第278話 風呂作ってみた。
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278話と279話の話を投稿し忘れていました。
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アレン達が切り取られた土地と共に砂漠に飛ばされ四日目の早朝。
ここは切り取られた土地から出て南方向へ進んだ砂漠地。
そこでアレンはヒュンッと赤を振り抜いて、刀身に付いた紫色の液体を振り払う。
「早朝はちょうどいい気候なんだよな」
「ぎぃー!」
アレンの後ろでは蜘蛛を大きくしたような毒々しい見た目の魔物がアレンを襲おうとしていた。
ただ、アレンは蜘蛛の魔物を気にすることなく赤を鞘にしまい始め。
赤を鞘にしまったカチンッと音と共に蜘蛛の魔物は断末魔を上げて……体が崩れるようにバラバラになった。
アレンは振り返って蜘蛛の魔物に視線を向けると、渋い表情を浮かべる。
「んーなんか毒々しいなぁ。食えるか……これ?」
一瞬考える仕草を見せると、蜘蛛の魔物に近づきしゃがみ込む。
「焼いたらどうにかなるか?」
懐から布を取り出し、布で覆いながら切断された蜘蛛の魔物の腕を掴む。
すると、魔物の腕からは赤い肉……そして紫色の血液がポタポタと垂れていた。
「……いや、これを見たら、食欲が誘われんな」
蜘蛛の魔物の腕を捨てると、アレンは立ち上がった。そして、腰に手を当てて視線を辺りに巡らせる。
「ん、魔物の気配が近づいてきている。血の匂いにでも反応したのか?」
アレンは顎先に手を当てて、考える仕草を見せる。そして、再び蜘蛛の魔物に視線を向ける。
「食べられないかも知れないが……周りの魔物を引き寄せる餌にはなってくれるか?」
ぽつりと溢したアレンの問いには誰も答えることはなかった。
しかし、遠くからゴキブリを大きくしたような魔物が迫ってきていることが視認できたことでアレンの問いの答えになっていた。
「もう少し食べられそうな魔物が来てくれると嬉しいんだが……」
近づいてくるゴキブリの魔物を目にしたアレンは苦笑を浮かべた。そして、赤を鞘から引き抜いて構える。
それから、アレンは近づいてくる魔物を駆逐して死体の山を築くのであった。
夕暮れ時。
ここはアレンが早朝から魔物を狩っていた南側の砂地。
その南側の砂地は戦闘痕が深く残り、魔物の山が作られていた。
「んー三十以降は数えるのが面倒になった……てか蜘蛛やらゴキブリが気持ち悪い系の昆虫ばかりだけど。後で魔石と固い外皮を集めないとな」
魔物の山……アレンの言葉通りゴキブリの魔物、蜘蛛の魔物の死骸が積まれていて、禍々しい感じになっていた。
「しかし……これだけ魔物を狩って食えそうな魔物はハリネズミを大きくしたような魔物一匹か? 厳しいな」
アレンの目の前にはハリネズミの魔物が伸びて横たわっていた。
そのハリネズミは全長一メートルほど。ただ、それはアレンに自慢の針をほとんど切り落とされたためであり、その全身を岩おも貫通する鋭利な針が幾百も覆っていたのだが。
ちなみに、その針は何かに使えるかと考えたアレンはすでに回収済みであった。
「針はいい武器になりそうだが……今欲しいのは武器じゃなくて食い物なんだよなぁ」
アレンの目の前で横になっているハリネズミの魔物はお世辞にも肉付きがよいとは言えなかった。
「まぁ、あるだけマシか。しかし、これではノヴァを呼ぶほどに食料の余裕は出来ないな……ん?」
アレンは何かに気が付いて、遠くの空へと視線を向けた。視線の先には空を飛ぶ点ほどの大きさのコニーの姿があった。
しばらく、その場でアレンが片付け作業をしていると、コニーがアレンの背後にバサッと砂を巻き上げながら降り立つ。
「コニー、お帰り」
アレンは水が注がれた木のコップをコニーの前に置いた。クチバシを木のコップの中に突っ込んだコニーはゴクゴクと水を飲み始める。
「ぷはぁー喉カラカラよ」
「今日、すごく頑張っていたが大丈夫か?」
「岩場があったから、休んで何かないか探していたの」
「それはご苦労様だ」
「ぴ、ぴ……それでね?」
「ん? 何か見つかったのか?」
「ぴ、ぴ、ぴ、うん、アレンが言っていたでっかい建物が見えたよ」
「やっぱりあったろ?」
「うん、信じてなかったけど……すごく遠くに見えたわよ」
「そうか……辺りに人は居たのか?」
「今日は南方向全体を見て回っていたから……近くまでは行けてないわ。ずいぶん遠くにあるのよね……気になるならそのでっかい建物へは明日調べに行きましょうか?」
「頼む。ちなみに南方向にはそのでっかい建物以外、何もなかったか?」
「休む岩場があったくらいで何もなかったわ」
「そうか。でっかい建物があるのなら、周りに村や街があってもいいと思うのだが」
「……けど、何も居なかったわよ? 前と同じ感じの魔物を見かけたけど」
「分かった。ありがとう」
「じゃ、帰るわ」
「あ、そうそう……」
アレンは傍に置いてあった鞄から酒瓶を取り出した。そして、キュポッと音を開けて酒瓶を開けると甘いお酒の香りが周りに広がる。
「何々? 甘くていい香りね」
「んー、コニーは今日頑張ってくれたからな。お土産を」
アレンは酒瓶に酒と一緒に入っていた子供の拳ほどの大きさの木の実を一つ取り出すと、コニーが水を飲み干した木のコップの中に。
「これはミラカの実?」
「あぁ、ミラカの実の酒漬け。砂糖も大量に入れているから、とにかく甘い果物になっているはずだ。食べてみてくれ」
「ぴ、ぴ、ぴ、もらうわ」
コニーはミラカの実の酒漬けを食べ始める。
ミラカの実の酒漬けは熟れた果物のように柔らかく、クチバシでついばむと形が崩れた。
形が崩れると同時に酒と果物が混じり合った濃厚な甘い香りが漏れ出て、鼻腔をくすぐり、コニーは目を見開き小さく呟く。
「これは、これはいい香り」
「だろう? 本当はもう少し漬けて酒と砂糖の味を染み込ませるのがいいんだけど」
「この香りだけで酔っ払いそう……けど、あむ」
コニーはミラカの実の酒漬け、クチバシをつけて啄むように食べ始める。一口食べるとコニーの口の中にはミラカの実の酒漬けの甘美な甘さがブワっと広がった。
それから、コニーは止まることなくミラカの実の酒漬けを食べて、すぐに無くなってしまっていた。
そんなコニーの様子を見ていた
「その様子は美味かったか?」
「少ないわ。もっとちょうだい」
「んー悪い。ミラカの実の酒漬けは五つしかなくてな。それにさっきも言ったが、長く漬けた方がよりおいしくなる訳だが……今食べてもいいか?」
「う……もっとおいしく」
「まぁ一応、これはコニーのために作っていたモノだから……全部あげてもいいんだが」
「ううう……今日はこれで帰るわ」
「そうか。それがいい。俺が屋敷に帰れたら……酔っぱらうほどにいっぱい作ってやるよ」
「楽しみにしておく。帰るわ」
コニーを帰したアレンはハリネズミの魔物を担ぎ、その場を後にするのだった。
アレン達が暮らす切り取られた土地から北側に進んだ砂漠地。
アレンが地下水を掘り当てた場所の近く。
その場所には大量の木材が置かれて、木材に囲まれるようにカトレアが居る。
先ほどから辺りにトントンカンカンと言う音を響かせた。
「はぁ、剣や槍で木材加工するのは難しい……小さいのなら今日中にできると思っていた私を殴ってやりたい。……水がちょろちょろと漏れ出てくる」
カトレアの暗い表情から察するに風呂作りは上手くいっていないようであった。
カトレアの目の前には不恰好ながら正方形で一メートル角の風呂が出来ているようにみえるのだが。
その不恰好な風呂に水を注ぎいれると継ぎ目のところからちょろちょろと零れ出てしまって……風呂の水が瞬く間に無くなっていた。
「困った。これでは風呂として使えない……釘がもっと有れば不恰好ながら風呂ができるのに」
「上手くいってないようだな」
いつの間にか、カトレアの隣に立っていたアレンがカトレアの独り言に割り込んだ。
突然に表れたアレンにカトレアはビクンと体を震わせて、アレンの方へと視線を向ける。
「そうなん……ってアレン、突然私の隣に立たないでください」
「カトレアの気配読みが甘いんだよ」
「それは、そうなんですが……」
「それで? 難しいのか?」
「ええ。隙間から水が漏れてしまって……」
浮かない表情を浮かべたカトレアは頷き答えた。
アレンが顎に手を当てて考える仕草を見せる。そして、カトレアの作った木製の風呂にペタペタと触れる。
「んー丈夫には出来ている。そんな簡単にはいかないな」
「そうですね。更に不恰好になってしまいますが、木で補強して隙間を埋めれば……どうにかなると思うのですが」
「木で補強か……いや、何とかなるか」
「何とかできるんですか?」
「うん。切り取られた土地の中に粘土質の土ってあったよな?」
「え? あ。はい。確かに池があったあたりの土が粘土質の土だったかと」
「ちょっと持って来てくれる? 量は握りこぶし五つ分くらいあればいいから」
「分かりました」
カトレアが頷き返事すると、急ぎ切り取られた土地へと戻って粘土質の土を取りに行くのだった。
カトレアを待っている間、アレンは木製の風呂の出来を見ていたのだが。カトレアが帰ってきたところで振り返って声をかける。
「お、戻ってきたな」
「はい。それでこれをどうするんですか?」
カトレアが持っていた粘土質の土をアレンの前に出して問いかけた。アレンは頷いて粘土質の土を半分受け取る。
「ありがとう。その粘土質の土を水が漏れていた場所を埋めてくれる?」
「ん? あぁわかりました」
カトレアとアレンは木製の風呂の隙間を粘土質の土で埋めていく。
その作業が終わったところでカトレアが難しい表情を浮かべて問いかける。
「この粘土質の土では水に濡れてしまうと、溶けてしまうのではないか?」
「だから……俺が」
アレンは言葉を一旦切ると、立ち上がると長袖のTシャツを腕まくりする。
そして、右の親指を噛んで血を流すと……左手の甲に血液で丸とその円の中に四角と一本線を書いていく。
「今の俺は初級の土属性の魔法しか使えない訳だが。触れた土を硬化させて石に変えることくらいはできる訳だよ。ほら、井戸を掘るときにやっていたろう?」
「あ、そういえば」
「それじゃ……あ、そうだ。俺が魔法を使っている間にカトレアは火を起こして岩を焼いておいてくれ」
「風呂の準備ですね。分かりました」
カトレアが急ぎ立ち上がると少し離れた場所で火を起こし始める。アレンはカトレアが離れたところで木製の風呂に張り付けた粘土質の土に手をかざす。
「【ブロック】」
アレンが土属性の魔法の【ブロック】を唱えると、手の甲に書かれた魔法陣が白く輝く。
そして、粘土質の土がパキパキと小さく音をたてて硬化していった。
アレンはしばらく木製の風呂の周り、そして中に張り付けられた粘土質の土を硬化させていく。
日が暮れて、辺りが暗くなっていた。
ここはアレン達が暮らす切り取られた土地から北側に進んだ砂漠地。
アレンが地下水を掘り当てた場所の近く。そして、カトレアが風呂を作っていた場所。
焚火、そしてお湯でいっぱいになった風呂の前でアレンとカトレアの二人は真剣な表情で向き合っていた。
「よし、いくぞ」
「はい」
アレンの問いかけにカトレアは喉を鳴らし真剣な表情でゴクリと頷いた。
カトレアが頷くのを目にしたアレンはキンッと金属音を響かせて、銀貨をコイントスする。
アレンとカトレアの前をクルクルと銀貨が回転している。
その銀貨をアレンがパンッと音をたてて右手と左手の甲で挟んだ。そして、カトレアの前に両手を突き出して問いかける。
「どっちだ?」
「むむむ、裏」
「いいのか?」
「……やっぱり表」
「表だな?」
アレンはニヤリと笑って右手を左手の甲から離して、銀貨を見せる。銀貨にはクリスト王国の王城が掘られていた。
「う」
「王城が掘られているのは……裏だったよな?」
「うう」
「じゃ、一番風呂は俺が貰った!」
「はぁーわかりました。私は食事の準備をしておきます。っと言ってもアレンが狩ったハリネズミの魔物の肉を塩焼きするだけですが」
「悪いね」
残念そうに肩を落として離れて行ったカトレアを見送ると、アレンは急ぎ服を脱いで、ズボン一枚になって風呂の中に飛び込んだ。
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