第316話 戦場を歩く。

 パラスオアシスに進軍していた軍勢一万のもとに向かってアレンは歩いていった。


 先の戦いで、敗走した兵からアレンの情報が回っていたのだろう。


 アレンが姿を現した時点で、エルバレス王国軍の軍勢は進軍を止めて……戦闘準備を開始していた。


 アレンはエルバレス王国軍の軍勢を気にすることなく、スタスタと歩いていく。


 矢の射程内に入った瞬間に、どこからともなく『打て!』と号令がかかる。


「はぁ……手荒い歓迎だな」


 面前を埋め尽くすほどの矢の雨が降り注いだ。


「しかし学習が足りないんじゃないかっ!」


 アレンは砂漠を思いっきり蹴りあげると、大量の砂が巻き上げられる。その大量の砂は矢を容易に吹き飛ばしてしまった。


 更に……巻き上がった砂が砂塵となって一帯の視界を奪った。


「うぷ、気持ち悪くなる前に、さっさと終わらせるか……二軍いるようだが、指揮官はどこかな?」


 アレンは突然に巻き上がった砂塵に視界を奪われて戸惑う兵士達の間をすり抜けるようにスタスタと歩いて行く。






 ここはアレンと戦闘を開始したエルバレス王国軍の軍勢の内、ワルフール騎士団の四番隊五千の本陣であった。


 黒い馬に跨り、赤いマントを羽織った屈強そうな褐色の肌の中年男性が前方で突然巻き起こった砂塵を目にして声を上げる


『命令にあった標的の一人である白髪の男がノコノコと現れたというのに……なんだ、あの砂塵は!』


『……おそらく白髪の男が起こしたものかと』


 中年男性の隣で馬を並べていた部下が少しの間の後に答えた。


『そんな馬鹿な』


『しかし、そうとしか……。あ、魔法を使ったのでは? 白髪の男は相当な魔法使いであるという報告も受けています』


『……そうだった。白髪の男は魔法使いであったな。では、伝令を呼べ!』


 中年男性は部下に連れて来られた伝令兵を前にして、鋭い指示を出していく。


『視界が失われようとも先に白髪の男が居た場所辺りに弓を放ち続けるように弓矢部隊の部隊長ヘルマンに伝えろ! こんな大規模な魔法が何回も使える訳がない! 矢の物量で殺せ!』


『はっ!』


 伝令兵が走り去って、見送ったところで中年男性はほくそ笑むように笑って見せる。


『ふは、アレだけの砂塵を巻き起こすことのできる魔法使いなら多少は死ぬだろうが、敵が一人で以上、時間の問題だな。いや、我が大切な兵を減らすより借り受けた……あの気色悪い魔導具を使ってしまうのもありだな』


 中年男性はチラリを背後にあった馬車へと視線を向ける。


 その馬車の中には四つの木箱と……首元と両手、両足がゴツゴツした錠で拘束されているボロ服を着た男女が座っていた。


 そのボロ服を着た男女の中には子供も混じっていた。


『ふっ。一応は起動しておくか』


 中年男性が木箱とボロ服を着た男女が乗っている馬車へと、馬を進めようとした。


 ただ、その時、伝令兵が慌てた様子で駆け寄ってくる。


『報告。報告。バルバドス隊長様へ報告』


 中年男性……バルバドスは慌てた様子で駆け込んできた伝令兵に見覚えがあって、首を傾げる。


『ん? お前は先ほど弓矢部隊の部隊長ヘルマンに向けて出した伝令兵じゃないか? 何だ。もう打ち取ったのか?』


『いえ、それが……弓矢部隊のヘルマン部隊長が白髪の男に殴り飛ばされて意識を失ってしまったと』


『ぐ、砂塵に紛れて、我が軍に入り込んだのか。では、伝令兵……第二歩兵部隊の部隊長アーガスへ伝令だ。白髪の男が弓矢部隊に入り込んだ。弓矢部隊を囲い込んで、逃がさぬようにしながら、兵の物量で押し殺してやれ!』


『はっ! かしこまりました!』


 命令を受けた伝令兵がその場から立ち去ろうとしたところで、別の伝令兵が別方向から三人駆け込んでくる。


『『『報告。報告』』』


『何だ。次から次へと』


 バルバドスは少し疲れた表情を浮かべて、新たにやってきた伝令兵達を見回した。


『第二歩兵部隊のアーガス部隊長が白髪の男に殴り飛ばされて気を失ってしまったと』


『第三歩兵部隊のロン部隊長が白髪の男に殴り飛ばされて気を失ってしまったと』


『第二騎馬部隊のロウス部隊長が白髪の男に殴り飛ばされて気を失ってしまったと』


 伝令兵達からの報告を耳にしたバルバドスは少しの間ぽかんとした表情を浮かべて黙った。


 くそ、指揮官ばかりを狙いおって……。


 しかも、どういうことか……伝令兵が同時に駆け込んできたということはほぼ同時に倒されたということに……。


 そんなことあり得るのか?


 指揮官が殴り飛ばされるまで、部下達は何をしていたんだ?


 実体のない……怨霊の類を相手にしているようだ。


 いや、何をくだらないことを考えているんだ。


 そんなはずはない。殴り飛ばすことができるということは実体がある。


 白髪の男は魔法使い。


 一番隊に在籍している魔法使いの魔法を何度か見たことがある。


 何もないところから火や水は出すことができるのはすごかった。一般兵では相手にならないだろう。


 しかし、それでも魔法使いが一日使える魔法の回数は決まっているようだった。よって、一人で我が兵すべてを相手にすることなどできないはずなのだが……。


 指揮官に絞って魔法を使っているから大丈夫なのか? 


 いや、それではどうやって指揮官の周りを固めている部下に気取られることなく、指揮官のみを殴り飛ばすことができるというのか?


 くっ、考える時間すら与えてはくれんか。


 バルバドスは先ほどの伝令兵達はまた別の伝令兵達が向かってきている……そして、慌てふためく部下達を目にして、眉間にしわ寄せ……ゆっくりと口を開く


「リドールを起動せよ」

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