第135話 組手。

 ここはアレン達が暮らしている屋敷の隣に作った修練場である。


「ふぁー」


 アレンはロッキングチェアに揺られながら、欠伸する。


「やあ!」


「行くッス!」


「く、足癖が」


「ふすん」


 アレンの目の前では、ホランドとノックス、リンとユリーナの組み合わせでそれぞれ組手を行っていた。


 そして、アレンの隣ではローラが木製のナイフをヒュンヒュンと風を切りながら素振りしている。


「……ローラ、もう少し鋭い感じでまっすぐナイフを振り抜くといいな。さらにナイフの刃に逆らわずにね」


「はぁはぁ……わかりました」


「大丈夫か? 無理は良くない」


「はぁはぁ、あと少しだけ頑張ります」


「ローラの場合は敵と向き合った時に無理に戦うよりも脱兎のごとく逃げて時間稼ぎするのが一番有効なんだけどなぁ」


「それは分かっているんですが……はぁはぁ」


「まぁ。世の中、何が必要になって来るか分からないから……やれないことを潰しておくのは良いことだよな。ん?」


 アレンはホランドとノックスの組手に視線を向ける。


「はっ」


 短い掛け声と共にホランドが回し蹴りをノックスに打ち込んでいく。


「う、痛いッスね」


 ノックスはホランドの蹴りをガードしていた。ただ、たまに不規則にフェイントを入れられていい蹴りを数発貰って表情を曇らせる。


 そして、二段蹴りでノックスの防御を吹き飛ばして、上体を逸らさせる。


「はっ!」


 ホランドは一気に間合いを詰めて拳を突き出した。


 対して、ノックスは体を強引に捻ってホランドの拳を躱して、ホランドの腕を取ってホランドの拳を突き出した勢いをそのまま利用しつつ投げ飛ばす。


「甘いッスよ」


 ノックスがホランドを綺麗な半円を描き一メートルほどの距離を投げ飛ばした。


 吹き飛ばされたホランドであったが、何とか体の体勢を保つ。


 そして、地面に叩き付けられることなく、足を付いて踏ん張った。


 ホランドとノックスの組手を見ていたアレンが感心したように口を開く。


「うむ、まぁまぁ見応えのある組手ができるようになってきたな」


「……アレでまぁまぁですか?」


 アレンの言葉を聞いていて、ローラがボソッと呟いた。


 いつの間にかアレンの隣で休んでいたローラがホランド達の組手をアレンと一緒になってみていた。


「あぁ、もう少し技にキレが欲しいところだな。まだ組手を始めて一年経ってないから仕方ないなぁ」


「そうですか。……私では一年経ってもアレができる気がしません」


「まぁ、こればかりは人間向き不向きがあるから仕方ないな。ん?」


「どうされましたか?」


 アレンは目を細めて、リンとユリーナの方に視線を向ける。そして、ロッキングチェアから降りるとローラに声を掛ける。


「ローラ、ちょっと来てくれるか?」


「え? あ、はい」


 アレンはローラに一言掛けると、リンとユリーナが組手している方へスタスタ歩いていった。そして、ローラも少し遅れてアレンの後ろに付いて行く。


「リン、ユリーナ……いったん止め」


「アレンさん? 何かあった?」


「?」


 アレンが声を掛けると、組手をしていたリンとユリーナが手を止めた。


 リンとユリーナが首を傾げてアレンを見る中で、アレンは気にするとことなくユリーナに近づいていく。


 アレンはなんの躊躇なくユリーナの左の腕の袖を捲り上げて、二の腕をフニフニと触っていく。


 アレンに二の腕を触られたユリーナは顔を赤くして変な声を上げる。


「ひゃん、突然、何やるの? アレンさん」


「んー痛くないか?」


「え? ……っ痛い!」


 アレンはユリーナの左腕を持って動かしていく。そして、ユリーナの左腕を曲げるとユリーナは表情を歪めた。


「組手の間は興奮状態だからあまり痛みを感じなかったんだろが、体は無意識に庇っていたぞ……リンはタオルと水を桶に汲んで持ってきてくれ。ローラは治癒魔法をかけてやってくれ」


「うん、わかった」


「……はい。わかりました」


 リンが水を取りに屋敷に戻っていき。


 ローラはユリーナをその場に寝かせると、ユリーナの左腕の上あたりに手をかざした。


「【ヒール】」


【ヒール】とローラが唱えるとユリーナの左腕が薄く光を帯びてくる。その様子を見てアレンは感心したように呟く。


「無駄のない魔法の発動だな。大したものだ」


「ありがとうございます。しかし、アレン様一つよろしいですか?」


「ん? なんだ?」


「アレン様……女性の肌に何の断りもなく触れるのはいけませんよ?」


「え、けど、弟子だし」


「弟子だとか、そういうことは関係ないのですよ」


 ローラはいい笑顔でニコリと笑って有無言わせないと言った様子で言った。更に言うと、目は笑っていなかった。


「あぁ……わかった」


「わかっていただければいいのです」


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