第294話 話を戻して。

 アレン達が切り取られた土地と共に砂漠に飛ばされ二カ月半。


 日が傾き出して周囲の砂漠が赤く染まり出した頃。


 ここは切り取られた土地の近く、地下住居や井戸を掘る時に出た岩を規則正しく並べ四角錐状の形に積み上げられた岩山。


 その岩山の天辺ではアレンが一人で何かやっていた。


 カリッカリッ……カリカリ。


「せーかいじゅーうのぉー。ぼーくらのなみーだぁでうめつくしてぇ」


 アレンは鼻歌を歌いながら、岩山の天辺の平に慣らされた岩肌に何か大きな円の中に幾何学模様……おそらく魔法陣を蛛幻の短剣でカリカリと掘っていた。


 カリカリカリ。


「どんなぁふーうにどんなふーうにぃーぼくはぁーわらいたいんだぁーっとこんなもんかなぁっと」


 魔法陣を書き終えたアレンは鼻歌をやめて立ち上がって……その魔法陣の真ん中に立つ。


 そして、持っていた蛛幻の短剣で左の手の平をスパッと切り裂き……切り裂かれた傷より血液がポタポタと流れ出てきて、魔法陣の上に零れ落ちていく。


 カトレアが岩山を登り近づいてくる。


「アレン、ここに居たんですね……って何をやっているんですか? 血が……」


「んー魔法陣を書いていた」


「魔法陣ですか……ん? コニーさんを呼び出すのとは違いますね? 今から、その魔法陣で何か魔法を使うんですか?」


「いや、俺にはこの魔法陣使えないんだけど」


「え?」


「まぁ、その内誰かが使うだろう」


「ええ……」


「魔法で治すの、面倒だな。まぁいいか」


 アレンはサイドバックから布の切れ端を取り出すと、左の手のひらの傷口の止血をしていった。


 そして、不意に切り取られた土地の周りにいくつも並んだ天幕へと視線を向けられた。


「それにしてもだいぶ人が増えてきたな」


 アレンとルルマとの交渉の結果、ルルマとガルパラの一族……マルヒヒ族をこの地に受け入れることになったのだ。


「ですね。にしても……ここの土地の人達はみんな肌の色は黒なのでしょうか?」


 カトレアの言葉通りマルヒヒ族の特徴としてはルルマとガルパラと同様に顔の彫が深くて、色黒であった。


「そうだな。見た限り、赤ちゃんも黒かったから……生まれつき黒いんだろうな」


「なんだか不思議ですね」


「そうだな。ただ、相手もそう思っているだろうがな」


「確かに注目を浴びていますね」


「まぁ、俺としては肌の色よりも気になるのは……アレだろう」


 アレンはマルヒヒ族が連れてきた動物へと視線が向けた。


 その動物は馬を一回り大きくしたくらい大きさで、背のところに大きなコブがある動物であった。


「ラクダと言う動物。何日も食事をしなくても生きていけると言う……破格さだな。砂漠でしか住むことはできないのだろうか? 寒いクリスト王国へ連れて行くことは出来なのだろうか? 走るのが遅いが……早く移動できるように品種改良とかはできないのだろうか?」


 アレンはラクダを見つめながらブツブツと呟いていたのだが。そこで、カトレアが何か思い出したように口を開く。


「あ……そうでした」


「ん? 何か問題があったのか」


「いえ、ルルマよりマルヒヒ族の一番偉い人……おそらく族長が着いたようでアレンに挨拶をしたいと言っているみたいです」


「どうせ上手く会話できないんだが……必要なことか」


「いや、アレンは十分に話せているのでは? ほら、ガルパラとジェスチャーなくても会話していたじゃないですか?」


「一応伝わるみたいではあるが……。まだまだ単語がすぐに出て来なくて、発音が変らしい」


「そうなんですか?」


「そうだ。……いざとなったルルマがいるか」


 アレンはカトレアと連れだって、岩山を降りて行くのだった。それから、合流したルルマと一緒に天幕が並ぶ中を歩いていた。


 マルヒヒ族の人達にとってはアレンやカトレアの肌が白いことが物珍しいのか、皆少し離れたところからヒソヒソと話している。


 ただアレンの一見子供にしか外見ゆえか、怯えられているといった雰囲気はないが。


「ご……ゴメンナサイ」


 ルルマはどこか申し訳なさそうな表情を浮かべて、片言で話した。


 対してアレンは首を傾げる。そして、ルルマが理解しやすいように単語を切りながら話す。


「? どうして、謝った?」


「イヤ、ミンナ……アレンヲ……ウヤマウベキ」


「俺は、気にしてないから……いいぞ? 交渉した時に、求めた物が、手に入るなら、文句ない」


「ソノヤクソクハ……ゼッタイ」


「なら、文句ないよ」


「アレン……コッチノ……テンマク」


 ルルマの先導で一際大きな天幕へと連れていかれた。


 アレン、ルルマ、カトレアの三人が天幕の中に入ると、まずお香の香りが鼻腔を擽る。


 天幕の奥には木像が飾られた祭壇が置かれていた。


 その祭壇の前ではローブを身に纏った白髪の老人が一人胡坐をかいて座っていた。


『長老様、連れてきた』


 ルルマに声をかけられて、アレン達に気付いた白髪の老人……長老は体の向きを変えて、座り直す。


 そして、アレンを見据えるやしゃがれた声で話し出す。


『この度は我々に水を分け与え、受け入れてくれたことを感謝する』


『イヤ……カンシャ……スルヒツヨウナイ』


 長老の言葉を何とか聞き取ったアレンは拙いながらも、マルヒヒ族が話す言葉で返した。


 アレンが自分達の言葉を話したことに多少の長老は驚きの表情を浮かべた。


『草の民と聞いていたが、我々の言葉を話せるとは……驚いた』


『スコシダケ……コウショウニハヒツヨウダッタ』


『そうか……』


『ルルマ……トコウショウシタ、モトメタモノ……ハ、モンダイナイ?』


『あぁ、もちろんだとも。ここに来てみたモノを譲りうけるには……逆にそれだけでいいか聞きたいところだった。この宝剣を出してもよかった』


 長老は吊るしていた赤い宝石の付いた銀色の短剣を前に置いて見せた。


 ただ、アレンは手を前に出して首を横に振る。


『ヒツヨウナイ、コレハ……トリヒキ』


『そうか……感謝する』


278話と279話の話を投稿し忘れていました。

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