第268話 五十に一つ。

 小屋でアレンとカトレアの二人はしばらく話をしていた。


 一通り話を終えたところで横になっていたアレンは納得したように顎に手を当てる。


「あぁ、なるほどな。カトレアさんは守護神殿の一番下の娘さんで偵察部隊の兵長の一人。グラース殿の前を周囲警戒のために偵察していた。ただ、襲撃を受けた。襲撃で足に矢傷を受けながら襲撃を受けたことを知らせようとしたものの……矢に何か痺れ薬でも塗られていて、体が痺れ、気を失って……この場に居たと。気を失っていたなら俺の気配読みがうまくできなかったということね。ハハ、俺以上に不運な奴が居た」


「……そういうことになりますね。しかし、お父様……いや、グラース将軍は無事なのですね?」


「付き添った訳ではないが、たぶん。クリスト王国では、ベアトリス……クリスト王国の近衛騎士長に兵士を準備させて、多くの解毒薬を作るのに必要な素材を一通り準備するように指示を出していたから。大丈夫だろう」


「はぁーそうか、良かったです」


「はぁーって安心してやるのもいいが……他よりも今の俺達の方が深刻な状況だぞ?」


「そう……ですね」


「最初に話した通り……十日……いや二人に増えたから五日でこの状況をどうにかしないと死ぬな」


「五日」


「絶望的な観測をすると、助かる確率は五十に一つくらいだろうな」


「に……五十に一つ」


 深刻そうな表情を浮かべたカトレアはゴクンと息を飲んだ。そして、ギュッと拳を握った。


「まぁー元気出せよ。いくら深刻な表情を浮かべたからって疲れるだけで……」


 カトレアはアレンの言葉の途中でバッと立ち上がり、頭を抱えた。そして、声を上げる。


「ぐあー金持ちの超イケメンと結婚したかったぁ~。なんで、なんで、なんで、私はこうもツイて何のだ。神様ぁ! 聖女様ぁ!」


「ハハ……」


 しばらく結婚適齢期を逃した女性……カトレアの悲痛な叫びを聞きながらアレンは苦笑を浮かべていた。


 カトレアが落ち着いたところで、アレンは頬をポリポリと掻きながら問いかける。


「えーっと、落ち着いたか?」


「す、すみません。取り乱しました」


「しかし結婚相手くらいなら守護神殿が紹介してくれるんじゃないのか? 俺も紹介されそうになったぞ?」


「いや、お見合いは……私は恋愛して結婚したいんです。そして、脳筋ゴリラしかいないむさ苦しい軍とかに関わらないイケメンがいいのです」


「そうか。なるほどな。それは大変そうだ」


「そうなんですよぉ。婚活頑張っているんですが……なかなか軍に属している女性と言うのは敬遠されるもので」


「んー金持ちってどのくらい稼いでいて欲しいんだ?」


「す、少なくとも私以上です」


「……カトレアさんはベラールド王国国軍所属の偵察部隊の兵長の一人と言っていたが、役職の手当に……それから危険手当もあるだろ? 下手な貴族よりも稼いでいるんじゃないか? 準男爵以上か?」


「いえ、いろいろ含めると貴族なら男爵以上です」


「それは……無理じゃん? ベラールド王国に何人……男爵以上で結婚できる男が居るか知らんけど」


「ぬぅ、友達にもよく言われますが。一生に一度の結婚です。妥協とか……妥協とかしたくないんです」


「そうかぁ、一生に一度だもんな。頑張れよ……ふわぁ、俺はちょっと疲れたから寝ようかなぁ」


「ああぁ、アレン様も友達と同じ反応ぉ」


「……って、そんなくだらない話をしている場合じゃないな」


「く、くだらないって言われた!」


「間違えた。間違えた。えっと話が逸れたな……だった。本音が漏れてしまった」


「本音が漏れたって言われた!」


「ハハ、冗談。冗談。そのカトレアさんの結婚の話は面白かったんだが。また後にしようか。今はこれからどうするべきかカトレアさんの意見を聞きたいな」


「面白い話をしているつもりは一切ないのですが……そうですね。あ……あの私にさん付けなどいりませんよ」


「そう? じゃ、俺のこともアレンと呼んでくれよ」


「え、それは……」


「こうなってしまった以上、運命共同体であるんだ。畏まられてやりづらい」


「運命共同体……わかりました。ここから生きて帰るまではそうさせてもらいます」


「あと敬語もいらなかったんだけど……。まぁ、いいや。それでカトレアはこれからどう行動するのがいいと思う?」


「まずは周辺の把握が急務でしょう。近くに街や村があるかも知れません」


 カトレアは雰囲気を一変させた。


 それは、先ほどまでの恋愛ダメそうな地雷女子からピシッと背筋を伸ばして仕事できる系女子に切り替えていた。


「周囲は俺の召喚する獣に頼もうと思うが。あまり期待しない方がいいかも知れん」


「それはどうしてですか?」


「俺の気配読みによると、周囲に人らしき気配一切無かったんだ。まぁ、お前みたいに気を失っていたりして居たら分からない訳だが……この時間に寝ていたり気を失っていたりしているのは居たとしてもかなり少数だろう?」


「……気配読みの精度と距離はどのくらいなんですか?」


「気配読みの精度と距離については明確に言い表し難いな。ただ集中すれば人の気配があるかないかくらいなら、目に見える範囲は感知することができるよ」


「そう……ですか、つまりは気配読みの範囲外……つまりここから見える範囲外を探さないといけないと……広いですね」


「そうなんだよ。広いんだぁ」


「そうなると、無暗に行動すると命とりになりかねないですね。先ほど獣を召喚すると言ったがアレンはサモナーなのですか?」


「専門と言う訳ではないが、召喚できる獣が何体かいる」


「それはすごい。なら、今から……」


「けどね。労働には対価……それぞれに契約と言うのがあって食料などを要求されるんだよね。この食料が極度に少ない状況ではポンポンと気軽に呼べないんだよね」


「なるほど……召喚するのは今後の方針をちゃんと決めてからがいいですね……。と言っても選べる選択肢も限られますが。周囲の捜索についてはアレンの召喚した獣に頼むとして……問題はその後。もし、集落などが見つかれば良いのですが。ただ、見つからなかったらどうするのか……」


「しかも五日で」


「五日」


 浮かない表情を浮かべたカトレアは腕を組んで考える仕草を見せた。少しの沈黙の後でアレンが口を開く。


「まぁ、とりあえず五日と言うリミットを何とか伸ばしたいよな?」


「ええ、ここで問題となるのは食料よりも水か……どこからか水を確保しなくてはいけないですね。井戸でも掘れたらいいのだけど……」


「井戸を掘るのは俺も考えた。しかし、この土地の地下に水が流れているのか分からないんだよな」


「水が出るかもわからない井戸を掘るのに時間をかけていいのか……」


「あぁ。ただ、ここは死地だ。賭けに出なくてはいけないと俺は考えていた。だから俺の当初の予定としては獣……コニーに周囲捜索を頼んで、その間にこの切り取られた土地の捜索と地面を掘ろうかと思っていた」


「死地……賭け……そうですね。アレンの予定通りに進めるのがいい……よし」


 不意によしっと掛け声を上げてカトレアが立った。


 すると、同時に小屋の埃が舞った。


 アレンは埃を吸い込んだようで咳き込みながらカトレアに問いかける。


「ごほ……どうした?」


「あ、すみません。この小屋の掃除もしないとですね」


「そうだが。突然どうしたんだ?」


「時間が惜しいです。ただアレンは戦闘の疲れと毒の影響で動けないですよね? ならば、まだ動ける私が……今、やれそうなこと、この切り取られた土地の中で使えそうな物がないか捜索しましょう」


「大丈夫か? 足の怪我があるだろう?」


「大丈夫です。痛みはだいぶ治まったってきましたし。それに日が傾き出して暑さも和らいだように感じるから、行動もしやすいと思いますよ」


「あ……そうだ。ここは砂漠と言うところのようなんだが、砂漠は夜になると寒くなるみたいなんだ。ついでに燃えそうな枝とかがあったら拾ってきてくれ」


「寒く……そうなんですね。拾ってきます」


「頼んだ。くれぐれも無理はしないように」


「では行ってきます」


 アレンが休む小屋を後にしたカトレアは切り取られた土地を捜索に入るのだった。

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