第197話 暗がりから。
ホランドがミートパイとエールをもう一度注文し、そのおかわりを食べ終わる頃には客はホランド一人になっていた。
「はい。水よ」
「ありがとう」
「それで? 見なかった間どうしていたの?」
「あーそれは」
「何? 言いにくいことだった? けど、ホランド君が冒険者のクエストの途中で死んだと噂を聞いて私泣いたんだからね? 少しは教えてくれてもいいと思うけど?」
タルホの言葉を聞いたホランドは腕を組んで、難しい表情を浮かべる。
……タルホさんに嘘はつき難い。
やはり、昔惚れていた弱み何だろうか? 既婚者とも知らずに……。
ぐが、黒歴史が蘇ってくる。
いや、今は黒歴史を脇に置いておくとして、どうしようかな?
難しい表情でホランドが黙っていると、タルホはニコリと笑う。
「なんてね。少し意地悪だったわね」
「すみません」
「それで? 今日は久しぶりに顔を見せてくれただけなのかしら?」
「もちろん……タルホさんの顔を見に来たのが一番です」
「ふふ、嬉しい。ホランド君も言うようになったわね」
「ただ今日はもう一つ。この街で顔の広いタルホさんに聞きたいことがあって来たんです」
「私に聞きたいこと?」
タルホが首を傾げる。ホランドは一度周囲に視線を巡らせて、客がないことを確認すると口を開く。
「はい。腕の良い情報屋を紹介して欲しいんです」
「っ! ふふ、そう……ホランド君も情報屋を使うほどに偉くなったのね。それで? 何が知りたいの?」
「え? えっと……」
「こう見えて、私と私の夫は……情報屋よ?」
「そ、そうだったんですか?」
「そうよ。内緒ね。ただ、私の夫は凄腕だからね。高いわよ」
タルホは口元に右手の人差し指を当てて、ウィンクして見せた。
「高いのは仕方ないですね。早く確かな情報が欲しいので」
「ほんと……約一年の間、ホランド君に何があったのか気になるわね。まぁ、それは置いといて、そろそろ何を知りたいか教えてくれるかしら?」
「はい。火龍魔法兵団の元副長ホーテ・ファン・オベールと同じく元副長アリソン・ボレートルの現在の居場所を調べてほしい」
「そう……ね」
ホランドから調べてほしいことを聞いたタルホは表情を曇らせた。そのタルホの様子を目にしたホランドは怪訝な表情を浮かべる。
「どうしたんですか?」
「そうね。ホランド君は知らないのね。これはもう多くの人に知れていることだから教えるけど元副長アリソン・ボレートルは……戦死なされたそうよ」
「な……そんな……あの千の魔法を操ると言われるアリソン・ボレートルが? そんな馬鹿な!」
ホランドはガッと目を見開いて、座っていた椅子から立ち上がった。
「何度も確かめたのだから間違いないわ。彼女最強の魔法を使って戦っていた敵を道連れにしたそうよ。ただ……どんな敵と戦っていたのか目撃者がほとんどなくて正確な情報が掴めていない。だから、巷では帝国で新たに開発された魔導具によって暗殺されたとか、強力な魔物と死闘を演じたとか、突拍子もないさまざまな憶測が飛び交っているわ」
「そうですか……」
気落ちしたホランドは椅子に座り直して、頭を抱えた。
「ホランド君……街に帰って来た人出が減っているように見えなかった?」
「それは……はい」
「火龍魔法兵団の元団長アレンに続き、副長だったアリソンを失って……この国を離れようとする人が後を絶たないのよね」
「でしょうね」
「……それで火龍魔法兵団の元副長ホーテ・ファン・オベールの居場所を調べればいいかしら? ちなみに元副長アリソン・ボレートルが戦死したとされる場所はジュネーヴの丘よ。彼女の戦闘によって丘の辺り一帯がすごいことになっているみたいだからそぐに分かると言う話よ」
「そう……ですね。では、火龍魔法兵団の元副長ホーテ・ファン・オベールの居場所を調べてください。それであの費用はどのくらいかかりますか?」
「そうね。元副長ホーテの所在ね……。前金で金貨二枚、成功報酬で金貨二枚ってところでしょうね。期間は最低でも一ヶ月くらい見てほしい」
「い、一ヶ月ですか?」
「ええ、そのくらいは必要でしょうね。あのね。今は火龍魔法兵団として派手に活動していた時と違って……元副長ホーテはサンチェスト王国の辺境伯で超が付くほどの要人なの。居場所なんてそんな簡単に調べられないわよ」
「……そうですか。お願いします」
「そう? ほんとにいいの? 辺境伯なら……領内に居る確率はかなり高いと思うわよ?」
「いいです。そうした方がいいと言われているので」
「え? どういうこと?」
「いえ、こっちの話です。じゃ……前金と今日の飲み代です」
首を横に振ったホランドは席から立ち上がった。
そして、巾着袋から金貨二枚と銀貨三枚を取り出して、カウンターの上に置いた。
「確かに……わかったわ。調査を進めます」
「よろしく、お願いします」
ホランドがタルホに調査依頼を出して、一週間後。
夕食を済ませた夜のことだった。
「……っ」
ホランドは泊まっていた宿の部屋に入ったところで、暗がりから現れた短剣が首元に突き付けられた。
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