第156話 さぁ、戦争を始めようか。

 アレンは森抜けたところで、それを見た。


 アレンの視線の先には五万人ほどの軍勢がクリスト王国の首都リンベルクを囲う壁を登って攻めていた。


 戦況としては、バルベス帝国軍が梯子と攻城塔と言う木造の移動できるように滑車が付けられたやぐらが壁に掛かっていて、壁上に拠点を作ったバルベス帝国軍とクリスト王国軍の戦いになっていた。


「おうおう、やっているな。……ってなんだ、これだけかよ。ホランド達が来る前に終わってしまうかもな」


 アレンからは表情が完全に抜け落ちたように見えるほどの無表情であった。


 アレンは西側の壁前に布陣していた一万規模の軍にスタスタと歩き近づいて行く。


 最初、アレンに気付いたのは西側の壁前に布陣していた一万規模の軍の側面に居た歩兵の一人だった。


 たまたま横に視線を向けたところでアレンは居たのだ。


 その兵士は少し隊列を離れて、アレンへと近づいて問いかける。


「おい、お前は帝国軍の奴じゃないな」


「ああ、そうだ。俺はアレン」


「そうか……ならば、子供とはいえ殺すしかない。そう命令されている! 悪いが死ね!」


「物騒だな」


 アレンに声を掛けていた歩兵は剣を掲げて振り下した。対してアレンは特に攻撃する訳でも避ける訳でもなかった。


 ただ、アレンへと振り下された歩兵の剣がアレンを切り裂くことはなかった。


 アレンへと振り下された歩兵の剣はアレンが前に出した右手の人指し指と親指との間で見事に受け止められていたのだ。


「な……」


「うん、剣の振り方がなってないな。ちゃんと鍛錬しているか? こんな剣の振り方じゃあ、俺は殺せないよ」


 剣を受け止められて驚きの表情を浮かべた歩兵は剣を引こうとしたがアレンに掴まれていた剣はビクともしなかった。


 アレンは剣を掴んだままにスッと前に出ると、空いていた左手で拳を握る。


 そして、歩兵の顎先をコツンと殴って脳が揺らし……意識を失わせて倒す。


「がっ!?」


「おっと……いつもの癖で手加減してしまった。そうだ、今はあの制約が解除されているんだった」


 どう見ても子供にしか見えないアレンが歩兵の一人を目にも止まらぬ速さで倒したところを目にした周りの歩兵達は騒然となった。それでも、歩兵達はジリジリとアレンを囲むように近づいて剣や槍を構えた。


 ただ、アレンは周囲を囲まれたことを気にせずにいる。


「あーさっき書いた治癒魔法【ヒール】の魔法陣が消えちまったな、もう一度書くか……。それから、必要ないかも知れないが【プランク】の魔法陣も……っと」


 倒して歩兵から奪った……いや、アレン風に言うと借りた剣を脇に挟むと。


 左手の人指し指の指先を噛んで血を流すと、右手の甲へ円、そしてその円の中に小さな円と十字を書き込む。


 更に着ていたTシャツの首元の布をビリッと破って、丁度胸の真ん中あたりに円、そして円の中に三角を一つ書き込んだ。


「さてと、準備はこのくらいでいいか……」


 アレンは歩兵から借りた剣を右手に握り、構える。そして、剣の振り心地を確かめるように軽く剣を振るって見せた。


「殺せ!!」


 アレンがのんきに剣を振ったりしているうちに歩兵の中で一番偉そうな歩兵の号令でアレンの周囲を囲んでいた歩兵達が一斉に剣や槍を突き刺そうとした。


 ただ、アレンはフッと姿を消して剣や槍がアレンへ届くことはなかった。


 そして、一陣の風と共にどこからともなくアレンの低く冷たい声が辺りに響く。




「さぁ、戦争を始めようか……【神無】」





 剣や槍を突き刺そうとした歩兵達は、アレンが突然に姿を消したことに驚きのあまり呆然としていたのだが、自身の腕や自身の足から強烈な痛みが走って我に返る。


 痛みのある場所に視線を向けると大きく切り裂かれていて、だらりと動かなくなっていた。


 歩兵達はいつ切り裂かれたのか……そもそも何が起こったのか……理解できなく、恐怖に顔を歪めて後ろに尻餅を付いた。


「ひいいいい、俺の脚! 俺の脚がああああああああ!」


「俺の腕が……なんで!」


「どどどど、どうなって……痛っ」


「痛! なんでこの足は動かなくなってるんだよぉ!」


 苦悶の表情を浮かべた歩兵の一人が切り裂かれて動かなくなった左足の太ももへと手を置く。


 すると、傷口は燃えるように痛みがあったものの血がほとんど流れていなかった……。


 それはまるで、止血されているように。




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