第264話 白鬼の戦い。3

 背後で響いた金属音に反応したモーリスが音の聞こえた方へ振り返るが……モーリスの左肩に蛛幻の短剣が深々と突き刺さった。


「ぐ……これはどうやって。何か特別な魔法を使った気配など」


「……これは魔法ではない。お前は気付いていなかったが、毒の槍を躱す瞬間に左手に持っていた短剣とブーメランを投げ……ブーメランに短剣をぶつけて方向をお前の背中へと向けた」


「そんなことが馬鹿な」


「褒め言葉として受け取っておこう。いくらお前が化け物でも……これだけ複数かつ高レベルの魔法を使って背後にまで【シールド】を張ることはできないと読んだが。当たってよかったよ」


「しかも……儂の八夜毒を」


 モーリスの肩……短剣が突き刺さったところから赤と紫の斑点が広がっていくのが見て取れた。


 モーリスの言葉にアレンは口角を上げて、答える。


「あぁ。ちょうど、そこら辺にいっぱいあったからな。使わせてもらった」


「ぐう」


 苦悶の表情を浮かべたモーリスは突き刺さっていた短剣を肩から引き抜いた。


 ただ魔法を維持できなくなり、高度を徐々に下げ……地面へと降りて倒れ込んでしまった。


 倒れ込んだモーリスを目にしてアレンは表情が優れないながらも笑って見せた。


「ハハ……ようやく……ようやく師匠の仇が討てそうだ」


「ひょひょひょひょ。馬鹿め! 儂が解毒薬を用意していないと思ったか!」


 モーリスは地面に倒れながらも、バックから青い色の液体の入った小瓶を取り出してアレンに見せつける。


「やっぱり、そうだよな。よかった」


「何を言っておる? お主に解毒薬をやることは天地がひっくり返ってもないぞ。ひょひょ」


「俺は最近……新しい技を完成させた」


「急になんの話を始める? おかしくなったのか?」


「その名は……【神落(かみおとし)】」


 【神落】と口にすると、毒により痺れて動かなかったはずのアレンがムクッと立ち上がったのだ。


 アレンが立ちあがったのを目にしたモーリスは驚愕し……狼狽える。


「な、なぜ、立つことができる。毒が効かなかった? いや、腕の赤と紫の斑点……それは毒が効いている証拠だ」


「毒は痛いくらいに効いているよ。ただ、今の俺は【パワード】の肉体強化で強制的に体を動かしている。最近ようやく加減して使えるようになってきてな」


「【パワード】で強制的に体を動かすだと? そんなことできる訳」


「馬鹿な。と言われてもちゃんとできているだろ?」


 アレンは手をグーパーと動かしてみたり、体を自在に動かして見せる。


「そんな……いや、動かすこと自体はできなくもないだろうが。そのように体を普通に動かすことなど……緻密な魔法のコントロールが要求されるのだ」


「あぁ、だから身に付けるのには長い時間がかかったよ」


「……馬鹿な」


「魔法において世界最強の魔法使いとも言われている老怪に驚いてもらえるとは光栄だが。……そろそろ終わらせてもらう【神無】」


 アレンは【神無】と口にするや、スッと姿を消した……。


 次の瞬間、アレンが立っていた場所がクレーターのように大きく凹み。モーリスの右腕がスパンと切り裂かれて……宙に舞った。


「ぐがぁああああああ!」


「これは俺がもらうことにする」


 アレンの手にはモーリスが持っていた青い色の液体の入った小瓶……解毒薬が握られていた。


 そして、解毒薬の入った小瓶の栓をキュポッと抜くと一気に飲み干した。


「うげ、不味い」


「が、わ、儂が……こんなあっけなく」


「ふん、人生とはあっけないもんだ。お前が踏みにじってきた命達と同様にな……。選べ。ここで死ぬか。これから俺が作る解毒薬で生き延びて……一生を牢屋の中で暮らすか」


「何を……何を言っておる。お主などに八夜毒の解毒薬を作ることなどできる訳がないだろう」


「いや、この毒が本当に俺の師匠を殺した毒と同じものだとしたら。俺は師匠の体内にあった毒から……長く研究して解毒薬は作れていた。もちろん、俺の頭の中にそのレシピが入っている」


「馬鹿な……」


「選べ」


 アレンは赤の剣先をモーリスへと突き立てた。


「儂は……」


 モーリスの心臓辺りが輝き……魔法陣が服の下からうっすらとみることができる。アレンは警戒して、スタンッと後方へ飛び去って……赤を構えた。


「何をするつもりだ?」


「ひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょ」


 アレンの問いかけに答えることなくモーリスは寝そべり腕を広げて狂ったように笑い出した。


 その間もモーリスの魔法陣が輝きを増していった。


 そのモーリスの様子を目にしてアレンは表情を顰める。そして、刹那的な時間の中で考えを巡らせる。


 どうする。


 どうする。


 どうする。


 どうする。


 すごく、やばい気がする。


 道ずれか……まさか、モーリスがそれを選択するとは思わなかった。


 モーリスのことだ、例え帝国を裏切るようなことになっても意地汚くも生き残る道を模索する奴だと思っていたが……何か心境の変化でもあったのか?


 道ずれは御免だ……モーリスにとどめを刺す?


 いや、近づくのは危険だ。


 逃げる?


 これはアリソンの古代魔法【コア・グラビドン】に近しい脅威を感じる。


 地形一つくらい変えてしまうほどの……だとすると、ここから逃げ方も考えないといけない。


 どうする……見極めるしかない。


 アレンが心の中で覚悟を決め……赤を構えなおしたところでモーリスの笑い声が止んだ。


 モーリスは不敵な笑みを浮かべる。


「……アレン・シェパード、あの世で酒でも飲もうぞ! 大魔法【ブレイクホール】」


【ブレイクホール】の言葉と同時にモーリスを中心に空間が歪んだ。


 空間の歪みは……渦のようになっていく。


 渦が大きく広がり……空間に真っ黒な穴が開いた。


 真っ黒な穴が大きく広がっていき、周りの物を飲み込んでいったように見えた。


 アレンの思考は危機的状態に陥り、加速していた。


 この時、アレンには見ている世界がスローモーションに映っていた。


 アレンはまず【風切】……握っていた赤を思いっきり振り抜き……巨大な斬撃を真っ黒な穴へ向けて放った。


 しかし、アレンの放った斬撃は広がり続けている真っ黒な穴に消えてしまった。


 次いで【神落】を使って本気で走った。アレンが考えた【神落】の本来の使用用途は痺れた身体を無理矢理に動かす為のものではない。人間の動きにはどうしても目で見てから身体を動かすまでに時間を要してしまう。アレンはその刹那とも言える時間すらも嫌い短縮するために【神落】と言う技を考え出したのだ。その仕組みとしては魔法でどう動くか事前に決めておき、肉体に動きを強制するものだった。


 よって、アレンは音すらも置き去りにして高速で地上を駆けた。


 それでも、モーリスが魔法で作り出した真っ黒な穴は広がり……周囲の物を無差別に飲み込んでいき、アレンの背後に迫ってくる。


「病み上がり……いや、毒上がりではこれ以上は無理だな。あとは俺の幸運に賭けるほかないな」


 アレンがそう口にした瞬間、アレンは広がり続けた真っ黒い穴に追いつかれ……飲み込まれてしまった。

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