第279話 極楽。

急にごめんなぁ。278話と279話の話を投稿し忘れていました。


「ふー極楽。極楽……くはーやっぱり一番風呂は気持ちいいな」


 気の抜けた表情を浮かべたアレンは風呂につかっていた。不意にアレンが足を大きく延ばすと足先に黒い石がコツンと当たった。


 その黒い石は他にも風呂の中に転がっている。


 アレン達はお湯を沸かす際に火で焼いた石を水の中に入れて沸かしていた。


 二十分ほどアレンが風呂につかっていると、目を瞑ってコクコクと頭を揺らしていた。


 その頭の揺れが大きくなってお湯に顔を突っ込んだとこで、ハッとした表情を浮かべて目を覚ます。


「あっぷ、いかん。眠りそうだった……ん?」


 何かに気付いてアレンが振り返る。すると、アレンの視線の先には近づいてくるカトレアの姿があった。


 風呂場にやってきたカトレアは、どこか悔しげな表情を浮かべている。


「おかしいですね。気配を消していたつもりなんですが」


「ふふ、甘いな」


「むう、そうですか。あ……お肉の方、美味しそうに焼けていますよ?」


「……いや、もう少し風呂につかっているから。先に食べていてくれてもいいよぉー」


「そうですか?」


「うん。極楽。極楽」


「うぐうう」


「だから、ちょっと狭いけど一緒に入ればいいと言ったのに」


「ダメです。最初に一緒にお風呂に入る異性は夫となる人がいいのです」


「ハハ、変に頑固だなぁーっと。そうだ。コニーが言っていたんだがここから南方向に進んだ先にやっぱり大きな建物があったんだと」


「え、本当ですか?」


「見間違いでなくてよかったよ。ただ、その大きな建物までは遠くて今日は詳しく調べられなくて……明日調べてもらうことになった」


「進展ですね。大きな建物が本当にあるとしたら、作り手となる人間が必要でしょうし、帰る手がかりを得られるかもしれません」


「だと、良いんだが」


「何か懸念が?」


 カトレアの問いかけにアレンはむーっと思案顔を浮かべた。そして、少しの沈黙の後で自身の考えを口にする。


「……懸念と言うほどではないんだが。この熱帯地域で暮らすのってかなりハードじゃない?」


「それは」


「実際に俺達は地下水を掘り当てることができたから……よかったものの。掘り当てることが出来なければ明日……明後日には命はなかった。つまり、この環境で生活は何かのきっかけであっけなく終わりを告げる……そんなところに住んでいる人間っているのかなーって」


「いや、それはこの砂漠地帯全体で言えること……」


「そうなんだよ。コニーに探索を任せるにしても……方針を決めた方がいいかな?」


「方針?」


「うん、周囲に人がいると仮定して今まで通り周りから探索してもらうか、周囲に人が居ないと仮定して海方面か森方面への探索に行ってもらうか」


「それは……難しい判断ですね」


「そうなんだよ。んー」


 アレンが風呂の中で考えを巡らせるように腕を組んだ。その様子を目にしたカトレアが自身の考えを口にする。


「先ほども言いましたが、大きな建物が本当にあるとしたら、作り手となる人間が必要でしょう。人間が居ないと仮定するのは早いのではないでは? 我々のように井戸を掘っているかも知れませんし。それに私の国……ベラールド王国でも極寒の山奥でも住んでいる者も居ますし。ここに住む者も居ないとは思えないのですが」


「なるほどな。人間って、しぶとく極寒の地とか……死地と呼ばれる場所でも暮らしているからな」


「ですね。それで……」


「ん? なんだ?」


「いや……風呂はもうそろそろいいんじゃないですか?」


「んーん、もう少しかなぁー」


 カトレアの問いかけに、アレンはまったりした……リラックスした表情を浮かべながら答えた。どうやら風呂から上がる気はないようだ。


「ううー」


「はぁー仕方ない。お湯もぬるくなってきたし代わってやるか」


「え、本当ですか。って! お湯ぬるくなったのですか?」


「んー? どうだろう?」


「急ぎ、石を焼いてきます」


「ハハ。そうした方がいいかもー」


 アレンとカトレアは賑やかに雑談を交えながら四日目の夜を過ごしたのだった。


 ここは灼熱の砂漠が広がるだけの特に何もない場所だった。


 そこではクリーム色のローブを身に纏った二人組が馬のような動物を連れて歩いていた。


 二人組の内の一人長い黒色の髪に褐色の肌がローブの隙間から覗く女性が不意に立ち止った。


「んっ」


 二人組の内のもう一人黒色の癖のある髪を短く切り揃えた長身の男性。


 その男性は、馬のような動物の手綱を握って少し先を歩いたところで突然立ち止った女性に気付き、振り返った。


「どうした? ルルマ」


「このまま進むと……あそこの土の中になんかでかいゴキブリが隠れた」


 女性……ルルマのでかいゴキブリと言う言葉に男性が眉間のしわを深くした。


 そして、すぐに進行方向へと向けると、確かに土に少しの盛り上がり、触覚が見え隠れしていた。


 ちなみに、彼らはかなり目がいいようだ……おそらく一般人では視認することのできないほど遠くにルルマの言うところのでかいゴキブリが居たのだ。


「『ゾージー』だな」


「ゾージー?」


「鋼のように固い外皮は高く売れると聞くが……厄介な魔物だ。確か一匹倒すと周辺から同種を呼び寄せる。この『バール砂漠』で手を出してはいけない恐ろしい魔物の一体だ」


「ガルパラ……どうする?」


「迂回だ。迂回」


「そうじゃ……ん?」


 ルルマはキョロキョロと視線を巡らせる。そして、ある一点で視線が止まった。


「ん? どうした?」


「んーん」


 男性……ガルパラの問いかけにルルマは答えることなく、目を凝らすように目を細めて遠くの空を見つめていた。


「何か見つけたか?」


「すごく遠くの空に見慣れない青い鳥が飛んでいる。あっちの方」


 ルルマが遠くの空を指さした。


 ガルパラはルルマの指さした方へ視線を向けて目を細める。ただ、見ることができなかったのか首を傾げる。


「青い鳥? 知らないな。そんな鳥が見えるのか?」


「確かに見える。信じない?」


「いや、ルルマの目は一族で一番いいからな。それでその青い鳥とやらはどうだ? 危険がありそうか?」


「分からない。ただ、すごい存在感があるように見える」


「……関わらない方がいいな。ここはバール砂漠の中心にあると言われる強い魔物がウヨウヨいる『バラデザート』に近づいているんだ」


「そう。私もガルパラの分からないモノに関わらない方がいい。私達、一族の命運を握っている」


「そうだな。早く新たなオアシスを探さないといけない」


 ガルパラには使命感を帯びたような表情を浮かべ頷く。そして、進む方向を少しずらして歩きだした。


 それを追うようにルルマも歩き出すのだった。





 アレン達が切り取られた土地と共に砂漠に飛ばされ五日目の早朝。


「いやー」


 カトレアの声が辺りに響いた。


 すぐ近くの井戸で水汲みしていたアレンが気付いて、顔を上げる。


「んーなんだ?」


「風呂が壊れてしまいました」


 アレンの視線の先にはガラガラと崩れるように壊れてしまった風呂を前にしたカトレアが居た。


「あー壊れちゃったかぁ」


「はぁ作り直しですね」


「可動することも考えて弱く作り過ぎたか?」


「重たくなると運べませんから……それで、どうしましょう?」


「んーどちらにしてもカトレアが言っていた可動ができる木製の風呂は……今後砂漠を渡ることも考えるとどうしても欲しい。時間かかっても多少重くなってもいいからしっかりした物を作ってくれ」


「分かりました」


「さーて、今日も頑張りますか」


 アレンは立ち上がる。そして、グッと体を逸らして空を見上げるのだった。




 時間が経って昼過ぎ。


「食えそうな奴いないねぇー。ふーう」


 麻袋を背負ってアレンが砂漠を歩いていた。どこかイライラしたような表情を浮かべて。


「しっかし、あのゴキブリと蜘蛛はワラワラとウザったいな」


 アレンの歩いた足跡が砂漠についているのだが、それに伴って点々とゴキブリやら蜘蛛の魔物の死骸が置かれていた。


「いくら魔石を集めたところで金にできなきゃ……火種くらいにしか使う用途しかないんだが……ん、まただ」


 アレンは視線を巡らせると……遠くで砂埃が上がりゴキブリの魔物が接近しているのが見てとれた。やれやれと言った表情を浮かべると帯刀していた赤を抜刀して構えるのであった。



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