第263話 白鬼の戦い。2

「赤、喰らえ」


 アレンがそう口にすると赤を目にも留まらぬ剣速で幾度も振るった。


 赤を振るったことにより超巨大な火の塊は細分化されたのだが。


 それでも、アレンの視界はほとんど迫ってきている火の塊で埋め尽くされていた。


 回避不可能だ。


 ほとんどの者がそう思うだろう。


 ただ、アレンにとってはそうではなかったようだ。


 なぜなら異変が起こっていた。


 アレンが赤で切り裂いた火は赤の刀身に吸い寄せられるように集まりだし……赤の刀身へと飲み込まれるように火が消えてしまったのだ。


 そして……一分もしない内に超巨大な火の塊は姿を消していた。


 アレンは何食わぬ顔でそこに立っていた。


 もちろん無傷で。


 ただ一つ変わったところがあるとすれば、アレンの持っていた赤の刀身は烈火のごとく赤く輝いていたことだけだろう。


 その様子を目にしていたモーリスは目を細めた。


「……っ」


「ふぅー熱い」


「何をしたのだ?」


「ん? 剣に火を喰わせた」


「馬鹿な。そんなことがあってたまるか」


「あってたまるかって……本当のことだから仕方ないだろ? この剣の元となった……爆炎の支配者とも炎帝とも不死龍とも呼ばれるルビア・シャイン・ハイレーゼ・レッドドラゴンはすべてを焼き尽くす烈火の炎を吐き出し、炎を喰らい肉体を再生させる。そんな化け物の牙を使って作られた剣だ。……火くらい喰らうだろう?」


「ルビア……あの邪龍の牙だと。ふざけておるのか?」


「ふざけてないよ。本当のことだ。火を返してほしいなら返すぞ? 【風切】」


 アレンは赤を構えるや、その赤を振り抜いた。


 すると、赤く……火を纏った斬撃がモーリスへ向けられて放たれる。


 モーリスは冷たい汗を流した。


 そして、思考を巡らせる前に……無意識に……咄嗟に……それは生存本能による直感か、長く戦いを積んだ経験ゆえか……手を前に出して【シールド】の魔法を発動していた。


 アレンが放った火を纏った斬撃はモーリスの強固な【シールド】を一枚……二枚とバターのように切り裂き。


「っ!」


 最後……モーリスが直前で作り出した三枚目の【シールド】が火を纏った斬撃と激しくぶつかりあった。


 火を纏った斬撃はモーリスから逸れ……厚い雲を切りながら上空へと消えていった。


「さすがに【シールド】は抜けられると思っていたが……三枚もあったのか」


「はぁ、厄介な剣を持っておるな」


 モーリスは呆れ顔でため息を吐いた。そして、アレンを脅威に感じてか……距離を離すようにさらに高度を高くした。


「お前こそ……そろそろ、遊びはやめて……お得意の毒は使わないのか?」


「うむ、確かに面倒臭くなってきたの」


 一度頷いたモーリスは肩にかけていたバックに手を突っ込み、ガサゴソとバックをあさり……まずは布を取り出して口元を布で覆い。


 そして、人の頭ほどの赤色の卵を取り出し……その姿を見せつけるように前へ出した。


「儂の最高傑作である『ドクドクエッグ』だ」


「守護神殿とかに使った毒と同じものか?」


「いやぁ。本物化け物であるお主にはあんな軽い毒が通用するとは思えん。これは……そうか、奇しくもお主の上官であったカーベル・スターリングを殺した物と同じ毒だな。ひょひょ」


「そうか……目にするのは初めてだ」


「ひょひょひょひょひょひょひょ、そうであったな。お主はその場に居なかった」


「糞が……」


「褒め言葉か?」


「違うだろうな」


「年老い……力を失ったカーベルの軍にあってお主の率いていた……魔法兵団の前身である火龍斥候隊が異質なほどの力を有しているのは間者から報告を受けていたのでな。そんな面倒な連中は陽動で……退場してもらうに限るだろ?」


「軍略として当然だな。しかし、お前のやり方は糞だったが」


「報告通りお主は甘いようで詰まらない情に流される。戦線の近くにあった村々の草民どもに狂気する毒を飲ませ……殺し合いをさせる。それだけで面白いように引き出されてくれたの? ひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょ」


「一般人に毒を使いやがって……やはりお前は殺さないといけない奴だった」


 アレンは冷徹な表情で鋭い視線をモーリスへと向けた……全身に剣先を突き付けられていると錯覚するほどの殺気が放たれる。


 そんなアレンの荒ぶる感情に呼応するように握っていた赤が強烈な火を放ち……長く火の大剣が姿へと変貌させた。


「まぁ、儂はお主を甘く見ていて……その後、左目を奪われ、部下をだいぶ失ったがな。今度甘く見ることはないのでな。確実に苦痛の中で終わらせてやるわ」


 モーリスは赤い卵……ドクドクエッグを手放すと空中にフワリと浮き上がる。


 次いで、前に手を突き出した。


 すると、モーリスから下方の離れた位置に透明な液体……水が集まりだして丸く塊が出来はじめて……水の塊は直径百メートルを超える大きさへとなった。


 最後に空中に浮かんでいたドクドクエッグが動き出して超巨大な水の塊の中に吸い込まれ……超巨大な水の塊は赤く毒々しい模様の塊へと変貌を遂げた。


「完成……大魔法【ポイズンレインランス】」


 モーリスが前に出していた手をグッと手を握ると毒々しい模様の塊から数百を超える無数の槍が生み出されてアレンへと降り注いだ。


 その物量たるや、まるで槍の雨だった。いや、毒も含まれている……ただの槍の雨よりもたちの悪いかもしれない。


「これは避けられんな。【風切】」


 アレンは赤を振り抜き、火を纏った斬撃を生み出した。


 その斬撃は毒の槍の雨を吹き飛ばして……その毒の槍を発生させている毒々しい模様の塊さえも切り裂いた。


「……面倒」


 アレンは顔を顰めた。


 アレンが弾き飛ばした毒の槍、アレンから狙いが逸れて地面に刺さった毒の槍が元の液状の毒へ変わって……その毒に触れた草木をボロボロに腐食した。


 さらに切り裂かれた毒々しい模様の塊があって……切り裂かれながらも飛散せずとどまっていた。それは、つまりはモーリスの魔法【ポイズンレインランス】がキャンセルされていないことを意味していた。


 実際に毒々しい模様の塊から再び無数の毒の槍がアレンへと降り出した。


「っ【風切】」


 アレンは赤を連続して振り抜き……火を纏った斬撃を放ち毒の槍を弾く。そして、毒の槍が降ってこない位置にまで逃げようと駆け出した。


「ふん、毒の槍から逃げることなど出来んぞ」


 モーリスの言葉通りであった毒の槍はアレンを中心にして降り注ぐようになっていて、アレンがいくら移動しようと同じであった。


「嫌らしい魔法だ」


 アレンは赤を片手……右手に持ち替える。


 そして、咄嗟にサイドバックに左手を突っ込み、蛛幻の短剣一本とブーメラン一本を取り出した。


「ん? 何をやろうとしておるな」


 アレンが何かしようとしているのを察したモーリスは毒の槍の降り注ぐ量を増やす。


 アレンは右手で赤を振い斬撃を飛ばして、毒の槍を弾く。


 しかし、物量が増えたことで防ぎきれなかった毒の槍を横跳びして……冒険者服の左肩のところに傷を負いながら躱した。


 ただ、アレンの着ていた冒険者服で毒の槍が掠めた左肩の傷が溶けるように浸食し始めた。


 それを目にしたアレンはすぐさま冒険者服……上着のジャケットを脱ぎ捨てる。


 それでも苦悶の表情を浮かべて体をよろめかせ……何を持っていなかった左手を地面について座り込んでしまった。


 アレンの左肩のところには赤と紫の斑点が見て取れる。


「ぐっ……掠っただけなんだがな」


 アレンは右手に持っていた赤を杖にして立ち上がろうとしても立ち上がれないようであった。


 そんなアレンの様子を目にしたモーリスは毒の槍を止めた。そして、勝ち誇ったような笑みを浮かべて……口を開いた。


「ようやく当たったかの。ドクドクエッグに使った『八夜毒(はちやどく)』には強力な毒性に加えて浸食性もあり触れただけで……ひょひょ。指一本動かせんほどの痺れ、体を引き裂くような激痛が全身を支配する。そして、苦しみの中で八日を過ごし、八日目の夜を見て必ず死……」


 カンッ!


 モーリスの言葉の途中で……甲高い金属音がモーリスの背後より鳴り響いた。


「じゃ、その毒返してやろう」

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