなせない魔導士達の先頭に立ち、鍛え上げた戦闘センスを持って、敵を打ち払うのである。

 魔導士達の『魔導法』や『心力法』のバックアップを受け、戦士達は武具を持って〈魔物〉達を斃して行く。それが、『闇壁』に閉ざされた関東平野における、〈魔物〉とのスタンダードな闘い方であった。

 戦闘の勝敗は、各自の技量に左右される事もあるが、一番の要となるのは魔導士と戦士のチームワークに掛かっている。

 チームワークが優れていれば優れている程彼らの戦闘能力は個々の持つ戦闘能力の何倍何十倍にも高まるのである。

 だが、もし、『戦士』と『魔導士』が協力し合って高められる戦闘能力を、たった一人の人間が備えられるとしたら――?


『――ま、『魔導剣士』が、の世界に存在するハズが無い!――この関東で、『魔導』を唱える者は、未だ貴様の様に武具を使いこなせないハズだ!』

「存在するもしないも、目の前にいるじゃねぇか」


 北斗は『迦楼羅』の柄を撫でて、


「ま、確かに、魔導士は多量に『活力』や精神力を消耗する為、刀の様な重い武具を振り回すと直ぐに息が上がっちまう。

 だが、物事には全て、要領ってものがある。魔導士は、精神面を鍛える事でより高度な魔法を使える様になるが、『魔導法』で使う『活力』の使用領域は、その範囲を設定しないまま使っちまうから、『活力』や精神力を無駄使いしているのが殆どだ。

 もし、その使用領域を設定し、『活力』や精神力の無駄使いが無くなったとしたら――」

『……貴様が、そうだと言うのか?』

「生まれ持った素質もあるが――そういうふうに親父に鍛えられたのさ、俺は」

『親父?――貴様の父親は、一体何者だ?!」

「只の市井の一道場主、さ。……只、『SA・MU・RA・I』――ヴァルザックの親父が徒名でそう呼んでいたが」

『『SA・MU・RA・I』?!』


 それを聞いた司祭は、これ以上は無い位瞠って仰天した。


『――『YAMA』……そうか、『夜摩』か! 貴様、あの『SAM・RAY=YAMA』の倅なのか!』


 余りの予想外の事に、恐慌を来し掛けている司祭の問いを、しかし北斗は憮然として右耳の穴を右小指で掻き、半ば相手にしていなかった。


「車に撥ねられておっ死んだ、性格の悪い、市井の一道場主だったが、お前らから恐れられていたとは驚いた。あの野郎、拝み屋で生計の半分を立てていただけあって、お前らみたいなのに名が知られているたぁ、どんだけロクでもない人生歩んで来たんかい」


 思わず北斗は失笑した。

 その割に、何処かうら寂しげに見えるのは何かへの慕情に浸っている為なのであろうか」


「――ま、死人の事でうだうだ言ってたって始まらない。親父は親父、俺は俺、だ」


 北斗は、鼻の頭を右人差し指で掻き、


「親父はどうだったか知らんが、俺は未だ全ての呪文を唱える事は叶わぬ。

 最高で、五位の『聴覚の魔導』の呪文を二回唱える事が出来る。それも、さっき『狼人』を葬った『凍波』と、今の『粉砕』をな」

『ぬう――!』


 司祭は口惜しがって歯軋りをする。


『まさか只の噂だと思っていたが……よもや、あの『SAM・RAY=YAMA』が、ラフィ達と同様、この世界に転生していたとはな。しかも、あ奴の倅が、この儂の前に立ちはだかるとは、予想外だわい』

「それはこっちの台詞だ」


 北斗は再び『迦楼羅』を引き抜いて身構えた。


「『粉砕』――敵の存在する空間に超高速震動を生じさせ、敵の肉体の分子結合を破壊させる攻撃呪文だ。

 呪文無効化能力を持った〈魔物〉でも、かなり成長した奴でなければ抗呪し切れずに塵と化す、『魔導法』の中で高位に属する攻撃呪文に耐え得るとは、な」


 北斗は司祭を睨み付けたまま、構えていた『迦楼羅』をゆっくりと頭を越して肩の上に峰から寝かせ、見得を切る様な仕草で横に静かに引いた。


「……『名無しの司祭』よ。あんた、只の生臭坊主ではあるまい。――『皮被り』か?」


 北斗の言葉に司祭の眉がぴくり、と動く。

 やにわに北斗の眼光が鋭く閃いた。


「ふん。どうやら図星か。――目障りだ、ひん剥いでやるぜ!」


 一喝するや、北斗の肩で寝ていた『迦楼羅』の刀身が閃き、闇を疾り抜ける。

 次の刹那、司祭の全身が光ると、その身が四散した。北斗の撃ち放った剣圧が、司祭の身体を粉々にしたのである。

 だが、粉々になったハズの司祭の立っていた位置には、未だ人影は存在していた。


「人の皮は全て吹き飛ばしてやったぞ。 汝の正体見たり、〈魔物〉の眷属の中でも飛び切り凶悪な種族――『悪魔族』の様だな?」

『ふん、ぶぁ~れたかぁ!』


 元司祭であったその人影は、大きく身をよじらせて吼えた。


『此処まで明るみになっては黙っていても無駄だな。如何にも、儂は『悪魔族』の者――貴様ら人間どもは、儂の事を『煉獄の使者』と呼んでおる』


 新たな人影――『煉獄の使者』を名乗るそれは、二本の巨大な角を生やし、その手に握られた、三匹の生きた蛇を魔法で束ねた魔鞭を振りかざす、炎の如き真っ赤な身体を持つまさにその名に相応しい魔界の住人たる容姿を持つ悪魔だった。


「……参ったな、予想していたとはいえまさか、『悪魔族』が暗躍していたとはな。<横須賀>の一番奥で少数の悪魔達が〈魔物〉達を操っている、って噂は聞いた事があるが、どうやら本当の事だったらしいな」


 北斗はやれやれ、と肩を竦めた。


「しかし何故、貴様らが<道>を開こうとする? 『多摩川の障壁』は、貴様らが二十三区を支配する為に張ったものではなかったのか?」

『異な事を。誰が己に不都合な世界を望む者が居ろうか!』


 『煉獄の使者』は魔鞭を両手で握り締めて忌々しげに言う。


「……不都合?」

『そもそも、我らは好き好んで斯様な閉鎖された世界にいるのではない。“あ奴ら”が我らを此処に封印しているからであって、決して屈した訳ではない!』

「嫌々、か――虚言を吐くのもそれまでだ」


 北斗は右手で握り締めた『迦楼羅』の剣先を『煉獄の使者』に向けた。


「貴様らにとってこの世界が都合の良い事だらけである事は明白だ。何せ、貴様ら『逢魔が者』にとって食糧である、人間が生き残る為に精進を重ねた『魂』が生み出す『活力』が容易く手に入れる事が出来るからな。

 俺たちは貴様らに対抗する為に自らを鍛え上げ強くなっていくが、それが貴様らにとっては糧の味わいを深くしていく結果になるとは、何とも皮肉だな」

『……ふん』


 『煉獄の使者』はばつが悪そうな顔をした。


「だが、どうやら、『多摩川の障壁』が貴様らの仕業で無い事は本当らしいな。でなければ、生け贄を使ってまで、『多摩川の障壁』の内部に繋がる<道>を造ろうとはしないからな」


 北斗は向けていた剣を引き、再び両手で身構える。


「現在、大勢の魔導士達が大量の『魔導力』を使って『多摩川の障壁』を崩している。その為、障壁は不安定になっているハズ。

 そこで清らかな『活力』を餌に、『魔界』から膨大な『魔導力』を召喚して<道>を開き、障壁内に閉じ込められた仲魔を呼び出して、一気に『闇壁』内を席巻する。――おおかた、そんなところだろう」


 北斗は『迦楼羅』を構えたまま肩を竦め、


「だが、それだったら、俺達が障壁を崩すまで待てば良いのに――そんな暇が無くなったのだな?」

『!?』


 『煉獄の使者』の貌に動揺が奔る。


「……川崎に姿を現す様になったあいつが原因か?」

『――なっ?』


 『煉獄の使者』は思わず動揺を声に出してしまった。


『な、何故、貴様があ奴の事を?』

「ちょっとした腐れ縁でな」


 北斗はしたり顔で答えた。


「新座に居たあいつが最近、川崎に頻繁に現れて、『多摩川の障壁』に近付く〈魔物〉達を次々と狩っている、と言う話を聞いていた。

 成る程、考えてみれば此処は、あいつの動向を伺う為の前線基地として手頃な場所だよな。<中華街>にも近いし。

 ――障壁の崩れた都内、<横須賀>、そしてこの<横浜アリーナ>の三地点から、今、攻めて来られたら、あいつだけで無く、戦力の分散している<中華街>も間違いなく壊滅するな。中々の策士だぜ」

『そこまで見抜くとはな……。流石は『YAMA』の息子』

「お誉めに預かり、光栄至極。――だが、その為に人間の弱さに付け込み、苦しめたその罪は許さねぇ! その野望と共に貴様をたたっ斬ってやる!」

『もう、遅い』


 『煉獄の使者』はほくそ笑む。そして自分の背後を見る様に顎をしゃくって見せた。


「何――!?」


 眉を顰めて睨む北斗は、しかし『煉獄の使者』の背後を見て愕然となった。

 闇が、渦を巻いていた。

 漆黒の色に染まった空間が、轟音を立てて歪み始めていたのである。


「……ま……まさか?」

『一足違いだったのだよ』


 『煉獄の使者』はせせら笑う。


『静香の持つ『力』を餌にし、『魔界』から召喚した『魔導力』を用いて<道>を開くのが当初の目的だったが、それでも、こんなに早く開ける事は叶わなかっただろう。この娘に秘められた膨大な『魔導力』のお陰で、<道>を計画より早く開く事が出来た。――間もなく関東平野は、我らの手に落ちるぞ!』

「おのれっ!」


 高々と勝ち誇る『煉獄の使者』に、北斗は怒りを爆発させて挑み掛った。


『いいぞ、その憎悪の表情。――貴様の最後の顔として覚えて置こう!』


 迫り来る北斗に、『煉獄の使者』は狂笑して魔鞭を撃ち込む。

 北斗は魔鞭の三つ又の蛇の牙を『迦楼羅』の閃きで撃ち返した。

 だが、一匹の蛇の首が、『迦楼羅』の刀身を巻き捕らえたのである。


「しまった!?」

『ははは、これを受けるが良い。――『破黎拳』!』


 勝ち誇る『煉獄の使者』の左手から繰り出された閃光――『破黎拳』と呼ばれる、強力な単体攻撃用の『魔導法』の呪文の一撃が北斗を襲った!

 光速に近い速度の衝撃波を相手に撃ち込むその呪文は、人間側では未だ解明途中の秘呪であった。その未知なる魔力の一撃に、北斗の身体は飽気無く宙を舞い、背後の瓦礫の山に叩きつけられた。

 北斗が激突した瓦礫の山は、今の衝撃で頂上から崩れ落ち、北斗の身体を呑み込む様に覆いかぶさった。


『……死んだか』


 『煉獄の使者』は、邪悪そうな、これ以上は無いくらいの喜色を面に浮かべた。

 しかし、瓦礫に飲まれた北斗の右手には、未だしっかりと『迦楼羅』が握り締められていた。

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