第70話 カーベル・スターリング将軍。

「は? 国?」


 アリソンはポカンとした様子でこぼす。


「昔、サンチェスト王国とバルベル帝国の間には国があったろ?」


「……確かにあった。十五年前に崩壊したイギラス王国が……だけど、あの国は帝国によって崩壊させられたんでしょ?」


「帝国がイギラス王国に攻め込んだ時にはかなり荒廃していたんだよ。そのイギラス王国を荒廃させたのは団長で帝国は止めを刺しただけなんだよ」


「それが本当だったら。それはもはや人間の枠組みから外れているわ」


 アリソンは驚きを通り越して、頭を抱えている。シズに至っては情報の処理不良になっているのか、言葉すら出ない。


「ふふ、それは俺も否定しないかな。団長にとって人間を倒すなんて作業に近いだろうね。なんたって、あのカーベル・スターリング将軍でさえ。団長をもてあまし制約を作ったんだからな」


「カーベル・スターリング将軍……って昔、サンチェスト王国を襲った魔人を討伐して、当時の国王に認められて特例で将軍になった伝説の人?」


「あぁ、そうさ。俺と団長はカーベル将軍の下にいた。団長はその時から百人の部隊を任されていて、俺は新兵としてその隊にいた」


「団長って、どこにいても百人以上の指揮は任せてもらえないのかしら? 能力的には万の軍勢を指揮していてもおかしくないと思うんだけど」


 アリソンは苦笑しながら、首を傾げた。


「ふ、カーベル将軍は団長を信用していたよ。どうやら、二人は師弟関係にあったみたいだし。もちろん、能力も十分に認めていた。だから昇格を勧めていた。これは俺が感じていたことなんだが、年老いていたカーベル将軍は団長に将軍が指揮していた軍を任せたいと思っていたんじゃないかな? ただ、団長が断っていたんだけど」


「断っていた?」


「くく、理由は……君達も知っているだろ? 団長が人ごみを苦手なの」


「……え? まさか、そんな理由? 団長がずっと百人の隊を指揮しているのは……」


「そうだね。昔は少なくともそうだったよ? 今は多少上からの嫌がらせも入っているのかな? けど、ずっと人ごみは駄目そうだから。もし言われても断っているかな?」


「まさか、そんな理由だったんだ」


「本人からしたら、そんなことで片付けられないんだろうね」


「そっか」


「カーベル将軍の事は調べれば分かると思うけど」


「そうね。将軍は帝国の侵攻を阻むために戦死された」


「あぁ、それが歴史書に書かれている表の歴史だよ」


 そう言ってホーテの表情を鋭くした。対して、アリソンとシズは二人揃って、目を見開いて驚く。


「「え?」」


「……カーベル将軍は帝国から狙われていた。王国内に情報を漏えいする蛆虫……そして、カーベル将軍の軍内にも蛆虫が居てね。将軍の軍を内部と外部から崩壊させてしまった……それで将軍は戦死したんだ」


「そんな……けど、じゃ帝国は……? まさか」


 アリソンは何かに気付いたのか、ハッと目を見開いた。


「そう、団長は……将軍が殺され、軍全体が瓦解し……一般人まで虐殺している混沌とした状況を目の当たりにして怒り狂ってね。そして……【神無】を使ったんだ。その結果、団長は一人で十万を超える帝国軍を撤退させた。そして、団長が将軍の最後の名誉とするために……表の歴史を作って報告した。帝国側も一人の人間に十万の軍勢を退けられたなんて言える訳もないから、団長が作った表の歴史に乗ったんだよな」


「……」


「そんな、経緯が……」


 アリソンはあまりのことに黙ってしまった。そして、シズは驚愕するように口元に手を置いて声を漏らした。


「表の歴史から団長の名は完全に消えた。しかし、そうなると残ったのは両国……特に帝国の損害は甚大で三年他国への侵攻ができないほどだったこと……そして、真実を知る帝国軍人の間で団長は『白鬼(はくき)』と呼ばれ恐怖の象徴となったことだけ」


「……」


「ただね。カーベル将軍の死後、数年間団長は姿を本当に消していた。俺もその間団長が何をしていたのか知らない。帝国の侵攻が再び激しくなって、カーベル将軍の副将を務めていたアインハルト将軍がどこからか団長を引っ張ってきて……火龍魔法兵団が出来て今に至るという訳さ。駆け足の説明なってしまったかな? ただ、悪いが俺もその時まだ若かったから詳しくは知る立場に入れなかったんだよ」


「そう、団長がとんでもないことが知れてよかったわ」


「あとは団長の口から直接聞くんだな」


 ホーテは立ち上がって、アリソンとシズを見る。


「え、アンタ、団長がどこにいるか分かるの?」


「分かるんですか?」


 アリソンとシズは目を見開いて、ホーテへと詰め寄る。


「ふ、しばらくしたら世界が変革する時期が訪れる。本当の英雄である団長が姿を現さない訳がないだろう?」


 小さく笑ったホーテはそう言って天幕から外に出ていく。ホーテが天幕の外に出たところで、すぐに赤い鎧を着た兵団員がホーテへ近寄って行く。


「ホーテ副長。お伝えしたいことが」


「ん? どうしたんだい?」


 兵団員はホーテに声を狭めて耳打ちする。


「ローリエ・ファン・ルートベンと言う者が、バジル様の紹介状を持ってきたのですが……」


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