第157話 遡る。




 ここで、時を遡る。


 時は……ホーテとアリソンが火龍魔法兵団から脱退し別れる前の日の夜のことだった。その日は珍しくホーテの居る天幕にアリソンが訪れて声を掛ける。


「ホーテ」


「ハハ、何だい? アリソン。やっぱり俺と会えなくなるのが寂しいのかい?」


 アリソンに声をかけられたホーテは荷造りしていた手を止めて、アリソンの方へと視線を向けた。


「いや、違うわ」


「つれないなぁ。じゃ、何で俺の天幕に?」


「そういえばもう一つ聞きたいことがあったのよ。団長のことで」


「はぁ、また団長のことかい? 前にこれ以上は団長に聞けと言ったと思うけどね」


 ホーテはつまらなさそうにため息を吐くと、喋りながらも再び荷造りを始め出した。


 アリソンはそんなホーテの様子を気にすることなく天幕の入り口付近で座り込んで口を開く。


「そうだけど。途中だった話があるじゃない」


「うん? そうだったかな?」


「あったわよ。国を崩壊近くまで追い込んだって言う……団長の【神無】ってどういった技だったの? それは後学のために知っておきたいわ」


「ハハ、後学のためか……たぶん役に立たないと思うけど。いや、アリソンなら多少は扱えるのか……仕方ない少し話すか……【神無】は単純に言うと……治癒魔法の【ヒール】を剣に纏わせて兵達を切り裂く。それだけさ」


「……え? 治癒魔法に適性があればと言う前提になるけど……思ったよりも簡単? たぶん私でもできるわ」


 アリソンは自分でもできてしまいそうな魔法を活用した技だったことに戸惑うと同時に驚きを隠せないようだった。


「うん、そうだろうね」


「え、本当にそれだけなの?」


「あぁ、それだけさ。……ちなみに、どうなるか分かる?」


「え? あ……アレ……ちょっと待って……治癒魔法を纏った剣で敵を斬っても傷は治る? アレ? ……それってなんの意味が?」


 アリソンは口元に手を当てて、俯く。そして、考えをブツブツと呟き始めた。そのアリソンの様子を見てホーテは人差し指を立てれ説明を始める。


「んー分かりやすく言うとね。太ももの筋肉が治癒魔法を纏った剣で切り裂かれたとしたらどうなると思う?」


「それは切り裂かれた傷が治る……いや、切り裂かれた傷口は……残る?」


「そう、傷口を塞ぐことなく、治癒した場合傷口は残るよね。そこでアリソンに質問なんだが、治癒魔法を纏った剣で切り裂かれた傷口をアリソンは治癒魔法で治すことはできるかな?」


「……治せない。なぜなら、すでに治っているから」


「うん、そうだね」


「え、それだと、筋肉が切れたまま? 傷もそのまま? 消えない傷となる? つまり……例えば太ももの筋肉を切り裂かれたら、その足は使い物にならなくなる?」


「そう言うこと。一応、団長が言うには治っている断面を削ぎ落として治癒魔法をかければ治るかも知れないと言ってはいたけどね」


「あ、そっか削れば……。けどけど、すごい……そんな治癒魔法の使い方があったなんて知らなかった」


「団長には人を殺さないと言う制約があると前に話したよね? 最初はそれを守るために考え出された魔法の活用がされた剣技だった」


「そうか……なるほど。普通に切り裂いたりしたら、傷口から血液が流れ出でてしまい、血液不足で死んでしまうかもしれないから」


「それで、なんで俺が邪悪と言ったか分かるかな?」


「え……、そういえばなんで邪悪と言ったの? 戦えないにしても死なずにいられるのに」


「それは、死ぬことができないから邪悪なんだよね」


 ホーテは悪戯な笑みを浮かべる。それに対して、アリソンは眉間に皺を寄せながら首を傾げる。そして、少し不機嫌そうな様子で問いかける。


「死ぬことができないから邪悪? どういうこと? 回りくどいわ」


「じゃ、ある兵士が治癒魔法を纏った剣で太ももを切り裂かれたとしよう。その兵士は足が使えないけど、戦争が終わったら戦場から生きて帰って来るわけだよね?」


「だから、いいじゃない」


「じゃあさ……戦争が終わった後、足が使えなくなった人間はどんな仕事ができると思う?」


 ホーテは寂しげな表情を浮かべて、ゆっくりと呟いた。


 すると、アリソンはホーテが言わんとしていたことが理解できた……いや、理解できてしまったのか、黙る。


「……」


「ここまで話したら【神無】を邪悪だと言った意味が理解できると思うけど。更に言うなら団長が【神無】を使うからこそ……より邪悪なんだよね。なんせ、団長は魔法だけじゃない、剣術だけをとっても右に出る者が居ないほどの超一流の達人……団長が戦場で【神無】を使用しただけで、軽く数千単位の五体不満足な生きた人間を作りだす。もちろん【神無】を考えた団長にはそんなつもりはなかっただろうが……。【神無】は人を死なせない剣の舞。だが、健常者に比べて満足に働けない五体不満足な生きた人間を大量に作り出す。その五体不満足な人間を戦後大量に抱えた国はどうなるか……ここから先は国がどのように対処するかによって話が変わってくるけど、大きく対処は二つの選択肢に分かれると思う……手を差し伸べるか。手を差し伸べないか。手を差し伸べる場合は五体不満足な生きた人間に金を出して養う訳だ。まぁ、彼らは国が何もしなければ生きていけないだろうしね。ただ、団長が出した働けない五体不満足な生きた人間は多いだろ、国の予算が毎年削られて経済的に困窮する。次いで、手を差し伸べない場合は金を出さずに見殺しにするんだけど。満足に働けない五体不満足な生きた人間はほぼ間違いなく困窮するだろう。そこで彼等は何を思うだろうか? 国の為に戦って、そのような体になったんだと不満に思うよね? その周囲の人も哀れに思うだろう。その思いは国に向いて批判が集まり内乱を生みやすくなるだろう。まぁ、どちらの選択肢を国が選んだとしても結果は同じように思えなくもないが」


「だから……以前隣国としてあったイギラス王国は荒廃していた」


「そう、団長は人を一人も殺さなかったが……結果として飢餓によって大量の人間が死ぬことになった。まぁ、それが分かり【神無】を使うのに制約を付けられたんだよね」


「使うのに制約?」


「あぁ、その制約は……」


 ホーテは一度言葉を切って、視線を下げる。そして、呟くように再び口を開く。


「対象が無抵抗な一般人を傷つけた場合にのみに限り団長は【神無】を使用することができる」

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