第140話 どーん!
ここはリンベルクの街の商業地区。
多くの屋台が並んで、その屋台目当ての客がわんさか居て、その客を商人達が声掛けしている。
活気にあふれている場所である。
そんな中で、げんなりとした表情のアレンがフラフラとしながら歩いている。
「うー祭りの日に比べたら少ないが……やっぱり人が多いなぁ」
アレンは相変わらず人ごみは駄目なようである。そんなアレンへ一つの屋台から声が掛かる。そして、それと同時にアレンの胸の中に誰かが飛び込んでくる。
「アレン兄ちゃん! どーん!」
「おぷ、ルーシー」
アレンはよろめきながらも何とか飛び込んで、ルーシーを受け止める。
「兄ちゃん大丈夫? 水あるけど飲む?」
「ルーシーが体当たりしてこなかったら、もっと大丈夫だったんだけどな……水はもらおうかな」
「じゃ、こっちこっち」
「そんな引っ張らなくても」
アレンは抱き付いていたルーシーをその場に降ろした。すると、ルーシーがアレンの手を握ってグイグイと自身の屋台にまで連れていく。
「うぷ」
屋台の裏側にやってきたアレンはげんなりとした表情のまま座り、嗚咽に近い声を漏らした。
そんなアレンにルーシーは水を注いだ木のコップを差し出して問いかける。
「大丈夫?」
「いつものことだ。少し休めば……何とか。ありがとう」
アレンはルーシーに差し出されたコップを受け取ると、水を一気に飲み干していく。対してルーシーはアレンの隣にちょこんと座る。
「じゃあ、良かったよ」
「アレ? ルーシー一人で店番か? シリアさんは?」
「お母さんなら他の屋台の人と話に行っているよ」
「そうなんだ。けど、だいじょうぶなのか? お金の計算とか?」
「まだ計算は勉強中だよ」
「え?」
「ふふ……もう売り物の野菜が全部売れちゃってないもん」
「そうなんだ。そういえば、軍が食材を買い占めちゃったとかで物不足なんだっけか」
「うん、それでね。それでね。今日ね。私、アレンに教えてもらった弓でラグラビット四羽を捕まえることができたんだよ?」
「へぇーよかったじゃん」
アレンは暇な日にフーシ村に出向いて、ルーシーと遊びついでに弓矢を手作り、その作った弓矢の使い方を軽く教えていた。
ちなみに、それを見ていたフーシ村の他の子供達も集まり全員に弓矢の作り方、使い方をアレンは教えることになったのだが、それは別の話。
「今日はそのラグラビットのお肉が飛ぶように売れたんだよ? お野菜の育ちがよくないみたいで、私が今稼ぎ頭なんだぁーへへ」
「そうなのか、偉いな」
「でしょーって。これはアレン兄ちゃんに弓を教えてもらえたからだね」
「いや、ルーシーはなかなか筋がよかったんじゃないかな」
「へへーほんとう? 嬉しいなぁ」
「ただ森に入るなら……十分に気を付けるんだぞ? 森は危険がいっぱいだからな」
「はーい。あ、また今度……弓の使い方を教えて欲しいな。えーっと、ほらジルとかペータとかがもっと教えて欲しいって」
「んー俺、弓矢はあまり使わないから教えられることはもうないぞ?」
「けどけど、ちゃんとできているか見て欲しい」
「まぁ、見るくらいならいいけど」
「ほんと、嬉しい」
ルーシーは嬉しさを表現するようにアレンにバッと抱き付いた。ただ、その時アレン達に近づいてきた人物が咳払いをする。
「オホン、旦那には見せられないねぇ」
「あ、シリアさん。こんにちは」
「あ、あ、お母さん! ひゃわ!」
シリアの目にしたアレンとルーシーで反応は大きく異なった。
アレンは普通にシリアに挨拶するに対して、ルーシーは挙動がおかしくなって赤くした顔を両腕で覆ってうずくまった。
「あぁ。アレン、久しぶりだね。元気していたかい?」
「んーぼちぼちかな? のんびりしていたよ」
「そうかい。そりゃー良かった。さてと、今日はもう売るもんがないし、そろそろ店じまいするかね」
「……そういえば、ルーシーに聞いたけど。あんまり野菜の育ちが良くないの?」
「あ? まぁ、今年の冬はなかなか厳しかったからね。仕方ないよ」
「そっか、俺んところで余っている野菜を買い取って売ってみる?」
「アレンの村では野菜余っているのかい?」
「うん」
「なら、アンタの親が売りに来ればいいんじゃないかい? その方が儲かるだろう」
「……俺の親、人見知りで訛りもすごいから野菜売りには向いてないんだよね」
「なら、アレンが売ればいいじゃないか?」
「俺は知っての通り……こんな人通りの多いところで商売なんて、耐えられないよ」
「なるほどね……まぁ、人には向き不向きがあるかい」
「そう、向き不向きがあるねぇ」
「んー……わかった。いつまでに、どのくらい用意できそうなんだい?」
「どうしようか。今日は久しぶりの人ごみに疲れちゃったから、明後日の早朝くらいにフーシ村に持って行こうか……量はどのくらいになるか分からないなぁ」
「とりあえず、期待せずに待つとするかね。買取金額とかは物をみないと付けられないが……もし、本当に販売できた時に売上の二から三割は貰いたいところだね」
アレンは口元に手を当てて考えを巡らせる。
んー相場が分からん。
まぁ……冒険者ギルドの買取に掛かる手数料が二割になっているから、シリアさんの言う売上の二から三割は暴利と言う訳でもないか。
一日中、こんな人通りの多いところで立っていてもらうんだ、そのくらいは当然か。
俺には絶対に出来ないし。
それに本当、大量に野菜が余っているので何とか処理しなくてはならなくなっていたしなぁ。
ただ大量の野菜が出回って、どこで作った野菜とか聞かれるのは面倒くさいなぁ。
俺の屋敷のことはなるべく嗅ぎまわらせたくない。
ちょっと色を付けて口止めしておくか?
考えを巡らせていたアレンは口元から手を降ろすと、シリアに視線を向けて口を開く。
「……いや、最初だし。四割貰っていいよ。状況をみて、次からは二から三割になるかな?」
「そんな、いいのかい?」
「まぁ、何事も試してみないと分からないし。ただ、一つだけ」
「ん? 何だい?」
「んーどこから買ったのか秘密にしてくれる?」
「何かあるのかい?」
「……俺、大勢に詰め寄られて囲まれたりするのもあまり得意じゃないんだ」
「ハハ、商人が詰め寄るくらいに野菜があるっていうのかい?」
「んーどうだろ?」
「まぁー期待せずに待っておくさね」
「そうだね。そのくらいの感じでいこう」
「さて、ルーシーいつまで蹲っているんだい? 店を片付けるよ」
シリアはずっとうずくまったままのルーシーに視線を向けて声をかける。ルーシーは黙ったまま立ち上がってシリアを手伝い始めた。
その様子を眺めていたアレンだったが、スッと立ち上がった。
「水、ありがとう。そろそろ、大丈夫そうだから……行こうかな。シリアさん、明後日の早朝に行くから」
アレンは木のコップをルーシーに手渡すと、その場を立ち去るのだった。そのアレンの後ろ姿をルーシーはポーッと見送っていた。
「……」
「何だい? 何だい? ルーシーはアレンのことが気になっているのかい?」
ニヤニヤと笑みを浮かべてシリアがルーシーに問いかけた。その問いかけにルーシーは少し赤くなった顔をブンブンと横に振った。
「そ、そ、そんなんじゃないよ」
「ふふ、助けてもらった王子様なんだろ?」
「な! な! な!」
「それで、どうなんだい?」
ルーシーとシリアの二人は店の片づけそっちのけで、しばらく娘と母親の恋バナに花が咲くのだった。
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