第269話 カトレア。

 ここは切り取られた土地の木々が生い茂っている場所だった。


 そこをカトレアが剣で草木を切りながら進んでいた。


「まさか、白鬼アレン・シェパードが居るとは……しかし……なぜ私は殺されないの?」


 思いつめた表情を浮かべたカトレアはポツリとこぼした。


「ここは熱帯の砂漠と言うところ。水は数日分しかなく……とりあえず目に見える範囲に人の気配はなし……危機的状況。アレン様の言葉を借りるなら死地なのよ? ……遭難した際に単独で居るよりも複数人で集まった方が生存できる日数が増えると聞くけど。ただ、それはあくまで普通の人間の場合。語り歌やお父様から聞いていたアレン様は世界最強クラスの剣士であり、強力な魔法を操る世界で五指に入る実力者。私も気配を操るのや剣の腕には自信があるもののアレン様にとっては足手まとい。赤の他人で助ける義理もない。私が居なければ……より長く水が残り。アレン様は生き残る可能性もあがるわ」


 カトレアは木々を進みながら考えを巡らせながらブツブツと呟いていた。そして、ふと立ち止まって近くの木に触れてグッとつかんだ。


「つまり、アレン様は自身が生き残ることのできる可能性を下げてまで、私を? 何の意味があるの? 分からない……英雄様だから? そんな馬鹿な。誰だって……死を前にしたら少しでも生き残れる可能性がある道を選ぶはずでしょう? そうでなければ死生観が……」


 言葉を途中で切ったカトレアは首を横に振った。


 そして、木々の間から見える空を見上げるのだった。


「私は生かされている。それがどんな理由か、分からんが私にとってはアレン様についていくのが一番生存できる可能性が高いの。今は微量だろうとアレン様の力になれるように努力しないと……」


 そこからしばらくカトレアが木々の中を歩いていたが。木々が少なくなり開けた場所に出てきた。


 そこは今いる切り取られた土地の中央部。つまりアレンとモーリスが戦ったベラールド王国とクリスト王国を繋ぐ街道であった場所である。


「あ……」


 カトレアはあるモノを目にして悲しげな表情を浮かべた。


 カトレアが目にしたあるモノ……それは血の海に倒れる百を超える兵士達であった。


 倒れている兵士の多数がカトレアの着ている鎧にも刻まれている紋章と同じ武器や鎧を所持していた。


 それはアレンが戦闘に参入する前に、モーリスが率いたバルベス帝国の兵士と戦闘を行い死したグラースの護衛兵達であった。


 カトレアはベラールド王国国軍所属で偵察部隊の兵長の一人である。知り合いが居たのだろう。


「アルメ……ロン……シーザ……アロー……ナック……こんなところで」


 倒れている兵士達……その中で知っている顔の名前を呟きながらカトレアは、よろよろと歩いていた。


 そして、一つの遺体……茶色の髪を両サイドで縛った髪型の女性の遺体を目にしたカトレアは一瞬ポカンとした表情を浮かべて立ち尽くす。ただすぐに涙を流しながら駆け寄った。


「そんな……ナーシャ」


 カトレアが茶色の髪を両サイドで縛った髪型の女性……ナーシャの遺体を前にしてペタンと座り込んだ。


 ナーシャの遺体の頭部には深い傷があり、その傷からは脳の一部がむき出しとなり……大量の血が流れ出た乾いた跡があった。


 カトレアはナーシャの遺体に覆いかぶさるように抱きしめた。


「なんでよ。私と貴女でどっちが早くイケメン捕まえるか勝負しているじゃない……私の不戦勝になるわよ? 負けず嫌いの良いの?」


 ナーシャから体を離したカトレアは涙を流し、鼻声になりながらナーシャに話しかけた。


「……何、勝手に死んでいるのよ」


 カトレアはまだ乾いていなかった血で濡れるのを気にすることなく、ナーシャの遺体を起こして仰向けにして……開いていた目を閉じる。


「ゴリラしかいない軍内で数少ない気の合う女性友達。私はこれから誰に愚痴を溢せばいいのよ。うう……涙が止まらない……軍人失格だね。私」


 カトレアは次から次へと零れ出てくる涙を拭っていた。


「……ごめんなさい。私が伏せられていた軍の存在にもっと早く気付いて報告できていたら……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 おそらくカトレアが敵の存在をより早く気付いていても、結果はほとんど変わらなかったかも知れない。それだけの戦力差があったのだ。


 それでも、カトレアは自身の非力さに悔い。


 自責を口にしながらカトレアはしばらくその場で泣き続けていた。

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