第101話 下を向いている時間。

「……話を戻しましょう。それでどう対処しますか? やはり領主貴族の軍と合わせて近い兵数が必要だと思いますが」


 ファシルは資料から視線を外し、ベロウスをまっすぐ見据えて問いかける。


「ぐぬぬ……仕方ない。ガブリアス将軍の軍を出すか……あそこは精強だ。多少の兵数の差なら跳ね返えすことができるだろう」


「恐れながら……帝国軍の規模から見ても王都軍が抱えるすべて……ペイドス将軍の軍も動員が必要かと思われますが」


「そ、それはできん。ペイドス将軍は王都防衛の要。彼の軍が王都から離れてしまったら、王都防衛はどうする? 完全に無防備になってしまう」


「それしか……それしかないでしょう。そうしなければ単純に物量で押されて負けてしまう。ただ、ペイドス将軍の軍を出したら……相手が十万なのに対して、我らは領主貴族の軍が二万から三万でガブリアス将軍の軍が二万、ペイドス将軍の軍が二万、我らの軍は七万……兵数的には及ばないのですが。地の利はありますし、時期も秋の終り頃でもうすぐ冬、今年は何とか跳ね返すことができるでしょう」


「そうか。そうか……んお、今年は? どういうことだ?」


「今年の戦いで何とか跳ね返すことはできても、多くの兵士が死んでしまうでしょう。ただ、来年以降も帝国は十万規模の軍勢を用意することができるでしょう。なぜなら、今回、侵攻してきた帝国軍は全軍ではありませんから。よって、来年以降に行われるであろう帝国の侵攻を跳ね返すのは難しいです」


「ぐぬぬ……そうだ! 一般人……女、子供、年寄りまで強制徴兵するか! 少しは役に立つだろう! いっそのこと矢避けに! それで死ぬ兵士を減らせる!」


 ベロウスの言いように、ファシルは表情を変えなかった。しかし、額の血管が浮き出ててくる。


「……これは別のところで得た情報なのですが、アレンを国外追放して以降、軍に対する不信感が高まっているようで一般人や商人の中に国外への亡命を試みる者が急激に増えているのです」


「なんだと! ちょっと前に下賤な血を持つアレンを排して国外追放したことで抗議デモが起こったと思えば! 今度は国外への亡命だと! ふざけるな! なんて、身勝手な連中だ!」


「今はそう言う状況なのです。前までは強制的に人を集めるのは良かったでしょうが、今は……軍に不信感を持つ者が多い、そんな中で強制的に集められた素人に近い集団を誰が指揮するんですか? 少なくとも私では無理です。更に女、子供、年寄りを含めるとなると更に無理です。指揮しても命令など聞かずに逃亡者が続出するでしょう。それでも無理矢理に従わせようとしたら、暴動が起こって目も当てられない状況になるかと」


「ぐ、では、どうしたら。こ、このままでは私の栄達がぁ! うぐぐ……仕方ない! アレンを連れ戻せ! アイツさえ戻れば火龍魔法兵団の主力である副長共が望んだ通りに戻って……兵団も元に戻るだろう! そうすれば帝国軍も退けられる!」


「……アレンは国外追放されて、刺客を差し向けたのでは?」


「いや、アレンは生きている可能性がある」


 ベロウスは先ほどから握りしめていた火龍魔法兵団の長の証のペンダントを見せた。


「それは……」


「アレンに放った刺客が持ち帰った火龍魔法兵団の長の証である『アスピーテのペンダント』だ。この魔導具に付いてお前も知っているだろうが」


「はい。それがどうしたのですか?」


「このアスピーテのペンダントは軍内の兵士を管理する魔導具である。兵士の所在や生存も知ることができる昔に古代の遺跡から見つかった代物だ。本来ならば、このアスピーテのペンダントでホーテなど副長達の所在や生存を見ることができるはずなのだが……リセットされていた。死に際のアレンがこれをリセットしたとは思えん! よって、アレンがその刺客と取引でもして自身を死んだことにしているに違いない! ベナデース壁の外にアレンは放りだされた! ファシルよ。お前の隊を率いて捜索を掛けろ!」


「……」


「ん? どうした?」


「……今回の一件でアレン・シェパードの実績を改めて調べたよ……それは国民から英雄と呼ばれるに相応しかった。保身ばかりを考えるアンタなんかとは比較することすら失礼だと感じるほどの人物だった」


 ファシルは消えそうなほど小さな声でそう呟く。


 ついで、苦悶の表情を浮かべながら頭を押さえてゆっくりと口調でベロウスの問いかけに答える。


「いえ、なんでもありません。……恐れながらお聞きしたい。どんな言葉をかければアレンはこの国に戻ってきてくれると言うのですか?」


「そんなもの、国外追放の罪を取消し、待遇を保証してやる。それで良いではないか? 喜んで戻ってくるであろう?」


「……かしこまりました。我が隊でアレンの捜索に出ましょう。では、失礼します」


 ファシルは何か決意したようなに表情を引き締めて、一礼するとベロウスの執務室を後にするのだった。




 ベロウスの執務室を後にした後、ファシルは王宮内にある軍の司令部ある区画……その区画の自室として宛がわれた部屋に入った。


 そして、部屋の扉を閉めた途端、扉に寄りかかるようにしてぽつりと呟いた。


「この国は滅んだ方が良いのかも知れない」


 ファシルはずっと握っていてしわくちゃになった資料がストンと床に落とした。


 そして、目を瞑って俯く。


「滅んだ方がいい……だが、私は家族を……国を守りたい」


 そう言ったファシルは次に嘲笑した。


「は……滑稽だな。本来死力を尽くし戦い守る立場でありながら、守られていたことにも気付かずにのうのうと暮らしていた。更に守ってもらっていた恩に対して何も報いることができていない。……更にアレン様の功績を妬み、そして排した愚か者達が上に立つ軍の一員でもある。そんな、私がいくら礼を尽くし詫びたとしても空々しい。更に戻ってきて守って欲しいと都合のよい願いを……? 私は自分が不甲斐なくて死にたくなる!」


 ファシルは瞑っていた目をカッと大きく開く。そして、顔を上げてまっすぐに前を向いた。


「もう遅いかもしれない……だが、私に下を向いている時間などない! 軍人として足掻かねば! やる事は山ほどある……アレン様の捜索はもちろん……軍内の大掃除もだ」


 ファシルは、もたれ掛っていた扉を開けて部屋の外へと出ていってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る