第103話 アレンの何気ない一日。
ここはアレン達が住み始めた青い屋根の屋敷の談話室。
談話室のレイアウトは長方形のローテーブルが部屋の真ん中に置かれていて、それを囲う様に十人以上が座れるソファが並んでいた。
そして、その奥に暖炉があって、暖炉の前には椅子の足にカーブした板が取り付けられてゆらゆらと揺れるロッキングチェアが二脚とサイドテーブルが置かれていた。
暖炉には火が入れられて木がパチパチと燃えながら、部屋の中を温めている。
談話室に居たアレンはロッキングチェアに胡坐をかき座って、辞書を片手に本を読んでいた。
それはかなり不安定そうで今にも転んでしまいそうだが、絶妙なバランスを取っているのか、かれこれ一時間ほど体勢を変えることなく座っていた。
ただ、暖炉にくべていた木がパチンと爆ぜたところで、アレンは本から視線を上げて暖炉に視線を向けた。
「ふー」
アレンは持っていた辞書をサイドテーブルに置いて、大きく欠伸をした。
「ふぁふぁ、今日はこのくらいにするかな?」
アレンは手に持っている本をパタンと閉じると、表紙をなぞった。アレンの持っている本の表紙には植物百科と書かれている。
これは図があってわかりやすいな。
特に、ここら辺特有の草花が詳しく書かれていてよかった。
ギルドで無理言って借りたかいがある。
言葉の勉強と植物の勉強が同時にできるのはお得だな。
アレンはそんなことを考えながら、本をサイドテーブルに置く。そして、座っていたロッキングチェアから立ち上がった。
立ち上がったところで、アレンは周りを見回してこぼした。
「さてと……静かだな」
今、ホランド達はこの屋敷には居なかった。それは数日前からA級の魔物を偵察するためユーステルの森に入っていた。
「何も無ければ、もうとっくに帰ってきていい頃なんだけどな」
アレンは暖炉で温められていたポットを手に取ると、サイドテーブルに置かれていた空になったティーカップにポットから茶色い液体……紅茶を注ぎいれる。
紅茶をティーカップに注ぐと白い湯気とともに紅茶の茶葉の香りが辺りに香った。
「ふう……いい匂いだ」
アレンはティーカップを手に取る。そして、再びロッキングチェアに座って、前後にゆらゆらと揺れだした。
「……」
アレンは黙ったままティーカップに入った紅茶を一口飲んだ。
……心配だな。
ホランド達がこの屋敷を出てユーステルの森に入ってもう七日経ったのか……五日で帰って来る予定だったからすでに二日経っている。
どうしたんだろうか?
もしかして、死んじゃった?
……ちょっと探しに行くか?
いやいや、さすがにそれは過保護すぎるだろう。
帰って来る予定の日から遅れることなんて、冒険者ではよくあることだしな。
実際、ホランド達は多めに水や食料を持って行っていた
しかし、今回はとりあえずA級の魔物を偵察に行ってくると言う話だった。魔物を偵察に行っただけで帰ってくる予定日が遅れることはあるのか?
明日……明日帰って来なかったら、探しに行くかな。
そうだな。そうしよう。
アレンはふと、視線を暖炉の燃えている薪へと向けた。
「……最近、冬が近づいてきて寒くなってきたよなぁ。この辺りの夏はそこまで暑くないが、冬はかなり寒くなるんだろうか? 暖房とかも魔導具があればよかったんだが、薪を大目に準備していくかな? それにしても寒くなってきた」
アレンは落ち着かい様子でロッキングチェアから立ち上がり、ティーカップをサイドテーブルに置く。
そして、ソファの周りを歩き出した。
十分ほどくるくるとソファの周りを歩いていたが、不意にピタリと立ち止まった。
「そうだな。ちょっと、薪を作るためにユーステルの森へ行こう。ちょうど、薪が必要になったのだから仕方ないよな。うん。仕方ない」
アレンはどこか言い訳じみたことを言うと、暖炉の火を消して談話室を後にしたのだった。
「あ」
「「「「あ」」」」
ここはユーステルの森でも少し奥に入ったところで、アレンと魔物を偵察して帰る道中のホランド達がばったりと出会った。
「おーどうだった? 魔物は」
アレンの問いかけに、戸惑いの表情を浮かべながらホランドが答える。
「え、あ……はい。見つけたA級の魔物は二体で……一体目がジャイアントコングでかなりの巨体なんですが、機敏でなかなか手こずりそうでした。そして、二体目がファイヤータートル、炎で辺りを火の海にしながら他の魔物を駆逐していました。更に厄介なのが身の危険を感じると炎をまき散らしながら固い甲羅に籠ってしまうところですかね」
「そうか、A級の魔物を二体も見つけたのか」
「はい、ユリーナの探知する魔法の精度が上がり、広範囲に使えるようになっていたみたいで」
「……そうか、それは良かった」
「あのアレンさんはこんなところで何してるんですか?」
ホランドの問いかけに対してアレンは視線を下に逸らして、ボソッと呟いた。
「……ちょっと散歩だ」
「えっと、ここって結構屋敷から離れていると思うのですが」
「気にするな。ちょっと散歩だから。うん、散歩」
「じゃ、帰りますか」
「……そうだな」
こうして、アレンの何気ない一日が過ぎていった。
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