第178話 ペンネ。

 夕日が完全に沈み夜が深まった頃。


 ここは宴が催されている空地から離れた、少し森に入ったところ。


 そこにワインの瓶を手に持ったアレンが一人で姿を現した。


「よっと」


 アレンは横に倒れた木の幹に腰を掛けると、楽しげにしている空地に集まった者達の様子を眺め見る。


「楽しげにしてら」


 満足げな表情を浮かべたアレンは持っていたワインの瓶の栓をキュポッと抜く。


「しまったな。なんかつまみでも持ってくれば良かったな。あとコップも忘れちまった」


 アレンは一人ゴチリながら、ワインの瓶の口のところにから直接ワインを一口飲んだ。


 そして、小さく息を吐く。


 丁度、その時に何人かの人影が近づいてきた。


「おーやっぱりアレンだった」


「久しぶりだな。ホップと……えっと?」


 アレンに近づき声をかけてきたのはホップともう一人小柄な少年だった。


「あぁ、コイツはペンネだ」


「ん?」


「ほら、前に話しただろう。元ゴールドアックスの」


「あー前に話していた?」


 以前の話を思い出したアレンは声を上げた。


「そうそう」


 アレンとホップが何だか抜けたような会話をしていると、表情の硬いペンネがアレンの前に手を前に差し出す。


「よ、よろしくお願いします」


「うん。聞いていると思うが俺はアレンだ。あ……よろしくってことはただいまは絶賛休業中の銀翼に入って冒険者を続けるつもりなんだ?」


 アレンはペンネの差し出した手を取って握った。


「は、はい。僕はペンネです」


「そうか、今はどうしているんだ?」


「ホップと一緒に簡単なクエストをこなしていいます」


「そうなんだ。じゃ、リナリーが家の用事から帰り次第合流できそうだな」


「そうしたいです」


「それと、俺に敬語なんて必要ないから」


「う、うん」


 なんだかビクビクしているペンネを見て大丈夫だろうかとアレンは少し首を傾げている。


 その時、ホップがアレンの隣に座って口を開く。


「ペンネは人見知りしやすい奴だから」


「ふーん、そうなのか」


 アレンは納得したように頷く。ホップは立っていたペンネに視線を向ける。


「ペンネも座ったら?」


「あ、うん」


 ホップに促されてペンネも木の幹に座る。アレン、ホップ、ペンネの順で木の幹に座って話始める。


 ホップは持っていた串に刺さったイノシシ肉の塊にかぶり付き食べると、口を開いた。


「あむあむ、それにしてもいきなりスゲー祭りが始まっちまったな」


「ん? あぁ、そうだな。美味そうな肉、持っているじゃないか」


「自分で取って来いよと言いたいところだが、アレンには無理かな。ほらよ」


 ホップから木の串に刺さった肉の塊を受け取ったアレンは替わりに持っていたワインの瓶を手渡した。


「悪いな。今、肉を切り分けているところ……すごい人が群がっているなぁ。俺は絶対に近寄れん」


「あぁ、混んでいたぜ? もちろん、その無料で配ってくれているその肉も美味しいんだが。更に肉を配ってくれている女の子達がみんなスゲー可愛くてな。声をかける男もすごく集まっていた」


「そうか。それは……大変そうだな」


「あぁ。けど、一緒に肉を配ってくれているすごく強そうな男も居たから何とかなっていたぞ? ごく……ってこのワインめちゃくちゃ美味しいじゃねぇーか」


 ホップはアレンから手渡されたワインを一口飲むと、目を見開いて驚く。


 対してアレンも木の串に刺さった肉の塊にかぶり付いて食べ始める。


「そうか。あむ……この肉もなかなかうまくできている」


「そうだろ? ペンネもこのワイン飲んでみろよ。めっちゃ、うまいぞ?」


「ほんと? もらう」


 ホップからワインの瓶を受け取ったペンネもワインの瓶の口から飲み始めた。そして、ワインを飲んだペンネはワインのおいしさに驚愕しながら小さく呟く。


「ほんとだ……」


「だろだろ? アレン、この酒どこに置いてあったんだ?」


「んーん? いや、本当に適当に取ってきただけなんだけど?」


 アレンは首を傾げて思い出してみる。


 ただ、酒が大量に置かれていた馬車から適当に拝借しただけで特に高い酒を選んだつもりはなかった。


「そうなのか? まぁいいか。今日ここに出ている酒は全部上等なものだが、このワインは美味いぜ」


「そうか、なら良かったじゃん。味わって飲めよ。それにしても……賑やかになって来たな。……アレ? さっきよりも人が増えてないか?」


 アレンは空地に集まった者達が騒がしくしているのを眺めながら溢した。


「そりゃ、国王様が直々に来たんだ。そりゃークリスト王国中の連中が集まるさ。たぶん、もっと増えるんじゃないか?」


「まぁーそうか」


「なんだ。アレンはあの国王様のお言葉を聞かなかったのか? 俺は震えたぜ? 感動した。やってやるって俺は燃えているんだよ」


「そう……いや、聞いていたよ。いい王様だな」


「そうだな。ちゃんと庶民の事まで考えてくれているってのが伝わって来たぜ」


「ふふ、そうか……ここが大国だったら名君として君臨したかも知れんな。ただ謀略は苦手そうだが」


 ホップの言葉を聞いたアレンは小さく笑った。そして、誰にも聞き取れないほどに小さく呟いた。


 アレンが何か言ったことに気付いたホップは首を傾げて問いかける。


「ん? どうした?」


「いや、なんでもない。しかし、ホップが何かこの国に貢献したいなら、もう少し剣かナイフを振るうことから始めた方が良いな。今のままだと、普通にローラよりも弱い」


「む、ローラって誰だよ? いや、待てよ。俺だって冬からずっと鍛えていたんだぜ?」


「へーそうなのか。それじゃ、リナリーが帰って来てからが楽しみだな」


「ふ、楽しみにしているんだな」


「ハハ、そうだな……ふぁふぁ」


 アレンはやる気に満ちたホップを目にして小さく笑った。その時、突然眠気が襲って来たのか口元に手を当てて欠伸をした。


「なんだ。もう眠たいのか?」


「んー最近ちょっと疲れることがあってな」


「アレンは冒険者休止中に何をやっていたんだ?」


「……言ってなかったか? 普通に農作業」


「そういえば、実家通いだったな。じゃ、帝国軍の奴らが来たのか?」


「いや? 来てない」


「そうか、それは良かったな。帝国軍は凄かったからな」


 ホップはそう言うと、ペンネからワインの瓶をもらってグイッとワインを飲んだ。


 ホップの言葉にはどこか実感が込められていた。


「あ……もしかして今回の戦争に参戦したのか?」


 アレンの問い掛けに、ホップもペンネも表情を強張らせる。


「……そうだよ。兵士が足りないって話で俺もペンネも壁上に上がって借りた剣や槍を持って戦ったんだよ。な」


「う、うん」


「へぇ、初陣か? ……大変だったな」


 ホップとペンネの様子を見たアレンは感心したような表情を浮かべた。


 そして、懐かしむように自分の初陣はどんなんだっただろうと思い返そうとしていると、ホップがどこか興奮した状態で口を開く。


「大変なんてもんじゃねーよ。続々と梯子を上ってくる帝国兵は恐怖だったぞ。たぶん、あの魔物……サッグフェネックと戦う前だったら倒れていたかも知れない」


「そっか」


「それからな。兵自体もクリスト王国軍の兵士よりバルべス帝国の兵士の方が強かった」


「そりゃ……そうか。帝国軍は、サンチェスト王国と毎年のように戦争をしているんだ、実戦経験の差があって当り前だよな」


「そうそう、一人一人が歴戦の戦士のようでな、俺達は五人一組で戦ってやっと一人殺すのがやっとだった」


「そっか、人を殺したのか。初めてだろ?」


「あぁ、初めて……人を殺した」


 ホップは表情を暗くして、頷いた。それと同じくして黙っていたペンネも表情を暗くする。


「おいおい、暗くなっているな。戦争なんだから人を殺すのは普通だろう」


「そうだが」


「相手が殺しに来ているんだ。お前達も殺しに行かないと殺されるだけだった。だから仕方ない」


「……」


「どうしようもない。……殺したくないなら超越者にでもなるしかない」


「ん? 何か言ったか?」


 アレンの言葉が聞き取れなかったホップがアレンに問いかけるが、アレンは首を横に振って話を変える。


「いや、なんでもない。……こういう時には明るく酒を飲んで忘れるしかないだろ? とことん飲むぞ!」


「そ、そうだな。なんか、追加で飯と酒を持ってくるか? ペンネ」


「う、うん」


 ホップが立ち上がると、ペンネも慌てて立ち上がって答える。


「俺は……ここで待っている」


「そうだな。アレンはここで待っていた方が良いな」


 アレンが待っていると言うとホップは頷いて、ペンネと一緒に料理や酒を取りに行ってしまった。

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