第176話 宴の意味。

 ライラが歌っている舞台の裏の天幕にたどり着いたところでアレンが持っていた綺麗にカットが施されたワイングラス、二つをカエサルとルンバに差し出す。


「あ、これ」


「これは……?」


「ん? ワイングラスですが?」


「いや、それは分かっているがな。美しいグラスだな」


 アレンは屋敷に転がっていたモノですがと言う言葉をのんで、ホランドから受け取ったワインの瓶のコルクをキュポッと抜く。


「そうですか。良かったらさしあげますよ。では、ワインを……いや毒見がいるかな? って、これは国王様からもらった物ですが」


 アレンにワインをワイングラスに注がれながら、カエサルは渋い表情をする。


「アレン殿……お主な。このためだったか」


「はい。まぁーこの宴には酒と食い物が必要でしたので」


「そろそろ、この宴を催した訳を教えてくれるか?」


「……訳ですか。クリスト王国は数十年戦争とは無縁と聞きましたから理解しにくいかも知れませんが」


 アレンはカエサルとルンバのワイングラスにワインを注ぎ終えると、ワインのコルクを締め直す。


 そして、ライラの歌を聞き咽び泣く者達に視線を向けた。


「この宴は死者を思い、笑ってあの世に見送ってやるために必要なんですよ」


「「……」」


 アレンの言葉を聞いてカエサルとルンバはライラの歌を聞き咽び泣く多くの者達に視線を向けて黙った。


「もしかしたら……王城からは明るく元の活気ある状態に戻りつつあるように見えたかも知れません。しかし、多くの人々は突然起こった戦争によって大きな悲しみと不安を抱えています」


 ワインの瓶を地面に置いたアレンはカエサルに視線を向けて続ける。


「その悲しみや不安を少しでも楽にしてやるには腹いっぱい飯を食って、酒を飲んで笑うしかないのです」


「……なるほどな。わかった」


「良かったです」


「とりあえず、アレン殿にはまた褒美を別に出すから考えておけ」


「え?」


 カエサルに言われたことにアレンは首を傾げた。


 そこで何曲が歌い終えたライラが一旦舞台から降りてくる。


 それと入れ替わるようにカエサルとルンバ、そして護衛が一緒に舞台の上へと昇る階段を上がっていった。


 カエサルが舞台の上に立った。


 そして、ルンバはカエサルの斜め後ろに立つ、護衛達もカエサルとルンバの後ろに控える。


 ライラの歌の余韻に浸り、そして酒を飲んで騒がしくしている者達を前にカエサルは口を開いた。


「私はクリスト王国の国王……カエサル・フォン・クリストである」


 さほど大きな声と言う訳ではなかったが、カエサルの声は騒がしくしていた者達の耳に響き渡った。


「は?」


「え?」


「うそ」


「嘘だろ?」


「けど、カエサル・フォン・クリストって」


「その名を偽ることは重罪だ」


「だと言うことは」


「まさか」


「ま、まさか、本当の国王様」


「始めて見た」


「アレ……いや、あのお方が我らの王」


「おい、黙れ。国王様のお話だ」


 ザワザワと騒いでいた空地に集まった者達は徐々に静かになって視線をカエサルへと向けた。


 静かになったところでカエサルは再び口を開く。


「今回の戦争……多くの者が死んだ」


 悔しさを滲ませるようにカエサルは奥歯を噛みしめる。


「……この戦争から得たモノは痛みしかない」


 カエサルは強い視線でまっすぐ向けた。


「皆の中に悲しみ、不安を抱える者も多いだろう。しかし、我々は小国でしかなく周りに大国がひしめく中で、独自に自衛力をより強くするため、早々に一歩踏み出さなくてはいけない」


 カエサルは空地に集まった者達を見回して続ける。


「ただし、この日……この宴では戦争で死した者達を思い……死した者達を笑って見送ってやろうぞ! 皆、酒を掲げよ!」


 カエサルはワインの注がれたワイングラスを掲げる。


 カエサルの言葉を聞き、空地に集まった者達は少しザワザワと騒がしくなる。


 近くにあった酒の入った木のコップを手に取って、カエサルに言われた通り木のコップを掲げた。


 ホランドは、空地に集まった者達が酒の入った木のコップを掲げたのを確認すると口を開く。


「乾杯! 宴だ!」


「「「「「「「乾杯!」」」」」」」


 空地に集まった者達が一斉に乾杯と言う声を上げた。


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