第65話 お父様。

「お父様!」


 リナリーが殴り込むように、豪勢な作りの執務室の中に入っていく。


 リナリーは普段の冒険者姿とはかけ離れた、黄色のワンピースを身に纏っていた。


 その姿は良い家……この世界では貴族家のご令嬢のような出で立ちであった。


 恐らく、普段の姿を知っているアレンが見ていたらかなり驚いていただろう。


 それで、リナリーがやってきた執務室では顎髭を蓄えた貫禄ある中年男性が一人デスクで書き物をしていた。


「どうしたんだい? それと前から言っているが部屋に入る時はノックするように」


「とぼけないでください!」


 リナリーは声を張り上げてふぅーっと凄む。


「そんなに怒るな。今回はベアトリスが出なかったら、死んでいたかも知れないんだろ?」


「う……それはそうですが、ずっと監視していたんですね」


「あぁ、そうだ。監視は当たり前だろう。お前の立場を考えろ。もちろん姉にも付いている」


「……姉さんにも」


「まぁ、バレてしまったら仕方ない……。私の話を聞け、監視と言っても本来クリスト王国内で最強クラスの騎士であるベアトリスを付ける必要はない」


 貫禄ある中年男性はデスクの中から紙が束になった資料を取り出してみせる。


「最初はお前に変な虫が付かないか心配して私が独断でベアトリスを付けた。ただ報告を聞く限りアレン君は弟みたいな感じだったし。どう聞いても十二歳の子供であったし。すぐに別の者に引き継ぎを考えたんだがな……その時ベアトリス本人がアレン君に並ならぬ気配を感じたと続投を願い出た。更にアレン君を追跡した際、森の中で毎回撒かれてしまうと言うではないか」


「お父様……何が言いたいのですか? まさか、アレンを疑っているのですか?」


「あぁ、疑っている。ベアトリスの追跡を撒くことのできる十二歳の子供がいると思うか?」


「……それはアレンが田舎育ちで森には詳しいから、ベアトリスが森の中で追いつけなかっただけです」


「まだある。黒熊との戦闘だ。アレン君の盾捌きもさることながら……盾遣いとして自身の数倍の大きさの強敵の前に立つことのできる心の強さは一線級の盾兵にも近いかも知れないと言う報告には驚きしかない」


「それは、森で狩りをしていた時に身に付けたと」


「……何にせよ。正直、アレン君は十二歳の子供でなければ他国からのスパイを疑って捕えるだろう」


「アレンは私の大切なパーティーメンバーです! 私は疑ったりしません!」


「ふふ、まぁ私としてはアレン君に感謝しているがな。我儘なお前が他人の言葉を聞いて、頭を下げることを覚えたようだし」


「それは……」


 リナリーの顔がボッと赤く染まる。そのリナリーの様子を見た貫禄ある中年男性は眼光鋭くした。


「もちろん、逆に嫉妬している部分も多くあるがね」

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