第166話 ゾクゾクする。

「……あ、それから」


 少しの沈黙の後、アレンが何か思い出したように口を開いた。


「ま、まだ何かあるの!?」


「あぁ、気になることがある。あの魔族、帝国に肩入れしていた」


「はぁーなんであの場に現れたのか気にはなっていたけど……なるほど。しかし、帝国の王族は何をしているのかしら? 各国の王族と守護者とは代々繋がりがあるはずなのに……」


「そうなのか? それは知らなかった……屋敷にあの魔族が捕らえようとしていた帝国の元第二皇子が屋敷で寝ているが、何か知っているかなぁ?」


「そう……起きたら私も話を聞かせてもらおうかしら」


「それがいい。うむ、隠居している俺も何か後世の手助けができたらいいが」


「ふふ、貴方が隠居ですって? それを周りが許すかしら?」


「……許すも何も俺は今年で五十だぞ? 確かに断切者としてほとんどやることはなかったが、魔物の遺物の情報は常に探ってはいた。ハーフエルフだからってどれだけ働かせる気だよって話だ。そろそろ自由に生きてもいいはず」


「まぁ。それは私もだけど……そうね。これは他の血を継ぐ一族に頑張ってもらうしかないかしらね」


「それしかないだろ。お……いい感じでキャベツが育ってら。明日はこれを持って行くかな?」


 アレンは草むしりの手を止めて、育てていたキャベツにポンポンと手を乗せた。


 そのアレンの様子を見たライラは苦笑する。


「はぁー本当にあの赤き龍の英雄様が隠居なんて信じられないわね」


「あん? 信じられないって言われてもなぁ……仕事をやめたら誰だってこんなもんだろ?」


「あ。けど、貴方は冒険者をやっていたんじゃなかったかしら?」


「ん? あぁ冒険者な。アレは成り行きでだな」


 アレンは、その場に胡坐をかいて座った。ライラは何やら思い出したのかニヤリと笑う。


「ニシシ、そういえば前はスービアといい感じだったじゃない?」


「いい感じだったって……ただスービアの酒癖が悪いだけじゃ? それにアイツは女にしか興味ないだろうに」


「確かにスービアは女好きだけど。アンタには違うみたいだったけど?」


「んーそうか?」


「貴方も断切者として子孫を作らないとなんだからね? 分かっているでしょうね?」


「あぁ、それは分かっている。一族の役目は続きそうだしな」


「なら、良いけど。そうそう冒険者はどうするの? 貴方の存在はクリスト王国側に知られたと思うわよ?」


「そうだろうな。壁上から数人の兵士達が見ていたし。まぁ……なるようにしかならないだろう?」


「貴方はクリスト王国を救ったのだもの。もしかしたら、将軍になってほしいと頼まれちゃうかもよ?」


「は、他国の人間を将軍……つまり軍の代表に据える訳がないだろう?」


「そうかしら? まぁ何にせよ。貴方の英雄としてまた語り歌が増えるわね。やっぱり、英雄の語り歌は新しい方がお客さんの受けがいいのよね」


「あのなぁー、一応魔族を取り逃がしているんだからな? そんないい内容の語り歌にならないと思うが?」


「そこら辺はちょこちょこっと弄るに決まっているじゃない。やっぱり英雄はカッコ良くないと」


「お前……それでいいのか。曲がりなりにも歴史を紡ぐ者だろうが。それにお前も登場することになるんだぞ?」


「あ、そうか私も語り歌に名を残すことになる訳だ。なんかゾクゾクするわね」


「駄目だこりゃ」


「もー英雄税みたいなもの。我慢しなさい」


「はぁー吟遊詩人に何言っても聞かないのはどの国でも一緒だな」


 アレンは大きくため息を吐く。そして、立ち上がって服に付いた土をパンパンと叩き落とす。


 丁度、その時複数の足音が近づいてきた。


「アレンさん、ランニング終わりました」


「ん? その人は?」


「疲れた」


「誰ッスか? すごい美人ッス」


 軽く汗をかいたホランドとリン、ユリーナ、ノックスの四人がやってきた。


「うむ、だいぶ早く走れるようになった。この人はライラ、昨日のどさくさに紛れて侵入を許したようだな」


「な、大丈夫なんですか?」


 ホランドが警戒心を露わにして、ライラに視線を向けた。


「あぁ、今話をした。……大丈夫だろう」


「そうですか?」


「そうだ……お前らに頼みたいことができたんだ」


「ん? 頼みたいことですか?」


「あぁ、それが……いや、腹が減ったな。朝食の時に話すか」


「わかりました」


「ん、ライラも食べていくか?」


 アレンは黙って話を聞いていたライラに視線を向けて問いかける。


「ええ、もらうわ」


 アレン達は朝食を食べるために、屋敷へと戻っていくのだった。

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