第198話 ラーセット・シュタイン。

 ホランドがタルホに調査依頼を出して、一週間後。


 夕食を済ませた夜のことだった。


「……っ」


 ホランドは泊まっていた宿の部屋に入ったところで、暗がりから現れた短剣が首元に突き付けられた。


「こんばんは。聞いていたよりもいい男じゃない」


 部屋の中は暗く見ることができないが、ホランドの背後から女性の声と思われる声が聞こえてきた。


 それと同時にアレンの威圧とは別の……底冷えするような鋭い殺気がホランドの全身にまとわりつき、ゴクリと息を飲む。


 ホランドは自身の足がカタカタと震えているのを感じた。


「ま、まったく気配がなかった」


「当たり前でしょ」


「……予想より、早かったですね」


「あら、来ることが分かっていたみたいね。私達にはこの辺りに伝手が居てね。アレン団長と一緒に森に消えた冒険者達がこの街に再び現れたのを知ったら……そりゃ来るわよ」


「なるほど、俺達がアレンさんと同行していることが分かっているのはローリエからですね」


 そうか。


 情報屋を使って自分達のことを知らせて呼び寄せる……と言うアレンの作戦は意味なくなってしまったな。


 あぁ、情報屋の金貨が無駄になったか。


 内心無念を感じながらホランドが頷く。そして、ホランドの顎先を指先で触れられて感覚があると、女性の問いかけが聞こえてくる。


「それでぇ? 目的は何かしら?」


「何って……アレンさんからの手紙を届けにですが」


「あら、そうなの?」


 どこかつまらなさそうな声が聞こえてくる。それと同時にホランドに向けられた殺気が飛散して消える。


 パチンと指がなる音が響くと、宿の部屋がパッと明るくなる。


 ホランドとそして、ホランドの背後から首元に短剣を突き立てている癖のある長い金髪の女性が明るくなった部屋で見てとれた。


 金髪の女性は短剣を引いて、短剣をクルクルと回し手慣れた感じで鞘にしまった。


「ごめんなさいねぇ。ちょっと……いろいろあって最近殺気だっているの」


「……アリソン様のことですか」


「……そうね。正直、いや……貴方に話すことではないわね」


「……」


「立話もなんだし。座りましょうか」


 金髪の女性はスタスタと部屋を歩いていってソファに座って足を組んだ。


「……」


「ん? どうしたの? 座ったら?」


「いえ……」


「何、私のことは団長から聞いていたのよね?」


「ええ。聞いていましたよ。ラーセット様」


 どこか緊張した面持ちのホランドは頷き答える。そのホランドを目にした金髪の女性……火龍魔法兵団の元副長であるラーセット・シュタインがクスリと笑う。


「ふふ、私に様なんて付けなくていいわよ」


「……なら、ラーセットさんと呼んでもいいでしょうか?」


「ふ、まぁーいいわ。そろそろ座ったら?」


「え、あ、はい」


 ホランドはいそいそとベッドの端に座った。


 そして、近くにあった鞄から二通の手紙、ワイン一本を取り出して、ラーセットの座るソファの前にあったローテーブルの上に置いた。


 ホランドが置いた手紙の一通を手に取ると、ラーセットは表情を綻ばせながらアレンが書いた文字をスッとなぞる。


「これが団長からなのね。……筆跡もちゃんと」


「ただ、中の文章は暗号になっているので……頑張って解読してくれとのことです」


「そう。それよりも……ねぇ……一つ聞いてもいいかしら?」


「え、あ……はい」


「私の分の手紙は?」


「……」


 先ほどの殺気と変わらぬほどの……先ほどとは違い殺気はないのだが、押し潰されてしまいそうな威圧を感じ、ホランドは背中に冷たい汗を垂らしていた。


 あぁ、やっぱり……ラーセットさんの分の手紙も必要だったじゃないですかぁ。アレンさん。


 すごく怖いんですけど。


 本当にアレでうまくいくんでしょうね。最悪、俺がラーセットさんに殺されてしまいそうなんですが。


 ホランドは気を決したように、グッと拳を握ると手紙と一緒に置かれていたワインを手に取った。


「えっと……えっと、ですね。ラーセットさんにはこのワインをと」


「ワイン?」


「ラーセットさんには小難しい手紙よりもうまい酒のが喜ぶだろうだそうです。ち、ちなみにこのワインはクリスト王国と言う国の国王様から頂いたもので」


「へぇーそうなのね。私も団長から手紙も欲しかったけど、小難しいならねぇ」


 コロリと機嫌を直したラーセットはホランドから手渡されたワインを興味深げに見始める。そのラーセットの様子を目にしたホランドが内心では胸を撫で下ろしていたことは誰も知らない。


「それで……ラーセットさん」


「ん? 何かしら?」


「俺……いや、俺達をホーテさんのところに連れて行ってくれませんか?」


「んー手紙くらいなら、私が持って行ってあげてもいいけど……そうね。そうしましょうか」


「ありがとうございます」


「じゃあ、明後日の早朝に出ましょうか」


「はい、よろしくお願いします」


「ふふ、外のお仲間にもちゃんと話しておいてね」


 ラーセットは視線を部屋の扉の方へと視線を向けて、クスクスっと笑った。その時、ホランドの部屋の扉の前にはリン、ユリーナ、ノックスの三人が気配消しを使って聞き耳を立てていた。


「は、はい、すみません」


「実力はありそうだけど……気配消しはまだまだ……いや、一人消し方の上手い子も交じっているかしら?」


「リンですかね。アレンさんから習って一番うまいと言われていましたから」


「そう。けど、この宿の中で突然に気配が消えたら誰でもびっくりして警戒するから……そう言うところも気を付けるようにね。入ってきて私にアレン団長との話を聞かせてくれる?」


 リン、ユリーナ、ノックスがホランドの部屋の中に入ってきた。それから、ホランド達はラーセットにこれまでのアレンとのことを話した。まぁ、主に魔族関係……そして、アレンの女性関係はラーセットの機嫌が急激に悪くなったから伏せていたようだが。


 三十分ほどアレンの話を聞いたところで、ラーセットが口を開く。


「さてと、今日のところは帰ろうかしらね」


「え、もう帰られるのですか?」


「ええ、今日は団長のことも知れた。更に、いわば後輩達にも会うこともできた。それだけで今日はいい気分で寝れそうよ」


 ラーセットは微笑むとソファから立ち上り。そして、ワインを大事そうに抱えて帰っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る