第158話 白鬼。

 時はアレンがバルベス帝国とクリスト王国との戦争に介入したところに戻る。


 ここはクリスト王国の首都リンベルクの街を囲う壁の外側、その西に位置する場所。


 そこにはバルベス帝国軍の一万からなる大隊が布陣していた。


 その大隊の中央後方には煌びやかな鎧を纏った騎士の一団がいて、大隊全体を指揮していた。


 本来ならば彼らは壁上の戦況を見守りながら、次に登壁させる兵の準備を整えているところだった……。


 しかし、それどころでないことが大隊内で起こっていたのだ。


 大隊全体を指揮している彼らの元には何人もの伝令が駈け込んでくる。


「ベルルス守備歩兵隊より急報! 突然の急襲を受けて重傷者三百ほど」


「アーエイ弓隊より急報!! 急襲を受けて重傷者約二百。そして、アーエイ弓隊長が重傷で倒れたと」


「シバー重騎兵より急報! 急襲を受けて重傷者約百。ただ、馬が……すべて動けなくなっていると」


 伝令を受けて大隊全体を指揮している達が騒がしくなる。


「ええい、敵は今どこに居る」


「敵はどのくらいの規模で攻め込んできた!」


「おそらく、凄腕の魔法使いが敵中にいる!」


「そうか、それで我々が感知できずに攻撃を受けたと」


「魔法使いなら囲んで、仕留めれば済む」


「待て、敵は剣を振るっていたと最初の方に報告を貰ったが」


「そうだった。では、魔法使いを含む中小隊では?」


 周りが騒がしくなる中で、その中心にいた一際豪勢な鎧を身に纏った渋い中年男性が目を瞑り、顎に手を当てて考えを巡らせる。


 何が起こっているんだ。


 指示を出そうにも……どうしたらよいのか?


 クリスト王国が抱える精鋭部隊が隠し通路でも使って我が隊の後ろに回り込んで急襲してきた?


 しかし、何だ? 最初に端の歩兵隊が壊滅して以降……三十分と経っていないと言うのに信じられない報告ばかりだ。


 そして、気になるのは……今の報告、ベルルス守備歩兵隊とアーエイ弓隊、シバー重騎兵はほぼ同時に報告が上がっている訳だが……別に隣り合って配置されていた訳ではないのだ。


 その間にあった隊の連中はなぜ敵を感知できなかった?


 そもそも、敵の情報が極端に少ない。


 受けた被害報告から見るに、敵の数が五百以上は居ておかしくないはずなんだが……なぜ捕捉できない?


 姿の無い敵だとでもいうのか?


 最早、悪夢を見ているような……。


 そして、何よりも気になるのは徐々にここへ近づいている。


「ひぃぃぃぃぃぃぃ……これは」


 考えを巡らせていた中年男性であったが、隣にいた右手の無い老兵が小さな悲鳴を上げたところで我に返る。


 そして、老兵へと視線を向けた。


「なんだ、どうしたのだ? ブライア?」


「フェルナルド隊長、一刻も早くここを撤退せねばなりませぬ!」


 老兵……ブライアは必死な形相で這うように中年男性……フェルナルドに訴えかける。


 普段は物静かなブライアのあまりに必死な形相に、フェルナルドは内心かなりの動揺があったが冷静を装って口を開く。


「待て、何を突然言い出すのか、ここを下がる訳にはいかん」


「しかし……しかし、鬼が来るんです。鬼が! 鬼が! 鬼が! 鬼が! 鬼が! 鬼が! 鬼が! 鬼が! 鬼が! 鬼が! 鬼が! 鬼が! 鬼が! 鬼が! 鬼が! 鬼が! 鬼がくるぅぅぅぅぅぅぅぅぅううぅぅ!」


 怯え……錯乱したようにブライアは叫び。


 そして、無くなっている右腕を左手で押さえながら、表情を青ざめさて身震いし始めたのだ。


 そのブライアの様子はフェルナルドを含めて、周りに居た者達が言葉を失うほどであった。


「ルイス重歩兵隊より急報! 急襲を受けて重傷者二百!」


「メースト騎兵隊より急報!! 急襲を受けて重傷者百! これも馬をやられているようです」


「徴兵した一般兵の中で錯乱した一部兵士達が逃げ出しているようです」


 止めどなくやってくる伝令兵に、我に返ったフェルナルドはブライアに詰問する。


「なんだ、何を知っている? 鬼とは何だ? 訳が分からぬぞ」


「鬼が……は……は……白鬼がやってくるんです」


 ブライアの白鬼と言う言葉に辺りが騒然となった。


「は、白鬼だと?」


「白鬼アレンのことか?」


「白鬼アレンはサンチェスト王国の人間。なぜクリスト王国に加担を? 何か同盟でも結ばれていたのか?」


「そもそも、死んだと聞いているぞ」


「いや……行方不明だったはず」


「では、白鬼アレンがあの……火龍魔法兵団を率いて我々に攻撃を? ならば、一旦撤退して立て直しを図らねば……このままでは良いようにやられるだけです」


「待て、火龍魔法兵団はサンチェスト王国内でとどまっているはずだ。しかも、分裂していると」


 周りに居る自身の部下達の話を聞いたフェルナルドが呟くように言う。


「……しかし、これだけの所業だ。敵ながら悔しいがあの火龍魔法兵団が現れたと言うなら納得できてしまう」


 フェルナルドの呟きを聞いた兵士達は軽く身震いして、ゴクリと息を飲んだ。


 ただ、一人だけブライアだけが首を横に振った。


「ちが……う。これは、火龍魔法兵団ではないのです。は、は、白鬼の……白鬼の仕業です」


「白鬼の仕業? ……どういうことだ。まさか……これがすべて白鬼アレン一人の仕業とでもいうのか? そんな馬鹿な!」


「あの白鬼が……剣を抜いたのです! 我々は白鬼の怒りを買ってしまった!」


 ブライアがそう叫ぶと乗っていた馬が戦慄き、ブライアは落馬してしまう。そして、蹲りプルプルと震え始めた。

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