第295話 離れる。

 アレン達が切り取られた土地と共に砂漠に飛ばされ三カ月。


 マルヒヒ族の人達が住居している天幕の一つ。


 その天幕の中にはルルマとルルマに似た中年女性と無骨な肝心の中年男性が居た。


 中年女性とルルマとが涙ぐみながら、抱きしめ合う。


『ルルマ、どうか怪我なく』


『お母さん……』


『……』


 中年男性は胡坐をかいて座り、彼女達の様子を黙って見守っていた。


 中年女性がキュッと強くルルマの体を抱きしめて


『ルルマ……私の娘……愛している。愛している。愛しているわ』


『私も愛している。お母さん』


『な、なんで、また私達のルルマなの? 一族の犠牲になるような。いやよ。離れたくないわ』


『私もお母さんとお父さんと離れたくない』


『……っ』


 中年女性は涙をボロボロと流し始める。


『けど、アレンの話を聞いて理解して……私が先に提案したこと……一族にとって必要なことだったのは確かだけど……私は一族の犠牲とは思っていない。私……子供の頃から外の世界を見てみたいと思っていたし……アレンとカトレアは優しい。何より……お母さんとお父さんが生きるためなら』


 ルルマの言葉を耳にした中年女性と中年男性は涙流しながら、別れを惜しむように三人で抱きしめあっていた。






 しばらくしてルルマが天幕の外に出ると、全身を包むようなマントを身に付けたアレンとカトレアの二人が待っていた。


 アレンとカトレアは大量の荷物を追加で作ったソリ付の木箱に積み込んでいた。


 ルルマに気付いたアレンが問いかける。


「もう別れは良いのか?」


「ウン、ダイジョウブ」


「ルルマ、お前は俺達に一緒に来て案内してくれると言った。それは、お前達が言うところの草の民が住む場所……海の民が住む場所……最終的には俺が本来暮らしている国に向うことになる。もちろん、一緒に来るのなら俺がお前の生活を保障する。何回も確認するが……お前はもうここには帰って来られないかも知れない。本当にいいのか?」


「……イイ、ワタシハアレンタチトイク」


「そうか」


 ルルマの両親がルルマの後から天幕外に出てきて、アレンの前にやってくる。そして、アレンの両手をガシッ握り絞める。


『ルルマを』


『娘を頼む』


『アンシン……シテクレ。マカセロ』


 アレンはルルマの両親をまっすぐに見据えて、頷きながら片言で答えた。






 アレン達が切り取られた土地から離れて三時間。


 アレンとカトレア、ルルマの三人はラクダに乗りながら、夜の砂漠を進んでいた。


「んーん、このラクダの乗り心地はなかなかいいな。遅いけど」


 アレンはラクダの背で、背のこぶに足を乗せるようしながら器用に寝転がっていた。その様子を後ろで見ていたカトレアが口を開く。


「あの。そんな乗り方していると落ちますよ?」


「んー大丈夫だよ。砂漠に落ちても痛くないし」


「そういう問題ですか?」


「ハハ、そういう問題……ここは特別に星が綺麗だな。せーかいじゅうのぼーくらのなみーだでうめつくしてぇーっと」


 アレンは夜空を見上げて、ご機嫌な様子で鼻歌を歌いだした。


「……その鼻歌……好きですよね? 聞いたことがないのですが」


「この歌か? この歌は……旅人の歌。俺の家に伝わっている歌でな」


「へぇーそうなんですね。そういえば、私の家にもありましたね」


「まぁ、どこの家にでもあるもんだよね。それより……もう少ししたら休むか」


「確か、三時間ほどしたら休憩を入れるんでしたよね」


 アレンとカトレアが二人で何気ない会話をしている中で、ルルマは黙って二人の後ろについてラクダに乗っていた。


 不意に後ろを振り向いて、ルルマの視力でしか視認できないくらいに遠くなった家族のいる切り取られた土地をちらりと寂しげな表情で見据えるのだった。


「……」






 十分後、アレン達は焚火をしながら休憩していた。


 ルルマは焚火の前で座りながら切り取られた土地の方へ視線を向けている。そのルルマの横顔はどこか寂しげな表情であった。


 ラクダに餌や水をあげ終えたアレンが焚火に近づいて行き、ルルマへと声を掛ける。


「お前もカトレアと仮眠して良いぞ。俺が周囲警戒をしておくから」


「ダイジョウブ」


 ルルマは首を横に振ると……焚火へと視線を向けて、呟くように片言で答えた。


 対してアレンは焚火に薪をくべながら、問いかける。


「……そうか?」


「ウン……カエレナイトオモウト、サミシイネ」


「だから言ったのに……故郷……家族の元へ帰れなくなるのは悲しいって」


「ソウダネ……ケド、コウカイシナイヨウニスルヨ」


 ルルマはそう言うや満点の、星空を見上げた。そして、少しの沈黙の後で、決意を帯びた目でアレンへと視線を向けた。


「アレン……ワタシ、ツヨクナリタイ。タタカイカタ……オシエテホシイ」


「いいよ。お前はつ……」


「? ドウシタノ?」


「いや、なんでもない。お前はどんな武器を使いたいんだ?」


「ブキ……カンガエテイナカッタ」


「そうか。なら、俺が勧める武器を使ってみるか」


「ウン、ソウスル……ソノブキッテナニ?」


「弓……いや、正確には大弓だ」


「ユミハツカエルケド……オオユミッテナニ?」


「ルルマはすごく目が良いだろ?」


「エ……ソウダケド」


「大弓は文字通り、弓を大きくして……更に矢を特別に加工して飛距離を極端に伸ばした弓矢だよ」


「ヘぇ、スゴクトブヨウニ……ナルホド。ワタシ、ミエル……ツマリネラエル」


「そう。そして、アレも使えるかも知れない」


「アレッテ?」


「いや、ここにないモノを話しても仕方ない。とりあえず、ルルマは時間を開いた時にでも普通の弓矢と無いとは思うが距離を詰められた時のためにナイフ術……気取られずに標的を狙うために必要な気配操作術だな」


「イマカラヤル?」


 ルルマが意気込むような表情を見せてアレンに少し近づく。


 ただ、アレンは小さく笑って首を横に振る。


「ふ、いやいや……人生急いだからっていいことない。今は仮眠をしていろよ」


「エ……ウン、ワカッタ」


 それから、三十分ほど休憩を入れた後でアレン達は再びラクダに乗って砂漠を進んでいった。

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