第177話 舞台裏。

 カエサルが舞台に上がった頃に少し時間を戻す。


 ここは舞台裏の天幕の中。


 ホランドの肩を借りていたアレンは椅子に座った。


 そして、未だにあまり顔色のよくない表情のままにホランドに向けて口を開く。


「うぷ。ホランド、ありがとう」


「いえ。それにしても……この雰囲気懐かしいですね」


 ホランドは何か懐かしむような表情で、空地に集まった者達の様子を眺めていた。


「そうか?」


「ええ、アレンさんが覚えているか分かりませんが……俺の村が襲われた時も火龍魔法兵団が主催でこのような宴を催してくれました」


「そうだったか」


「では、俺は持ち場に戻りますね」


「あぁ、よろしく頼む。ただ、あまり頑張り過ぎるなよ? 適当なところで休め。それをみんなにも伝えてくれ」


「はい」


 ホランドはどこか誇らしげな表情を浮かべて、食事を配っている鍋のところへと走っていった。


 アレンはホランドの後ろ姿を見送りながら呟く。


「なんか元気がいいな。うぷ……しまった。水が欲しかった」


「まったく、英雄様が情けないわね。このことは語り歌では省略ね。ほら、水よ」


 呆れた表情のライラがアレンの元にやってきて水の入った木のコップを手渡した。そして、ライラはアレンの隣に置いてあった椅子に座る。


「ありがとう。誰にでも苦手なことがあるもんさ。それより他に舞台で歌いたい奴とか居ないのかな? ライラの吟遊詩人知り合いとかいないのか?」


「えー私がしばらく歌って居たい。あそこは私の舞台よ」


「そう? まぁ良いけど……歌い続けることになるぞ?」


「こんな大勢で歌える機会なんてなかなかないわ。一、二時間くらい私はいけるわよ」


 ライラはウットリした表情になって、両手を握った。


「そう。気が済むまでやってくれ。俺はちょっと限界だからここから離れようかな。国王様はこれからどうするかな?」


「ふふ、どうするかしらね? ……それにしても最初は耳を疑ったわよ? こんな国を巻き込んだ宴をするって言い出した時は。しかも国王様まで呼ぶなんて」


「国王様は俺も本当に来てくれるとは思っていなかった」


「私も見るのは初めてよ。あんなお方だったのね。クリスト王国の国王様は」


「長生きしているライラでも見たことがなかったのか」


 アレンがライラの年齢のことに触れると、ライラは表情を歪める。


「あぁん? なんか言ったか? コラ」


「いや……なんでもないよ。気の所為」


「そう? ならいいけど」


「しかし、ライラが見たことないってことはここにいるほとんどが初めて見たという訳だな」


「そりゃあ、赤き龍の英雄様くらいにならないと一市民が国王様に会うことなんてなかなかないわよ」


「何を言っているんだか。俺だって先々代のサンチェスト王国の国王様以来かな? 直接会うのは」


「先々代のサンチェスト王国の国王は名君として有名よね」


「あぁ、名君だった。サンチェスト王国はブレイ王とカーベル・スターリング将軍の両名が健在だった時代が一番安定していた」


 そう言ったアレンはどこか寂し気な表情を浮かべていた。


「まぁ、国王様の資質は必ずしも引き継がれ訳ではないわよ」


「そうだな。名君の後に引き継ぐとプレッシャーがあるのかなぁ」


「そうね……あ、あーと、それから聞きたかったんだけど、なんでこの宴を? 本当に皆が暗かったからって理由だけ? 貴方にはメリットのカケラもないじゃない? むしろだいぶマイナス?」


「今回は特別だがな。……確かにこの宴には裏の理由があるが、言いたくない」


「えーそこまで言っておいて、教えなさいよ」


「いや、格好悪いし。恥ずかしいから」


「五十のオッサンが何言ってるのよ」


「まだ四十九だけどな」


「変わらないわよ。ほら話しちゃいなさいよ」


「はぁーわかった。その裏の理由ってやつは……一軍人として死者に救えなくて悪かったと懺悔する為だ」


「それは……いくらなんでもいろんなモノを背負い込み過ぎじゃないかしら」


「そうかもな。まぁ、結局は偽善で……自己満足に過ぎないが……俺は人を殺すために軍人に憧れたのではなく、人を守るために軍人になったんだ」


「……」


「まぁ、クビになったんだが……ん? どうした? 急に黙って……」


「これは……語り歌に入れても良いかも知れないわね」


「バカ、それを知られたら格好悪いだろうが。駄目だ」


 アレンが小さく笑ったところで、カエサルが酒を掲げよと言う言葉を発した。アレンとライラも慌てて、木のコップを手に取ってワインを注ぎいれる。


 そして、ワインが注がれた木のコップをシリウスに向けて掲げた。


「乾杯! 宴だ!」


「「「「「乾杯!」」」」」


 アレンとライラは、空地に集まった者達と一緒に乾杯の掛け声をあげた。


 そして、互いにもった木のコップをコンと軽く当ててワインを飲んでいった。


 ワインを一気に飲み干してしまったライラが息を吐く。


「ふはぁ、このワイン美味しいわね」


「ほんと」


 アレンはライラの言葉に同意するように頷いた。


 そこにカエサルとルンバ、その護衛が舞台から降り、天幕の中に入ってきた。そして、ニヤリと笑ったカエサルが口を開く。


「そりゃ、褒美として与える酒だ。良いモノに決まっているだろう」


「しまったな。振舞う酒は別の奴にすればよかったか……」


 カエサルの言葉を聞いたアレンは残念そうな表情を浮かべた。


「まったく」


「まぁーそれは良いとして、国王様とルンバ王子様はこれからどうなされますか? 私はこの人が多いところで居るのはちょっと厳しいので少し離れたところで飲もうと思っているのですが」


 カエサルの様子を遠くから気にしている者達のことを気にしつつアレンがカエサルとルンバに問いかけた。


「うむ、私は……この機会に民の話を聞いて回ろうと思っている」


「私もそうする」


 カエサルとルンバはすでに決めていたのだろう答えを口にした。カエサルとルンバの答えを聞いたアレンは小さく頷く。


「そうですね。それがいい」


「では、行ってくる」


 カエサルとルンバ、その護衛はすぐに天幕を出て、空地に集まった者達の元へ歩いていった。アレンとライラが彼等の後ろ姿を見送っていると、ライラが口を開く。


「思っていたよりもいい王様みたいね」


「そうだな」


「さて、私の舞台に戻って最高に盛り上がる宴にしてやろうじゃない」


 ライラは持っていた木のカップを置くと、体をグーッと伸ばして天幕の大きく開かれた出口へと向かった。


「やる気だね。俺は少し離れたところで眺めてようかな」


 やる気になっているライラを見送りながら、アレンはそう呟くのだった。


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