第246話 モーリス・ファン・ゴーウィン。
ここはユーステルの森。
そこには隠されるように天幕が建てられていた。
天幕の中はほろ暗く……小さな蝋燭の火のみがユラユラと揺れていた。そして、コリ……コリ……という固い石が擦り合う音が聞こえてくる。
口元を白い布で覆って顔を見るよくことはできないものの……ローブを纏った左目を深く傷つけられて塞がった老人が一人居るのが見えた。
その老人は枯れた声で呟く。
「ヒポルテ草……オルグ草……アルサルムの日干しをすり潰す」
いくつかの草や乾燥された虫の日干しを薬研でコリ……コリ……という音を鳴らしながら細かくすり潰していた。
「乾燥させたガブルの血液を少しずつ加えて……」
瓶に入っていた黒々しい結晶を薬研の中に加えて、さらに細かくすり潰していく。
その時、天幕の外から女性の声が聞こえてくる。
「モーリス様、よろしいでしょうか?」
「おぉ、ラルトスか。ちょっと待て」
老人……モーリスは薬研の動きを止めて、立ち上がり天幕の外へと出た。
そして、天幕から離れると石に腰かけて、天幕の外にいた女性……ラルトスと向き合った。
「モーリス様……定期報告に参りました」
「ご苦労。それでどうじゃ? アレは回せているか?」
「手筈通りに問題なく」
「ひょひょ、うーすーくしているであろうな?」
「抜かりなく」
「国もまだ気づいていないだろう?」
「……特に動いてはおりません」
「そうか。そうか……それはよかったの。アレは蓄積するので……気付いた時には……いや、いやいや一人だけ気付く奴がおるなぁ。おる。ひょひょ、昔みたいに怒り狂ってくれるかの……それで奴の情報は?」
モーリスは口元を覆っていた布を外す。そして、左目の傷に触れながら問いかける。
「奴の件は手を尽くしているのですが捜索網に引っかかりません」
「そうかぁ……」
「やはり噂通り、国外に出てしまったのではないでしょうか?」
「ひょひょ、そんな訳がなかろうて? ないのぉ。この国に近づいて以降……ずっと疼いて仕方ないのだぁ。奴から受けたこの左目の傷が」
表情を抜け落ちたように無表情となって……生きていることを後悔するほどの圧倒的な殺気が放たれる。
周囲にいた魔物達の多くが逃げ出した。そして……モーリスの目の前に居たラルトスは顔を青くして……カタカタと震えだす。
「ひぃ……」
「ん? うお、しまった。しまった。殺気が漏れてしまっておったか」
「い、いえ……私の鍛錬不足にあります」
「ふ、そうだの。それで? 他に目ぼしい情報はあったか?」
「一つ」
「なんだ?」
「今、クリスト王国ではセーゼル武闘会というモノが開催されているのですが……そこにベラールド王国の守護神グラースとハンバーク公国の猛風ラベルトが滞在中とのことです」
「ほうほう、猛風は知らぬが守護神殿か……懐かしいのぉ。昔、奴のガキを殺してやった時のことが懐かしいわ」
モーリスの口元が新月のように歪めて不吉な笑みを浮かべていた。
そして、曇天の空を見上げて続ける。
「ひょひょ……まさかまさかこの国に守護神殿がおられるとはのぉ。堅牢な城を攻略する手間が省けるな。それで守護神殿の予定は決まっておるのか?」
「セーゼル武闘会が閉幕して十五日ほど滞在した後に……帰国なされるとのことです」
「そうか。そうか。では守護神殿の部下の正確な数と帰国の道を調べよ。あとは作戦展開している私の精鋭を集めよ」
「かしこまりました。では」
ラルトスがぺこりと頭を下げて、立ち去る。そのラルトスの後ろ姿を見送りながらモーリスは不気味に笑い……その笑い声はユーステルの森に響いていた。
「ひょひょひょひょ……」
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