第69話 神無。

「ハハ、最古参ってなんだか爺臭くて嫌いなんだけど」


 ホーテは苦笑してあご先に手を当てた。


「私、アンタの実年齢を知らないんだけど……ってそんなことより、団長とは火龍魔法兵団ができる前から知っている仲だったんでしょ?」


「ふふ、確かに……こうやって話すのも最後かもね。ただ、その質問は本当に俺と団長の実力差を知りたいからされた質問なのかい? 実は団長のことを知りたいんじゃないか?」


「……」


「団長は自分のことを話しているようで、肝心なことは話さない人だからね」


「……」


 ホーテの問いにアリソンは黙った。そして、悔しそうな表情で俯いた。


「……お願いします。知りたいです。団長のことでホーテさんが知っていて私が知らないのは悔しいですし」


「ハハ、シズは正直だね。仕方ない、話すとするかな? よっと」


 シズの願いに、ホーテは笑って、天幕の真ん中あたりで座った。


 それを見て、アリソンとシズもその場に座ってホーテへと視線を向けた。


「まず強さについてだね。団長の強さ……それは別次元の強さだから比較できない。ただ、俺やラーセット、アリソン……いや、火龍魔法兵団が束になっても勝てないよ」


「な……」


「ふ、けど負けもしないけどね」


 ホーテは悪戯な笑みを浮かべて言う。


 そのホーテが言ったことに対して、アリソンは怪訝な顔になって疑うように問いかけた。


「? それはどういう? でたらめ言っているんじゃないでしょうね?」


「でたらめなんて言ってないさ。でたらめに感じるのは団長が強すぎるから、人間の尺度では計れなさすぎるのさ」


「どういうことよ? ……訳が分からないわ。勝てないけど負けないって……そんなことあり得ないわ」


「それがあり得るんだよ。強すぎる団長の剣にはいくつもの制約があるからさ」


「制約……?」


「ああ、制約。俺も全部は知らない。例えば無益な殺生をしないとか? そうなると、人間は大体無益な殺生になるよね。食べれないし」


「そんな、え?」


「嘘……」


 アリソン、そして、静かに聞いていたシズですら小さく驚きの声を漏らした。


 火龍魔法兵団は軍の一団である。


 それに属している者はもちろん全員軍人である。


 軍人が人を殺したことがない。


 それは新兵や補給部隊の一部ならば考えられなくもない。


 ただ長年最前線で戦い続けている火龍魔法兵団の団長がそんなことあり得るのか?


 実際にアリソンも、後方支援組のシズですら、敵兵士を殺したことがあった。


「団長が人を殺すところを見たことがあるかい? 少なくとも俺はない。ちなみに魔物や獣は食べることができるから無益ではないよ」


 アリソンが口元に人差し指を置いて考える仕草をみせる。そして、黙って聞いているシズへ視線を向けると、その視線に答えるようにシズは首を横に振った。


 シズが首を振ったのを見て、アリソンが口を開いた。


「……ないわ。けど、だとすると更に分からないはどうやって火龍魔法兵団全員を相手にできるというの?」


「どうやって? んー【神無(かみな)】は俺達相手に使えないからなぁ。別の制約に引っかかる」


「【神無】って何?」


「んー今考えていたんだけど。質問が多いね。まずは火龍魔法兵団全員を相手に戦う方法だけど、武器を奪ったり、気を失わせたりしながら戦うだろね」


「だからそんなこと……」


「そんなことができてしまうほど、実力差があるのさ」


「……」


「それで【神無】は団長が考えた剣技であり剣の舞だよ。その剣は俺が知る中で一番邪悪な技かな?」


「邪悪ってけど、団長は無益な殺生ができないと」


「ふ、あの剣は殺さないから……いや、死なせないから邪悪と言うべきかな? 昔、団長は【神無】で国を崩壊に追い込んだことがある」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る