第228話 赤。

 ホランド達が帰還した翌日の早朝。


 ここはアレン達が暮らしている屋敷の外に作られた修練場。


 修練場からはホランド達が屋敷の周囲を走っている姿が見える。


 ……もう一時間近く走っているにも関わらず、魔法による補助の影響か競争馬かって思うほどに速く走っていた。


 そんな中、表情が優れないでいるアレンが屋敷から出てきて修練場に現れた。そして、修練場に作られたベンチに腰掛けた。


「アイタタ……飲み過ぎたな。よっと」


 アレンの手にはホランドがサンチェスト王国より持ち帰った剣……赤が握られていた。


「雨晴の奴はホーテに渡すことができたが……」


 赤は鞘と塚、鍔が真っ赤で装飾などが一切無かった。


 それで一つ、目を引くのが赤の周りには黒い紐でぐるぐる巻きにされていて……剣が抜けないようになっていた。


 アレンは赤の塚頭を待ちながら、赤を眺めながら語りかけるように言う。


「お前は結局俺の元に戻ってきたな……他に気になる奴はいなかったのか? 戻ってきても俺がお前を使ってやれる機会なんてもうないかも知れないのに」


 赤の周りに巻かれていた黒い紐を解いていく。そして、鞘に手をかけて赤をゆっくりと引き抜いていく。


 露わになった赤の刀身は、半透明で……その名のごとく燃える炎のような真紅の赤。


 そして、どうして存在できるのか不思議なくらい……それこそ紙のように薄い刀身であった。


 赤は言葉を飲むほどに美しく、存在しているのが不思議ほどに儚い剣であった。


「まぁ、お前は俺でも手に余るんだ。手にした奴が可愛そうだな」


「あ……アレンさん、走り終わりました」


 先ほどまで走っていたホランド、そしてリン、ユリーナ、ノックスがちょうどアレンの元に走り終わったことを報告しに来た。


 ただ、ホランド達の様子がいつも異なっていた。


 ホランド達の視線はアレンが手に持っている赤を捕えて離せないと言う様子であった。


「あ……あぁ」


「え、あぁ」


「あsdfghjkl」


「す……あぁ」


 熱に侵されたような表情になったホランド、リン、ユリーナ、ノックスがフラフラとアレンが手に持っている赤に近づき、手を伸ばそうとした。


「あ、忘れていたな。そう言えば、この剣には人を魅了するって力もあるんだった……」


 ホランド達の様子を目にしたアレンは思い出したように呟き。そして、赤を素早く鞘に仕舞い、黒い紐を巻いた。


 赤の刀身が鞘に隠れたところでホランド達は我を取り戻したようにハッとなって立ち止まる。


「え、アレ……」


「あ……なんだったの」


「え、あ……」


「なん……だったんッスか」


 アレンは一番近くにいたホランドの肩にポンッと乗せて声を掛ける。


「お前達、大丈夫か?」


「え……あ……お、俺は一体……剣に吸い込まれそうになって……アレ? すみません」


「なんだったの……」


「ふすん」


「すごく綺麗な剣が……なんかヤバかったッス」


 動揺している様子のホランド達に対して、アレンは赤を横に持ち替えて、赤へと視線を落として口を開く。


「お前達はこの剣に魅了されていたんだ。この剣にはそう言う力がある」


「そんな、剣に……いや、でも確かに……」


 ホランドが驚愕を隠せないと言った様子であった。


「コイツは鍛冶師バーゼスト・コダードが最高の素材で作った……世界で見ても最上に位置する名刀だからな」


「バーゼスト・コダードって……まさか、あ、あの伝説の鍛冶師と言われているバーゼスト・コダードですか? いや、それだけすごい剣を打てるのは彼しか……」


「あぁ、そのバーゼストで間違いない。この剣について気なるなら少し話そうか」


「お、お願いします」


「分かった。ちなみに、この剣のことをホーテの奴にどこまで聞いている?」


「え、えっと、アレンさんにしか扱えない危険な妖刀であると、死にたくなかったら絶対に剣を抜くなっと言っていました」


「ふ、妖刀……間違っていないな。それはコイツの素材に関わる話になるだろう。前に話したか、ルビア……世界に十九いるとされるナンバーズの十三番目の魔物ルビア・シャイン・ハイレーゼ・レッドドラゴンの牙がこの剣の素材だ」


「そんな!」


「ルビア・シャイン・ハイレーゼ・レッドドラゴンの牙……って!」


「ふすん!」


「どえええええ、ナンバーズのルビア・シャイン・ハイレーゼ・レッドドラゴンの牙ッスか!」


 ホランド、そして黙って話を聞いていたリン、ユリーナ、ノックスもたまらないと言った様子で声を上げた。


「まぁ、驚くよな。ルビア・シャイン・ハイレーゼ・レッドドラゴンの牙の剣とだけ聞いたら欲しがる者達は多いだろう。ただ、コイツはルビアの気性の荒さと気高さを引き継いでえらい物騒な剣で普通の人……いや、ちょっと腕に自信のある剣士でさえも魅了されて狂うっちゃうのがオチだから……あまり人には話さないようにな?」


「おいそれと話せる内容ではないですよ」


 なんだか驚き疲れた様子でホランドが答えた。


「そうか、ならいい。さて、走り終わったなら……朝食を食べに行こう」


 アレンがベンチから立ち上がって、屋敷へと歩きだした。すると、それに続きリン、ユリーナ、ノックスの三人が歩き出す。


「そうね。お腹減ったわ」


「ふすん」


「腹が減ったッスねぇ」


 ホランド一人だけがその場に立ち止まって、アレンの後ろ姿を見つめていた。


 アレンさんはあのルビア・シャイン・ハイレーゼ・レッドドラゴンと牙を切り取るほどの戦闘を……本当にすごい人だなぁ。


 ……ん? アレ? ちょっと待てよ?


 気配を広範囲で感知することができるアレンさんがルビア・シャイン・ハイレーゼ・レッドドラゴンほどの化け物の気配を感知し違えるはずがない。


 つまり、偶然に出会ってしまう可能性はゼロに等しいよな。


 ……それは、アレンさんは自らルビア・シャイン・ハイレーゼ・レッドドラゴンに戦いを挑んだのか?


 ……なんの為だったんだろ?


 一人考えを巡らせていたホランドは首を傾げたのだった。

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