第67話 これから。

 ここは火龍魔法兵団が野営している、ゴーダ平原。


 火龍魔法兵団が野営している天幕の中では男の人達が、笑い声を上げながら……酒を煽っていた。


「ガハハハ……」


「ハハ、帝国の奴ら我らの姿を見たらすぐに逃げ出しおって」


「本当、情けないですなぁ」


「ハハハ、本当ですね」


「おい、村の女! さっさと酒を注げ!」


「そうだ。団長様へ酒を」


「は、はい!」


 気配を消しながら天幕の中を覗いていた火龍魔法兵団の副長であるアリソン・ボレートルが、その場を足早に離れた。


「……っ」




 酒の宴をしていた天幕から少し離れた場所に設置された天幕にアリソンが入った。


 入ったと同時に、アリソンが声を張り上げた。


「何なの! アイツら! 今日は十日に一度の定例の軍議をやるって前から言ってろうがボケども! なんで酒飲んでやがんだボケが!」


「アリソンさん、天幕の中は防音の魔法が掛かっていますが……もし聞かれたら処罰の対象になるかも知れませんよ」


 天幕の中にいたシズ・ファン・ブラットが戸惑いの表情で口を開いた。


「シズ、頭にこないの? 貴女もアイツらの頭の中がスポンジで苦労しているんじゃないの?」


「それは……人が増えたのである意味仕方ないとも」


 アレンが火龍魔法兵団離れてから、三カ月が経った。


 火龍魔法兵団は増員に増員を重ねて百から一万の兵団員を抱える兵団へと成長していた。


 ちなみにだが、先ほど天幕で酒の宴をしていたのはアレンの後釜になった団長と新たに選抜された幹部達であった。


「あら? アリソンとシズだけぇ?」


 アリソンの後から天幕にアリソンと同様に火龍魔法兵団の副長を務めているラーセット・シュタインが入ってきた。


「そうよ! それが何か?」


「どうしたのぉ? いつにも増して荒れてるわねぇ」


「それが荒れずにいられるかっての! 何であんな能天気なのよ! 今日の戦闘で帝国を防衛線の向こうにまで追いやった! だけど、初期メンバー二人と追加メンバー九百人以上が死んだ!」


「……」


「私……助けられなかったよ……」


 怒気をおさめて……悲しみの表情を浮かべたアリソンはペタンと座り込んだ。


 そして、両手で顔を覆うと、唇の端を噛んで口元から赤い血を流した。


 初耳だったのかシズが驚きの表情を浮かべて口を開いた。


「な……どなたが」


「メイデ、イソップよ」


「な、メイデ、イソップはそれぞれ中級以上の魔法が使えて……特にメイデは魔法戦闘で兵団内でも上位の実力者だったと記憶しているんですが」


「うん、メイデ、イソップは攻め急いで包囲されていた部隊を助けに行って……」


「そう……なんですね」


 シズは呟くようにそう吐く。そして、目を瞑って……上を見上げた。


「団長が居なくなってから初期メンバーは十五人も死んでいる」


「私達がしているのは戦争で……人が死ぬことは当たり前と言われてしまえばそうなんでしょうが……何年も寝食を共にした仲間が欠けるのは悲しいですね」


「……ここ数年誰一人掛けることがなかったことが異常だったのかもしれないけど……。百人の仲間が……崩れて行く。どこに行っちゃったのよ……団長」


「団長が……兵団から居なくなって……確かに人も増えて、予算も圧倒的に増えましたが」


 天幕の隅に座り込んだラーセットが大きくため息を吐いた。


「はぁ……私、この兵団……やめようかしら? 貴女達もやめたら?」


 ラーセットの言葉を聞いたアリソンが目を見開いた。


「な、何を言ってるのよ! 私が居なかったら王国の住人は……!」


「私わぁ。王国がの為ではなくて、団長が居たから兵団に居たに過ぎないのよ。そして、私の上に立つのに今の団長はふさわしくないのよ。アリソンもシズも、内心そう思っているんでしょ? 貴女達はあんな無能の下で……才能を潰されるつもり?」


「「……」」


「あぁ、どうしたんだい? 美女達がそろいもそろって表情が険しいよ?」


 天幕の中に入ってきたアリソンと同様に火龍魔法兵団の副長であるホーテ・ファン・オベールがわざとらしい手振り口ぶりで、アリソン達に声を掛ける。


 ただ、アリソン達は一切反応がなかった。


「「「……」」」


「なんてことだ。あぁ俺の声が届かないなんて」


「うるさいわよ。アンタは今の団長に思うところはない訳? メイデ、イソップは元アンタの部隊だったでしょ!」


 アリソンがホーテに声を掛けた。


「ハハ、何を言っているんだい。……あるに決まっているじゃないか」


 ホーテはにこやかにいつもの笑みをスンっと消して、目つきを鋭く冷徹という言葉がふさわしい表情を浮かべた。


 そして、ホーテの声は、その天幕内の温度が下がったと感じてしまう程の空気を放出した。


「ふふ、久しぶりにその表情を見たわねぇ」


 ラーセットが小さく笑った。


「ハハ、君たちも……俺と一緒にやめないかな?」


「ふーん。貴方がそれを言うんだ」


「あぁ、俺の仲間をこれ以上失いたくないからね」


「けど、どうするの? 私達を誘ったってことは……兵団をやめた後、どうするのか考えているんでしょ?」


「ふふ、俺は気に食わないが、親父殿の要請に応えて領地に戻ることを考えている」


「要請? オベール辺境伯から? 貴方嫌っていたんじゃないの?」


「そうだね。大嫌いだよ。もちろん今もね」


「フーン。大嫌いなオベール辺境伯の要請に乗る理由は?」


「……サンチェスト王国の国王、国王の周りにいる貴族、軍のトップのポンコツ度が親父殿の大嫌い度を上回ったんだよね」


「ポンコツ度ねぇ。ふふ、確かにそうね。団長を国外追放したことがサンチェスト王国全体に伝わって、王都には団長の処遇に抗議する人達が集まっているそうよ? あとこれは未確認なんだけど国外に逃亡する人も増えたとか?」


「そうだね。団長……彼は本物の英雄だ。その彼を手放すと言う愚行……もう我慢できないよ」


「……それだけ?」


「……」


「貴方がそんな短慮な判断をするとは思えないんだけど?」


「サンチェスト王国は滅ぶ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る