第217話 噂話。

 食事を続けていたアレンはパンを手に取ると、千切って口の中に放り込む。


 そこに、ちょうど渋めの男が店に入ってきた。


「おす」


「おー久しぶりじゃねーか。里帰りはどうだったよ? 病気していた田舎のお袋さんは元気なったのか?」


「いや、それはまだ」


「そうなのか?」


「あぁ、俺は懐が厳しくなって、妹に一旦任せて戻ってきた。ごほごほ……」


「どうしたんだ? もしかして、お袋さんの病気もらって来たんじゃねーだろうな?」


「ごほ……いや、大丈夫。体調は悪くない」


「そうか? 俺達、冒険者は体が資本だから、気を付けろよ?」


「分かっている……ごほごほ」


「本当に大丈夫かよ。……次から復帰するのか?」


「あぁ。その予定だが……結構ブランクが出来ちまったから役に立つか、不安だぜ」


「ガハハ、『空槍』と呼ばれたバンチナ様の言葉とは思えんな」


「ごほ……昔のことだろう、俺も年だからな……その名にふさわしくないだろうな」




 二つ名持ちか。


 しかし、おっさんの言う通り、歳をとったか……もしくはなんかの病気かな?


 二つ名持ちにしては……だいぶ気配が弱く感じる。


 あ、そう言えばホーテの二つ名に似ているな。天槍……だったか? いや、アイツの場合、腐るほど二つ名があったから何とも言えんか。






「はぁ、ルシャナちゃんが居ないと寂しいなぁ。この店は」


「おいおい、聞いたか?」


「んあ? なんだよ」


「それがよ……ごにょごにょ」


「ぐあーウソだろ?」


「いや、これはあくまで噂なんだが」


「あの元火龍魔法兵団副団長……『千理』のアリソンが死んだなんて! 俺、ファンだったのに!」




 ガタ……。


 アレンは座っていた椅子から立ち上がった。そして、噂話をしていた男達へと視線を向けた。


 アリソンが死んだ!


 ……いや、待て待て……あくまで……噂だよな?


 軍人が死んだと噂さえることは往々にあることだ。


 アリソンを殺せるような奴……そうそういるものではないが。


 アイツには甘いところがあったから……百万歩譲って負けるならあり得るかも知れん。


 しかし、緊急事態に備えていろいろ準備させていたし、逃げられずに殺すとなると相当……難しい。


 ……アリソンがそんな簡単に死ぬ玉ではない。


 ……。


 サンチェスト王国に言ったホランド達が帰ってこれば分かるか……。


 しばらくアレンがその場に立ち尽くしていたのだが。隣に座っていたリナリーがアレンの服をクイクイと引っ張って問いかける。


「ねぇ、どうしたの? 怖い顔して」


「いや……いや、なんでもない」


 アレンは首を横に振って、椅子に座って昼食を再開させる。怪訝な表情を浮かべたリナリーはさらにアレンへと問いかける。


「それで……どうなの?」


「え? どうって? 悪い、何の話だった?」


「だから、噂になっている王国が主催する大会には出るのかって聞いたのよ」


「いや、どうだろう? 噂で本当に開催するの?」


「そうみたいよ? おと……じゃなくて……えっと、とにかく本当みたいなの」


「そうなんだ……リナリーは出場するのか?」


「私は……しないけど」


 アレンの問いかけを聞いたリナリーは、どこか不満げな表情を浮かべた。


 その不満げな表情からは本当は出場したいと考えていることがありありと伝わってきた。


「そうなんだ……俺は出てみようかなぁ。面白そうだし」


「おいおい、それは本当かよ?」


 おかわりしていたエールを飲んでいたスービアが身を乗り出した。


「あぁ一応な」


「そっかぁ、賭けがあるって話だ。アレンに賭けて一儲けできそうだな」


「何言っているんだか……俺は少し覗いてみるだけのつもりだからな」


「なんだよ。稼がせろよぉ……そうだ! いつ負けるのか教えとけよ。そのタイミングで逆に賭けるぜ! ガハハ!」


 酒が回ったのかスービアは陽気にアレンの頭をポンポンと叩いた。対して、アレンが苦笑する。


「ハハ……どんな大会になるかもわからないのに気が早いぞ」


 ダンッ!


 リナリーがテーブルを強く叩いて、抗議の声を上げる。


「駄目よ! そんな不正じゃない!」


「なんだよ。冗談じゃねーか! ガハハ」


 リナリーに詰め寄られて、スービアが苦笑しながら答えた。それから、アレン達は食事をしつつ雑談をしたのだった。


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