第100話 七カ月。

 アレンが国外追放されて、七カ月が経っていた。


 ここはサンチェスト王国の王宮内にある軍総司令の執務室である。


 その部屋の中には金色の髪を角刈りにし、肥満体系で軍服がパンパン膨れ上がらせた男性……サンチェスト王国の軍総司令であるベロウス・ファン・バリウドスがデスクの椅子に座っていた。


「くそ! くそ! ……こんなはずでは……こんなはずでは」


 苦悩しているベロウスがデスクに突っ伏していた。そして、怯えたように頭を抱えて、プルプルと顔を震わせている。


「すべては副長ホーテが……副長ラーセットが……副長アリソンが火龍魔法兵団を抜けると言い出したからだ。すべて、アイツらが悪い。私は悪くない。ようやく目障りだった奴を取り払えたはずだったのに……くそくそ」


 ベロウスは視界に入った……以前はアレンが持っていた火龍魔法兵団の長の証である剣の形をしたペンダントを握り締めてデスクに叩き付けようとした時だった。


 トントントン。


 執務室の扉をノックする音が室内に響く。


 ベロウスは扉の方を睨みつけて、口を開いた。


「なんだ」


「失礼します。追加で情報が入ってきました」


「ファシル将軍か……入れ」


 ベロウスに許可されて執務室の中に入って来たのは、軍服を身に纏った茶髪を短く切り揃えた三十代前後の男性……ファシルであった。


 執務室に入ったファシルは資料を手にしながら固い口調で報告を始めた。


「ゴーダ平原で行われた戦の詳細です。アードルク子爵軍とバルベス帝国軍との戦は半刻もしない内に劣勢となり、援軍として火龍魔法兵団も参戦したようですが……完全に帝国軍の物量で押し切られ、アードルク子爵の首を取られて……王国側の軍は散り散りとなって敗北したそうです」


「ぐ、我が息子はどうしている? 火龍魔法兵団はどうなったんだ?」


「ポントス様はいまだに生存不明で。火龍魔法兵団はほとんどが帝国軍に駆逐されてしまったようです」


「我が息子が……くそ! これはホーテ達……副長が抜けたからだ! すべてアイツらの責任! それで戦力が下がった! せっかく物資と人を大量に送って兵団を強化してやったというのに! アレン・シェパードの居ない火龍魔法兵団に興味がないなどとふざけたことを言いおって!」


 ベロウスは拳に血をにじませるほどにデスクをガンガンと殴りつける。そして、激情に任せるように、唾を飛ばしながら声を上げた。


 ベロウスの言葉を聞いたファシルは一瞬沈黙したが、すぐに固い口調で報告を始める。


「……報告を続けます。帝国軍は防衛線だったゴーダ平原を抜いて中都市であるヘルムートの街を占領地として滞在しているそうです」


「ぐぬぬぬ」


 報告を聞いたベロウスは整っていた髪をクシャッと乱しながら頭を抱える。そして、唸り声を上げる。


「帝国軍がヘルムートの街からこの王都へ向かい侵攻してくるのも時間の問題です」


「ぐう」


「帝国軍は十万規模の軍です。ヘルムートの街からこの王都までにある領主貴族達に用意できる軍では帝国軍の侵攻を止められません。よって、王国軍への援軍要求が多数寄せられています」


「十万……十万……それほどの数が防衛線を抜けてサンチェスト王国内に……そして、この王都を目指しているというのか」


 ベロウスは十万と言う敵の数を聞いて、顔を青くして糸の切れた人形のように椅子の背もたれに体を預けた。



「はい」


「近年で最大規模だ……なんで今に限って」


「いえ……それが」


 ファシルは言い難そうに言葉を淀ませた。


 その様子を見て、ベロウスが怪訝な様子で問いかける。


「なんだ?」


「それが……信じられないのですが捕虜とした帝国軍の兵士の話によると、この十万規模の軍勢での侵攻は毎年行われていたと」


「どういうことだ? そんな報告は……まさか、アレンの奴め、少ない数で敵軍勢を見積もって適当な報告していたのか! くそ、あ奴は報告もまともにできんか! やはり、今の惨状を生んだのは報告を怠ったアレンの責任である!」


「……報告に偽りがあった件、火龍魔法兵団に落ち度があったのか。それとも、情報を受けた人に落ち度があったのか」


「ど、どういうことだ?」


「今まで帝国の十万規模の軍勢が毎年攻め込んできていた。これは真実でしょう。つまり、今までは帝国の十万規模の軍勢を百人しかいない火龍魔法兵団が退けていたことになります。一人十殺なんてレベルではありません。それは最早、常人では想像も出来ない所業です。……仮に……王都にいて戦場にも立っていない我々がその報告を受けて信じることができたでしょうか?」


「ぐ……それは」


 ファシルの説明にベロウスは何か思い当る節があったのか、表情を歪めた。

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