第199話 裏側。
バルベス帝国の首都エミール、そのちょうど中心に位置している場所に一際煌びやかな建物があった……ジュネーヴ城である。
ジュネーヴ城の一室。
その部屋はカーテンがすべての窓にかけられていて、足元のわずかなロウソクの明かりのみで薄暗いなっていた。
部屋の中には二人の男性が居た、一人は黒いタキシード姿の男性。そして、その目の前にもう一人診察台のようなベッドで横になっていた黒いローブ姿の男性。
タキシード姿の男性がローブ姿の男性から離れて、一人掛けのソファに腰かける。すると、暗く見えていなかった顔がロウソクの火に照らされて、彼はクリスト王国でアレンを襲った魔族……モルス……モルス・ガル・ヒルリュークであった。
「治療は一通り終わったのである」
「ふうーモルス卿、助かりました」
診察台から起き上がったローブ姿の男性の顔がロウソクの火に照らされた。
照らし出されたローブ姿の男性の顔は先日アリソンと死闘を演じた魔族ベルブート……ベルブート・ガル・ジーべムのモノであった。
「いやはや、ベルブート卿がここまでの手傷を負ってくるとは思わなかったのであるな」
「いたたた……私も正直ここまで今の人間に手こずるとは思っていませんでした」
ベルブートは腹部を擦りながら、モルスが座ったソファのテーブルを挟んで対面にあったソファに腰かけた。
ベルブートがソファに座るや、モルスが口を開く。
「久しぶりの戦いであって鈍っていたのであるか?」
「確かにあったかも知れませんね。それと、舐めていたっていうのもあると思います」
ベルブートはパチンと指を鳴らすと、黒い煙が発生して目の前にあったテーブルの上にティーカップとポットが出現させた。
そして、ポットに入っていた紅茶をティーカップに注いでいく。
「紅茶好きは相変わらずのようであるな」
「シケシケ、紅茶こそ至高なのです。モルス卿もいかがですか?」
「……いただくのであるな」
モルスは目の前に出されたティーカップを手にすると紅茶を飲み始めるのだった。
ベルブート自身も紅茶を一口飲みほして口を開く。
「話が逸れましたね。私に手傷を負わせてくれたのは火龍魔法兵団の元副長の一人アリソン・ボレートルと言う人間なのですが……」
「ほう、火龍魔法兵団であるか」
「集めた情報以上でしたよ。もしかしたら、火龍魔法兵団の情報はすべて破棄してもらった方がいいかも知れません」
「なるほど、火龍魔法兵団の元メンバーの危険度を上げる必要があるかも知れないのであるな。吾輩も……火龍魔法兵団の元団長アレン・シェパードと先日戦ったから分かるのであるな」
「ほぉ、豚さんが始末すると言っていましたが……アレン・シェパードは生きていたのですね。それでアレンはどうでしたか?」
「異常であったのである。それに……何やら特別な力を感じたのであるな」
「卿がそこまで言う存在ですか」
「あの人間は厄介なのである。皇帝様に捕えるように言われていた元第二皇子が奪われてしまったのであるな」
「なるほど……皇帝様が荒れている訳ですね」
「いい感じで壊れ始めたのである」
「確かに、戦争戦争と馬鹿みたいにうるさかったですね」
「うるさいのであるな。まぁ、それは吾輩達の思惑と同じであるからいいのであるが……帝国の人間が死に過ぎて自滅されては面倒なのであるな」
「そうですね。自滅は面倒ですね。できることなら人間同士で殺し合い、より多くの人間が苦しみ、憎しみ合ってくれないと。憎しみ悲しみに満たされた人間の魂は紅茶の次くらいに美味ですから」
「紅茶と比べてほしくなかったのであるが、そう言うことなのであるな」
「自滅は面倒ですが……戦争はするのでしょう?」
「サンチェスト王国で卿の周りを嗅ぎまわっていた者達……そして火龍魔法兵団の残党の動きは気になるところであるが。十分に弱体化しているサンチェスト王国にしようと思うのである。さっさとサンチェスト王国を抜けて南に……そして港を手に入れて……そこを足掛かりに多くの国と戦争して人間を一人でも多く殺し、国と守護者とか言う連中が管理している同胞の封印を解いて回りたいのであるな」
「そうですね。サンチェスト王国を抜けて帝国が長年夢見ていたと聞きましたし。そちらの方が馬鹿な人間を動かしやすいでしょう……しかし、元第二皇子の方は良いのですか?」
「皇帝様が毎日うるさいので……よくはないのであるがアレン・シェパードがまだ近くに居るとなると面倒なのであるな」
モルスはそこまで言うとティーカップに入っていた紅茶を一口飲みテーブルの上に置いた。
そして、嫌らしい笑みを浮かべながら続けて口を開く。
「まぁ……何もしないと言う訳ではないのであるが」
「ほぉ、何か考えが?」
「最近面白い駒を手に入れたので、それを向かわせようと思うのであるな。フヒフヒフヒ」
モルスが不敵に笑い出した。
すると、部屋の中で灯とされていたロウソクの火がゆらゆらと揺れ出したのだった。
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